第61話 呪縛の咆哮


「スゥゥゥーッ!」


 俺との距離を20mほどまで縮めると、アヌビシオはピタリと立ち止まり大量の空気を吸い込む。

 するとその直後、鼓膜が破けそうなほどの咆哮を上げた。


「ワォォォーンッ!!」


 アヌビシオの咆哮を聞いた途端、纏雷は解除されて、底知れない恐怖と混乱に見舞われては身体が竦み、一切の身動きが取れなくなってしまう。

 正常な判断もできず、どうすればいいかも分からなくなり、ただただ立ち竦むだけの状態に。

 ただそれは俺だけではなく、後方に控える門兵の2人も同様であり、目には見えないが2人の恐慌状態が強く伝わってくる。そして、その声も……



「……に……い……さ……」


「……す……け……て……」


 2人のその声は、極寒に裸で震えているような声であり、すぐに救わねばどうなるか分からないほどに切迫した声でもあった。


(なっ、何をやってるんだ俺は!? 早く助けないと2人はどうなるか分からないんだぞ!? さっさとこの呪縛から抜け出せよ!?)


 どうにか正気を保てている間に、心の中で強くそう言い聞かせながら全身に力を込める……が、呪縛からは抜け出せずに未だ恐慌状態は続く。

 力を込めても動けないことを知られたのか、アヌビシオは再びゆっくりと近づき始める。

 ゆっくり、ゆっくりとこちらへ歩を進めてくるその姿は、まさしく死を告げる魔物そのものであり、近づかれる度に恐慌状態が悪化していき、それと同時に正気を保つことが難しくなっていく。



(……どうにか……しないと……ふたりが……あぶない……)


 現状、正気を失いかけていても心の中では2人の心配をして、頭の中では突破口を探している。

 しかし、突破口を探し終えるよりも早く、アヌビシオが俺の目の前まで到達してしまった。


(あぁ……コイツって……こんなに格好……良かったんだな……)


 間近で見るとアヌビシオは全身が漆黒の何かで覆われており、ダイアウルフよりも二回りは大きく、金色の瞳をしていることがよく分かり、当然牙や爪もダイアウルフとは比べ物にならないほど鋭利なのでよく斬れるハズ。

 突破口探しを諦めてそんなことを考えていると、アヌビシオは大口を開けて俺の首元へ……



(ははっ、これが冒険者病ってやつか……コイツに喰われるなら本望だって本気で思うなんて……みんな、ごめん……やっぱり俺には無理だったよ……)


 心の中でみんなに謝ったあと、俺は瞳を閉じた。

 抵抗をやめた途端に恐慌状態は解けたが、それは呪縛から抜け出せたわけではなく死を受け入れたからであり、口は疎か、指一本すら動かせないのに瞳だけ閉じれたのはそういうわけなのだろう。 

 そして、瞳を閉じた俺の首の前後には、アヌビシオの牙が用意されて……




「ドンッ!」


(……ん? 首を噛み砕かれるにしては音がおかしいな? 痛みも全く無いし……一体、何があったんだ……?)


 そう思い、そーっと瞳を開けてみると、アヌビシオの胴体に桃色の球体が衝突している光景が目の前に映る。

 すると、その桃色の球体は猿の姿へと変わり、地面に着地したあと、右手を挙げながら俺に声を掛けてきた。


「キッ!」


 その姿を見て、その声を聞いた俺は、状況が把握できずに目を点にして唖然とするのであった……

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