第65話 不可思議なスキル


「せっ、せめてお前だけでも守ってるからな!」


 そう言ってスレッグはモモの両耳を隠すようにギュッと抱き締める。

 もし幽世がダメでも、せめてモモだけは呪縛の咆哮から守りたいのだろう。

 無駄な足掻きと理解しつつも、そんなスレッグの優しさに心が洗われた気がした。そして……



「ワォォォーンッ!!」


 再びアヌビシオが呪縛の咆哮を上げた。

 幽世がカタカタと小刻みに振動するほどに勢いのある咆哮で、微かだが声も入ってきている。

 だが今のところは呪縛を受けた様子はなく、恐慌状態にも陥ってはいない。

 奴が咆哮を上げ終えても俺達の身体に異常は見られず、結果的に結界なら呪縛の咆哮を防げることが証明されたわけだ。



「モモ、少し待っててくれ! アイツを速攻で倒して迎えに行くからな!」


 意識のないモモへそう伝えると幽世を解除し、アヌビシオの方へ駆け出しながら魔法を唱える。


「速攻で倒す! 雷槍!」


 4本の雷槍を即座に作り出して、アヌビシオに目掛けて放つ。

 即席ではあるが威力と速度を考えればこの魔法が最適だと判断したのだ。

 一方のアヌビシオはその場に佇み避ける素振りも見せず、何かをする気配すらしない。

 あれではまるで当ててくださいと言っているようなものであり、現に雷槍が直撃……のはずが、4本の雷槍はアヌビシオの身体をすり抜けてしまった。


「なっ!? あ、当たったはずなのに!? ま、まさか、アイツは呪縛の咆哮以外にも何かスキルを持ってるのか……!?」


 自称、歩く大事典の俺でも知らないスキルをまさか持っているとは……

 そんなことを考えていると、アヌビシオは再びニタリと笑って俺の方へ一足飛びで向かってくる。

 その速度は喚虎やヘルハウンドよりも速く、10m以上も離れている互いの距離を一瞬で無くし、そのまま俺の首を噛みつきにきた。


「!? はっ、速い! これじゃあ魔法を唱えることすら……くそっ、こうなったら!」


 大口を開けて噛みつこうとするアヌビシオを寸前で左方へ躱しつつ、その勢いのまま奴の顔面を砕くつもりで左ストレートを打ち込む。

 だがアヌビシオは上体を下げて躱し、再び上体を上げると同時に今度は胴体を噛みつきにきたので、カウンターとしてその場で右回転しながらソバットを繰り出す。

 結果は俺の方が速く、奴の顔面にカウンターの蹴りを直撃させると5mほど吹き飛んだので、それを好機と見て透かさず追撃で魔法を唱える。


「これで終わらせる! 裂空!」


 真空の鋭刃が空を斬り裂きながらアヌビシオに向かって飛んでいくと、やはり奴は佇んだまま避ける素振りや何かをする気はなく、そのまま裂空により真っ二つ……とはいかず、裂空までもが身体をすり抜けてしまった。

 そのことに動揺しながらも、その不可思議なスキルについて思案することに。



(な、何故すり抜けるんだ!? もしかしてゴーストやレイスみたいに実体が無いのか!? もしそうなら神聖魔法が必要になるな……そう考えると確かにあの漆黒の何かには違和感が……だけど蹴りは当たったから実体はあるハズ……ダメだ、全く分からない……でも、1つだけ……)


 思案するも特定には至らず見当すらつかずにいる状況のなか、それでもたった1つの小さな光明が見えた気がした……

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