第89話生きることは選択の連続
「ありがとうございます勇者様……貴方ならばはっきりとそう仰ってくださると信じていました……」
厳しい言葉掛けたはずなのに、シェザールは心底ホッとしたような顔をしていた。
「頭では母親として最低な、自分の都合ばかりで選択をし続けてきたと思っております。ですが、心のどこかでは"仕方がなかった" "私は私なりに行動をし、選択をした" "私は頑張った" って思っているんです」
「貴方自身はそう考えているかもしれない。しかし君に捨てられたトーカは、貴方のことをどう思うのだろうな」
「……実は先ほど、ギラから"トーカへ母親だと名乗って欲しい"と頼まれました」
「……」
「トーカも今日のことは気にしているようで、私の行動が理解できないそうなのですだから……」
「母親だと名乗りたいのか?」
ノルンの言葉に、シェザールは一瞬躊躇いつつ、首を横に振った。
「そんなことできません……」
「そうだな。その選択は正しい。仮にトーカの母親と名乗ったとして、きっと貴方の気持ちはジェスタへの後ろめたさにつながるはずだ」
「はい……きっとジェスタは困惑してしまうでしょう。第一、今更母親だといって、そのことをずっと黙っていた私をどう思うか……」
「それだけではない。ジェスタとの母子の関係はバルカポッド共和国を揺るがしかねん。統一を果たしたといえど、あの国の政情はまだ不安定だ。それに今は、仮にも戦時中だ。余計な混乱は避けねばならん」
「まったく全て勇者様のおっしゃる通りでございます……」
「貴方は俺からはっきりと、こうしたことを言ってもらいたかったのだな?」
ノルンがそういうと、シェザールは涙を零しながら頷いた。
「はい……今までの行いをなんとか正当化しようとしている愚かな私を叱っていただきたかったのです……。そしてこの吐き出したい思いを、どなたかに聞いていただきたかったのです……!」
これまでのこと全てがシェザール自身に責任があるわけではない。
色々な事情があった。その中で彼女は常に辛い選択を迫られていた。
きっと苦しかっただろう。常に自分との戦いだっただろう。
「シェザール殿……貴方はベストは選択をし続けてきたと俺は思う」
「ーー!?」
「トーカには大変申し訳ない。しかし貴方がそばにいてくれたからこそ、ジェスタはあの幽閉生活に耐えられたのだと思う。貴方の支えがあったからこそ、今のジェスタがあるのだと俺は思う」
「勇者様……」
「だから貴方はこれまでと変わらずジェスタの侍女で、護衛隊の隊長シェザールだ。決してジェスタの母親でも、トーカの母親でもない。それを死ぬまで貫き通せ!」
シェザールは背筋を伸ばす。
そしてノルンヘ向けて深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。ご命令かしこまりました、偉大なる黒の勇者バンシィ様……」
「ついでに言っておくが、俺はすでに黒の勇者でも、バンシィでもない。俺はヨーツンヘイムの山林管理人ノルンだ」
ノルンはそう言い置いて、シェザールの元から去ってゆく。
(まさか突然こんな話をされるとは予想外だったな……)
しかしこれで自分のモヤモヤも、シェザール自身のモヤモヤも晴れたことだろう。
「わ! ちょー!?」
「ん? ぐふっ!」
突然、ノルンはドンと何かにぶつかって尻餅をつく。
すると目の前で、明るい服装の女性が同時に尻餅をつく。
「す、すまん! リゼルさん!」
ノルンは慌てて飛び起き、リゼルさんへ手を差し伸べる。
「だ、大丈夫です! 1人で立てますっ!」
リゼルさんは何故か顔を真っ赤に染めながら、1人で立ち上がった。
「夜勤か?」
「え、ええ、まぁ……」
「まさか、君は?」
「えっと、そのぉ……ちらっと。だってこれだけ静かなんで……」
「どのあたりまでだ!?」
「そ、そんな怖い顔しないでくださいよぉ! その……ジェスタさんとトーカちゃんのお母さんだって……」
「ちらっとではないぞ?」
「ごめんなさい……でも大丈夫です! 私、口堅いんで! なんなら誓約書でも書きましょうか!?」
さすがにそれはやり過ぎだと思ったノルンはため息を吐いた。
「仕方あるまい。リゼルさんを信じよう。ついでにシェザール殿にも君には聞かれてしまったが、口封じはきちんとしたと伝える」
「わ、わかりました!」
「知ってしまったならば、お願いがある。ほんの少しで構わないので、シェザール殿を気遣ってほしい。どうかよろしく頼む」
ノルンは深々と頭を下げる。
「こちらも色々知っちゃった手前、このまま放っておくなんてできません。こちらこそどうぞよろしくお願いします」
リゼルさんも同じく頭を下げた。
やがて、2人同時に頭をあげて、何故か笑みが溢れ出た。
やはりリゼルさんとは、浅からぬ縁があるのだとノルンは思う。
「さ、さぁて! ノルンさん、用事が終わったらさっさと帰ってください!」
「あ、ああ!」
「ジェスタさんが待っていますよ! ほらほら!」
リゼルさんに背中を押されて、半ば突き飛ばされる形で診療所から出される。
「それじゃあおやすみなさーい!」
「あ、ああ。おやすみ……」
リゼルさんはバタンと扉を閉めた。
足音がどんどん遠ざかってゆく。
(いつもなんなんだリゼルさんは……もしや俺が一方的に仲が良いと思っているだけで、実はすごく嫌われているのか? むぅ……)
そんなことを考えつつ、ノルンは家路に着くのだった。
⚫️⚫️⚫️
「ほらトーカちゃん! 練習した通りに!」
「えっと……シェザールさん! この間は危ないところを助けていただき本当にありがとうございました!」
あくる日、診療所へ向かうと、シェザールの部屋にはジェスタとトーカの姿があった。
「おやまぁ、こんなに結構は花束を私に?」
「は、はい! だってシェザールさん、私を守るためにこんな怪我を……」
「守るのは当然です。なんてったって私はお嬢様お守り隊の隊長ですから!」
「だ、だけど! そんな怪我をしてまで私は守られるような……」
不安げにそう語るトーカの頭をシェザールはそっと撫でる。
「だってトーカ様はお嬢様の一番のお友達なのでしょう? だったらお守り隊の隊長として、同じく一生懸命守るのは当然です」
「ほら、私の言った通りでしょ? シェザールはこういう人なんだって。ねっ?」
「お嬢様のおっしゃる通りです。だからこれ以上、あまり気にしないでくださいね?」
シェザールの言葉に、ようやく納得した様子のトーカだった。
(こういう親子の形もありかもしれないな……)
これから先、おそらく一生シェザールがジェスタとトーカの母親だと名乗ることはないだろう。
しかしそうした関係を示す言葉がなくとも、三人の間には確かな愛情があると分かった。
ならばそれはそれで良いのかもしれない。
この数奇な運命に翻弄された三人に幸多からんことを祈るノルンであった。
「で、さっきからそこで覗き見しているのはノルンだな? 遠慮しないでこっちへ来なよ!」
「あ、ああ……」
実際は、どこかでボロが出ないか不安で仕方なく、わざと距離を置いているだけなのだった。
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