第73話白の勇者、最後の戦い(*ユニコン視点)


「これが僕にいつも優しい声をかけてくれたファメタスさんの分!」

「がっ!!」


 風のマクツのかまいたちが、ユニコンの鎧を切り裂いた。


「これがそんなファメタスさんを愛し、魔族みんなの心の支えになっていたリーディアスさんの分!」

「ぐわっ!」


 嵐を圧縮した魔法光球が、ユニコンを高く打ち上げる。


「そしてこれが母なる大地を取り戻そうと必死に戦って、お前達に虫けらのように殺されたみんなの分だぁぁぁぁ!!」

「ぐああああああぁぁぁぁ――!!」


 マクツから複数の竜巻が湧き出た。

 ユニコンは木の葉のように宙を舞い、そして気がつけば、洋上から遥か遠方にある、レーウルラ海岸にまで吹き飛ばされていた。


「お、おのれ……またしても余は……余は……!」


 ユニコンはリクディアス戦での屈辱を思い出し、歯噛みする。

 己の無力さを痛感し、更にロトや三姫士達に見放された屈辱。

もしかすると、聖剣を奪われた黒の勇者バンシィは、こんな気持ちを味わっていたのかもしれないと思った。

因果応報ではないかと思った。

心に黒い影が落ちた。


「しかし、余は白の勇者……! 次代の大陸の覇者……! 余は……余はっ!!」


 ユニコンは聖剣タイムセイバーを杖にして立ち上がった。

 今は反省すべき時ではない。

今、この場で敵を押し止めることができるのは自分だけ。

 ここで諦めることはすなわち、大陸の滅亡と、民の死を意味する。

それだけはどうしても我慢できなかった。


「へぇ、まだ立てるんだ? 君、頑丈だね? まっ、それぐらいしか取り柄がなさそうだけどさ! あははは!!」


 すでにユニコンの頭上を押さえていたマクツは高笑いを上げている。


「ええい、黙れ! つあぁぁぁ!!」


 ユニコンは遮二無二、空のマクツへ向けて突っ込んだ。

 渾身の横なぎを叩き込む。

しかしマクツは軽く手を掲げて、ユニコンの一撃を受け止める。


「ふふ! もう限界みたいだね。じゃあそろそろ……」

「かかったな!」

「――ッ!?」

「目覚めよ、聖剣タイムセイバーァァァ!!」


 聖剣が白い輝きを発し始めた。


「お、お前!? この瞬間を狙って!? あ、あああ!!」


 タイムセイバーの輝きがマクツの腕を粒子状に分解し、時の狭間へ消し去ってゆく。

 リーディアス戦でテラエフェクトを発生させてしまった反省――タイミングを見計らって、タイムセイバーの力を解放するという戦術が見事に当たった瞬間だった。


「時の彼方へ消し去れ! 運命断絶剣! タイムセイバーァァァ!!」

「こ、こんなところで、僕は……ゼタさん、助け……!?」


 突然、ユニコンの頭上で数多の光が瞬いた。


「がっ、ぐわぁぁぁ!!」


 無数の光の帯が、ユニコンへ向けて降り注ぎ、彼を地面へ叩き落とす。


「またせたな、マクツ!」

「ディフェンサ! 遅いよ、もう!! 腕を無くしちゃったじゃないか!」

「マクツ坊が一人で勝手に飛び出すからだ」


 マクツの隣にはもう1匹の鋼の鳥人が現れていた。


「ぞ、増援だと……?」

「お初にお目にかかる! 某、マクツ様をお守りし魔機甲騎士デモンキャストナイトディフェンサである!」

「ディフェンサ、合体するよ!」

「合体申請承認! 魔機甲開始デモンキャストオン!」


 空でマクツと鋼の鳥人デフェンサが緑の輝きに包まれた。

 デフェンサはマクツの鎧となって、装着されてゆく。

タイムセイバーで消し去ったはずの腕も再生してしまう。


「これが僕の真の姿! スーパーマクツ! これでおしまいだよ、ユニコンさん!」


 スーパーマクツの声が響きを、海を侵攻してきていた魔族の艦隊から一斉砲撃が始まった。

 空を覆い尽くすほどの大火力が、満身創痍のユニコンへ向けて降り注ぐ。


「こんなところで余は……余は……ああああああ!!!」


 ユニコンは自らの無力さを呪い、咆哮を上げる。


「メイガ―マグナム! エンドファイヤァァァ!!」


 その時、頭上を覆い尽くしていた大火力が、激しい光の渦に飲み込まれ弾けた。

 ユニコンの頭上を巨大な鉱石の戦艦が過ってゆく。


「ちぃ! あっちも増援か!」


 マクツはそう吐き捨て、


『各隊、敵空中鉱石戦艦へ攻撃を集中! 撃破せよ!!』


 マクツの鎧と化したデフェンサの指示が飛ぶ。

 海中を潜航していた超魚人スーパーサハギンが続々と飛び上がり、鉱石戦艦へ向かってゆく。


「行くぞ、デルタ! 敵を全て駆逐する!」

「わかった! ンガァァァ!!」


 今度はジェスタとデルタが翼で空を切り、飛び上がった魚人へ立ち向かってゆく。


「おい、唐変木! んなところにずっと座ってねぇで下がれ! 邪魔なんだよぉ!!」


 断崖からアンクシャがそう怒鳴ってきた。


「遅くなってすみません、白の勇者様!」


 気がつくと脇には盾の戦士ロトがいた。


「き、貴様ら、何故ここに……?」

「長い間のお休みありがとうございました! 殿下たちが戦っていると聞きつけ参上しました!」

「……」

「殿下は下がってください! 体勢を整えてくださ――っ!!」


 ロトは素早く立ち上がり、大楯を構える。

 盾は頭上から降り注いできた、翡翠の魔力を左右へ変更させた。


「ほう? 僕の魔力をこうも容易く?」

『情報照合! 盾の戦士ロトと断定!』

「へぇ、あれが!」


 マクツはロトを見下しながら、嬉々とした表情を浮かべる。

 するとロトは、脇に刺していた剣の柄を握りしめる。

ぶわっと、彼女の足元に翡翠の輝きが湧き起こった。


「リディ様……私にもお力を! 兄さんにも負けない力を……!! 目覚めよ、翠輝剣クシャトリヤ!」


 翡翠色に輝く剣を抜いたロトは飛び上がり、マクツへ突き進む。

そして鋭い斬撃を浴びせかけた。


「くっ! こ、こいつ! できる!」

「はあぁぁぁ!!」


 ロトの斬撃をマクツは辛うじて避けていた。

 マクツは合間で風を放つも、ロトの盾が全てを受け流す。


 そんなロトの鮮やかな戦いざまに、ユニコンはすっかり視線を奪われていた。


「負けない! 私が守るんだ! 大陸を! みんなを! 兄さんを! 兄さんの幸せをぉぉぉ!!」

「ええい! KUTUAAAA!!」


 マクツは一気に距離を置き、再び激しい嵐を発生させた。

 全ての暴風がロトを飲み込む。


「ふふ! ふはは! これで奴も――ッ!?」


 暴風の中から、鋭い翡翠の輝きが迸った。

輝きは荒れ狂う竜巻を切り裂き、霧散させる。

そして中からロトが飛び出した。

 彼女の持つ翡翠輝剣クシャトリアが荘厳な輝きを放つ。


「これでお終いだぁ! ギガビムサーベル!!」


 ロトの魔力を受け、何倍にも伸び、膨らんだ光の刃がマクツへ向けて、振り落とす。


『良い覇気だ。しかし、背中に注意を払わぬとは未熟!』

「――っ!? あああっ!!」


 突然、背後に現れた鳥人の騎士デフェンサの足が、ロトの背中を穿った。

 そのままロトは地面へ強く叩きつけられた。


 衝撃で大楯と翡翠輝剣を手放してしまい、遥か彼方へ落ちてゆく。


「ふー危ない危ない! 助かったよデフェンサ」

『マクツ坊も気をつけるのだ。二度目はないぞ』


 再度合体をしたマクツとデフェンサは、独り言のように言葉を交えていた。

 そんな合体マクツの背後へ、ジェスタとデルタが、それぞれの武器を構え、飛び上がる。


「うわ――っ!!」

「ンガァ――!!」


 マクツの発する鋭い風が、二人をあっさりと吹き飛ばした。


「なにやってんだよてめぇら! いけぇ! アークガッツ! アイツを焼き鳥にしてやれぇぇぇ!!」


 アンクシャの指示を受け、鉱石戦艦が、マクツへ向けて一斉砲撃を開始する。


「ディフェンサ! 暴風フィールド展開!」

『申請承認! FENNSAAAA!!』


 しかし雨のように降り注ぐ魔法光弾は、マクツの発する嵐に呑まれ、次々とかき消されてゆく。

そしてマクツは暴風の中で緩やかな動作で構えを取った。


「行くよ……ディフェンサ! これで全部おしまいにするよ!」

『終焉申請承認! 暴風炉最大出力――! 行けるぞ、マクツ坊っ!』

「これが僕の全力っ!  KUTUAAAA!!」


 マクツが叫びをあげ、これまで以上の風が吹き荒れた。

 風は起きあがろうとしていたジェスタとデルタを、再度吹き飛ばし、更に二人をかまいたちでボロボロに切り裂く。

 アンクシャ自慢の鉱石戦艦も、鋭い旋風で崩壊し、崖の上にいたアンクシャを飲み込んだ。


「ううっ……ジェスタさん……! アンクシャさん……! デルタさん……!」


 ロトは仲間達の名前を呼びながら、必死に立ち上がろうとしていた。


「お、おのれ……こんなところで……!」


 ジェスタは砂魔はの上へ突っ伏したまま、悔しそうに砂を握りしめた。


「ま、負けん……我は最強の戦士……!」


 デルタも必死に立ち上がろうとするが、足に力が入らず転げてしまう。


「ああ、くそっ……こんなことになるんじゃ、無理矢理にでもノルンを襲っときゃよかったかな、はは……」


 風で切り刻まれ、血塗れとなったアンクシャは指一本も動かせそうになかった。

 

「ファメタスさん、リーディアスさん、みんな……僕やったよ! これからみんなの果たせなかった願いを叶えて見せるからね……行こう、ディフェンサ!」

『応っ! 母なる大地を我らの手に取り戻そうぞ! 風の英雄マクツよ!』


 マクツの背後の海岸から、続々と魔族が上陸を果たしてゆく。


 今が決断すべき時だと、事態を見守ることしかできなかったユニコンは思った。


(今、余がすべきこと……それは!!)


 ユニコンはタイムセイバーを手に、海岸をひた走る。

 鞘から剣を抜かず、魔物にも目もくれず、たたひたすらある一点を目指して。


「おい! 起きぬか、ロト!」

「殿下……?」


 ユニコンはロトを抱き上げる。

そしてタイムセイバーを彼女へ突きつけた。


「貴様を見込んで願う! もはや余ではこの事態を収束できん。だから頼む! 大陸を、民を救ってくれ! お願いだ、戦士ロトよ!!」


 ユニコンはロトの戦い様を見て、ようやく格の違いを認識することができた。

 今の自分ではマクツを倒すことはできない。

しかし、剣聖の弟子であり、黒の勇者バンシィの妹である彼女ならば、あるいは……。


「頼む、盾の戦士ロトよ! エウゴ大陸を、民の平和を守ってくれ!」


 ユニコンは砂浜へひれ伏し、必死に頭を下げ続ける。


 もはやプライドや自尊心などどうでも良かった。

今はただ、大陸を、民を魔族の魔の手から守るために最善を尽くしたかった。

ただその思いだけだった。


「ロトよ、これまでの非礼の数々を詫びる! 今更こうして貴様に頼るのは心苦しい。申し訳なくも思っている。しかし余は次代の王として、大陸を民を守る責務がある!」


「殿下……」


「余をバカにしたければ存分にするがいい! 靴を舐めろと言われれば、喜んで舐めさせていただく! 代わりにどうか、大陸を、民を邪悪な魔族の手から救ってくれ! お願いだっ!!」

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