第49話旅立ちのとき。さらばユニコン!!


「な、なんだ、あれは……? なんなのだぁー!?」


 坂の上のユニコンは目前の光景を見て、唖然としていた。


「DI A…… AAA……DIAAA!!」


 タイムセイバーに両断されたリーディアスが泡立ち始めていた。

泡が弾けるたびに、気味の悪い肉が生まれ、肥大化してゆく。


「てめぇ! なんであのタイミングで魔法をぶっぱなしたんだ! ちゃんと僕たちの口でも伝えたし、報告書だって提出しただろうが! まさかテラエフェクトのことを忘れてたわけじゃねぇだろうな!!」


 アンクシャは鬼のような形相で、ユニコンの胸ぐらを掴む。


「こ、これがテラエフェクト……まさか、これほどのものだったとは……!」


 【テラエフェクト】――ごく稀に魔族に確認される、凶暴化・巨大化現象のことだった。

わからないことがまだ多い。しかし少なくとも理性を持った魔物が危機的状況に陥った時、そこに膨大な魔力が介在することで発動する可能性があることはわかっていた。


「アンクシャ、阿保に構っている暇はなし!」

「阿呆だとぉ!? 無礼だぞ、デルタ!!」


 ユニコンは現状よりも、プライドを傷つけられたことの方が重要だったらしい。


「テラエフェクトが発動しようとも、余は魔物などに屈っしん! いざ尋常に勝負だぁー!!」


 ユニコンはアンクシャとデルタの静止を聞かず、坂を駆け降りた。

 

「DIA! DIDIA!!」


 青く不気味で巨大な肉塊と成り果てたリーディアスはのっそりと、数多に存在する目でユニコンを睨む。

そして身体のあらゆる箇所から、一発で深い穴を掘るほどの威力を持つ青白い光弾を放ち始めた。


「こんなものぉ!」


 ユニコンは駆けながら、タイムセイバーで光弾を弾き飛ばす。


「ふふ! 弱い! 弱いぞ、リーディアス! やはりテラエフェクトなど大したことはない! 余に倒せぬものなどぬわぁい!!」


やがて、聖剣の有効範囲に到達するや否や、柄を両手で握りしめる。


「これぞ勇者の力! 喰らえ! 余の編み出し必殺剣! デストロイアエッジっ!!」


 ユニコンは真っ赤な輝きで肥大化した聖剣を、思い切り横に薙ぐ。

 巨大な刃が肉塊のリーディアスを切り裂く。


「DIAAA!!」


 しかし切り裂かれた傷は瞬時に塞がった。

更に聖剣から魔力を吸収し、更に肥大化させてしまう。


「ええい! 小癪な! 滅べ! 滅べ! 滅べぇぇぇ!!」


 ユニコンは赤く染まる聖剣で何度もリーディアスを斬りつける。

その度に肉塊は巨大化の一途を辿る。


「や、やめろユニコン! やめるんだ!! 遊んでいないで、早くタイムセイバーの力を使うんだ!!」


 ジェスタの必死な叫びは、激しい斬撃音にかき消された。

そこら中にユニコンの膨大な力が飛び散り、近づくことができない。


「DIAASSSSSS!!」

「――ッ!? ぐわぁー!!」


 砂の中から触手が伸び、思い切りユニコンを打ち上げる。


「あ、ああ! よ、余の聖剣!」


 ユニコンは情けない声を上げながら、空を掴む。

衝撃によって手放してしまったタイムセイバーが離れて行く。


「DI……! DIA! タイダル、シュトローMU!!!」


 肉塊に浮かんだ無数の不気味な口が、一斉に鍵たる言葉を口にする。

 巨大な岩山さえも一瞬で打ち砕く水の竜巻タイダルシュトローム。

それがリーディアスの肉塊から無数に湧き起こって、ユニコンへ襲いかかる。


 ユニコンは咄嗟に障壁を張り、防御姿勢をとる。

しかし、流れるまま、流されるまま、ユニコンは水の竜巻に飲み込まれた。

やがて水竜巻が落ち着いた頃、そこには裸同然にまで、鎧を砕かれた哀れなユニコンの姿があった。


「そ、そんな……余が敵わぬだと……? 白の勇者の……ネルアガマの、大陸の次代の王たる、余が……余がぁぁぁぁ!!」


 ユニコンはその場で膝を突き、頭を抱えて蹲る。

身体のダメージよりも、精神的なダメージの方が優っている様子だった。


「DIA……DIDIA……同胞……帰還……DIA……最愛……! ファメタスの恨み……!」


 リーディアスの肉塊は、ユニコンを無視して、侵攻を開始する。

彼よりも、海岸の遥か向こうにある王都の生命力に引かれているらしい。


「お、おい、どうすんだよ、こいつ……?」


 さすがのアンクシャからも余裕が消えていた。

 デルタも勇ましく構えているものの、どう対処して良いか分からず立ち止まったままだった。


「アンクシャ、デルタ! もはや一刻の猶予もない! 私たちでタイムセイバーを使うぞ!!」


 ジェスタはアンクシャとデルタの前へ舞い降りると、そう叫ぶ。


「ま、マジかよ!? 本気かよ!?」

「しかし、ジェスタの言葉正しい! それ以外にリーディアスを倒す方法はなし!」

「そういうことだ! 行くぞぉ!」


 ジェスタは飛び出し、デルタが続く。

アンクシャも納得しかねる様子だったが、後を追う。


 運命の三姫士たちはリーディアスの肉塊を過ってゆく。

そして砂浜に転がっていた、聖剣タイムセイバーを囲んだ。


「行くぞ!」

「ガァ!」

「ああもう、どうなってもしらねぇぞぉ!!」


 三姫士は揃ってタイムセイバーに手をかける。

 瞬間、彼女達へ膨大な魔力が襲いかかってきた。

身体が痺れ、視界がぐるりとまわり、見えない圧力が彼女達を拒絶する。


「た、耐えろ! アンクシャ、デルタぁ!!」

「ぐぬぅ……! なんとぉぉぉ!!」

「ンガァァァ!!」


 彼女達は、圧力を堪えなんとかタイムセイバーを掴む。


「ぐっ……これは……!」

「わ、我の力でも、持ち上がらんだと!?」

「くそっ、こんなもん軽々と扱いやがって! 唐変木でもユニコンはやっぱり勇者だったってかぁ!?」


 三人は圧力に耐えながら、辛くもタイムセイバーを持ち上げる。

しかしそれがやっとの状態だった。


「み、皆さん……! 私に任せてください……!」


 三姫士の後ろに足を引きずりながら現れたロトは、大楯を砂の上に打ち立てる。


「私が皆さんを、リーディアスまで飛ばします……!」

「今の君にできるのか?」


 ジェスタが問いかけると、ロトは強く首肯をしてみせる。

 もはや迷っている場合ではなかった。


「わかった。頼んだぞ、ロト」

「はい! 頑張りますッ! さぁ、早く!」


 三姫士たちは力を合わせて、リーディアスへ向けてタイムセイバーの鋒を突きつける。


「「「目覚めよ! 時の力!! 因果を断ち切る偉大なる力を我らに与えん!!」」」


 ジェスタの、アンクシャの、デルタの祝詞と魔力がタイムセイバーへ流れ込む。

 タイムセイバーは真紅の輝きを放ち、更なる圧力を発し、彼女達を吹き飛ばそうとしてくる。

しかし三人は、必死に力の奔流に耐え、リーディアスを睨みつけた。


「DIDIA……?」


 ようやく異変に気がついたリーディアスの肉塊が、彼女達の方を向く。


「い、行きます! 開眼せよ! 封じられし神の瞳! ステイ・ヴィクトリア!!」


 ロトの願いに応じて、シフトシールドのスリットが開いた。

 シフトシールドの力の根源たる、柱神の一柱、ステイ・ヴィクトリア神の魔眼が一際強い輝きを放った。


「こ、これは!?」

「さすがは剣聖リディのもう1人の弟子、ロトちゃんだ」

「行ける! これならっ!」


 ロトの魔力を浴び、タイムセイバーが荘厳な輝きを放つ。


「いっけぇぇぇぇ――!!」


 ロトの叫びと魔力が力を発し、タイムセイバーを構えた三姫士達を包み込む。

そして彼女達を矢のように、リーディアスへ向けて撃ち出した。


「「「時の彼方へ消し去れぇ! 運命断絶剣! タイムセイバァァァ――!!」」」


 タイムセイバーがリーディアスを打ち貫き、巨大な風穴を開けた。

 風穴は再生されることなく、次第に広がり、リーディアスを消失させてゆく。


 次元や因果さえも切り裂き、どんな相手であろうとも時の彼方に消し去る。

これこそ、タイムセイバーの持つ、真なる力――【運命断絶剣】である。


「DIAAAAASSSS!! ふぁ、めたす……冥府で、逢おう……そこで俺とお前は……DIAAAAAAA!!」


 リーディアスは崩壊し、存在を消し去ってゆく。

 力を使い果たした三姫達もまた倒れ伏す。

そんな中、ロトは水平線の彼方へシフトシールドを突き出す。


「ス、ステイ・ヴィクトリア神よ……! 神の奇跡を! 我らを守る、壁を与えたもう……!」


 再び魔眼が開眼し、輝きが広がってゆく。

 リーディアスによって打ち砕かれた、大陸を守る障壁の穴が塞がれ、侵攻しようとしていた魔物達を跳ね除ける。


「これで一安心……兄さん、私頑張ったよ……」


 力を使い果たしたロトは倒れてゆく。

しかし寸前のところで、ジェスタに抱きとめられた。


「お疲れ様、ロト」

「お疲れ様ですジェスタさん、アンクシャさん、デルタさん……」

「疲れているところすまないが……どうしても伝えたいことがある」

「?」

「バンシィの居場所がわかった!」

「えっ!?」


 ロトは飛び起きた。


「そ、それは本当ですか!?」

「ああ。アンクシャの予知能力も、デルタの魔力もバンシィを感知したらしい。我らの話を総合すれば、バンシィはおそらく、大陸の西の果て、ヨーツンヘイムにいると思われる」

「ヨーツンヘイム……!」

「我らは今すぐにでもヨーツンヘイムへ向かおうと思う。君はどうす……」

「行きます! 連れってください! ジェスタさん、アンクシャさん、デルタさんお願いますっ!!」


 鬼気迫るロトの様子に、三姫士たちは複雑な笑顔を浮かべた。


「はは……ふっはははは! よ、良くぞ、リーディアスを倒したぞ! 褒めて遣わすぞ、三姫士! そしてロトよ!」


 不愉快な声が聞こえ、四人は揃って、ユニコンへ鋭い視線をぶつける。

 それでもユニコンは怯んだ様子をみせない。


「此度の活躍見事だ! 今回はその栄誉、貴様らにくれてやろうではないか! さぁ、いざ戻らん! 我らが故郷ネルアガマ……」

「うっせバーカ!! もうお前と一緒なんて死んでも嫌だね!! 王都に帰りたきゃ一人で勝手に帰りな!!」


 真っ先にアンクシャが辛辣な言葉をぶつけた。


「お前の下で戦うなど二度と御免! 去れ! 役立たず! 唐変木! ガァァァ!!」


 デルタは明らかな怒りを見せる。


「そういうことだ。それにロトのおかげで、暫くは魔物の侵攻もないだろう。故に我らは暇をもらうことにする」


 ジェスタの冷たい眼差しが、ユニコンを怯ませた。


「ひ、暇だと? お、おい、どこへ……!」


 去りゆく四人をユニコンは追いかける。

するとロトは立ち止まり、


「邪魔をしないでください。もう二度と私の視界に入ってこないください。あっちへ行ってください。気持ち悪いあなたの姿など観たくはありません。同じ空気だって吸いたくありません」

「ヒッ!!」


ロトの冷たく、恐ろしい視線にユニコンは尻餅をつく。


「あとついでに申し上げますと、お口が少々匂います。幾ら食べ物が不要になったとは言え、歯磨きをしないのはどうかと思います」


「あがっ……!」


「きちんと毎日歯磨きをして、きちんとお医者さんへも通ってくださいね。お口がとっても臭いユニコン殿下。ふふふ……」


 もはや完膚なきまでに叩きのめされたユニコンは立ち上がることすらできなかった。


「ンガァァァァ!!」

 

 デルタは力を解放し、姿を巨大な飛龍に変えた。

 ロト達は飛龍となったデルタの背中に飛び乗って行く。


「さらばだユニコン=ネルアガマ第二皇子兼白の勇者殿! なに、また戦いが始まったら助けに来てやるさ! 黒の勇者バンシィと共にな!」


 ジェスタは爽やかにそう言い放つ。

 飛龍のデルタは翼を打ち、大空へ舞い上がる。


「ま、待て! 待てぇぇぇ――!! 待つのだぁぁぁ!! 余をなんだと思っているのだぁぁぁ!!」


 必死に追いかけるユニコンの姿が次第に小さくなって行く。

それでもユニコンは必死に追いかけていてる。


「いい加減、諦めな! クソ馬鹿野郎が!!」

「ンガァー!」」


 アンクシャが杖からファイヤーボールを、デルタは雷を呼び出す。


「ひやっ!?」


目下のユニコンは盛大に吹き飛んで、情けなく尻餅をつく。


「ま、待ってくれ……! これでは余は笑い者だ……! 頼むから……! 余を見捨てないでおくれぇ……三姫士、ロトよぉ……!」


 いくらユニコンが涙を流して懇願しようとも、願いは届かず。

 兵たちも冷めた視線でユニコンの背中を見つめ続けている。


 方や、空の四人の乙女は気分上々、ルンルン気分。

四人は期待に胸を膨らませ、空を駆けてゆく。


(我が一番! 我頑張るっ! 気合! 気合! ンガァァァァ!!)


(よ、よぉーし……今回こそは誘うぞ! 誘っちゃうぞぉ! ビビらずやっちゃうぞ! 頑張れ、頑張れ、チキンな僕

!)


(ふっ、アンクシャとデルタめ、闘争本能が剝き出しだぞ……しかし、負けん! バンシィへ真っ先に声を掛けるのはこの私だ!)


 黒の勇者バンシィとの再会に、それぞれの期待を寄せながら。


(ようやく兄さんに逢える……! 待っててね、兄さん……ロトは貴方のもとへ帰りますっ!)





★二章以上です! ありがとうございます!

明日、幕間を挟み、いよいよ三章で、ロトや三姫士がノルンのいるヨーツンヘイムへ殴り込みをかけます(笑)


どうぞこれからも『勇者クビ山』をよろしくお願い致します!

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