第42話新しい商い
「へぇ、きのこを乾燥させるかぁ。なるほどな」
グスタフはそう感心しつつ、干からびたイシイタケを繁々と眺めている。
反応はまずまず。忙しい中、山小屋まで来てもらって大正解である。
「しかし実際、これって美味いのかよ? 水分もぬけちまってる訳だし、あんまし美味そうにはみえないなぁ」
「ふふっ、ならば比べて、どっちがどうか判断してみてくれ」
ノルンは不気味な笑みを浮かべつつ、二つの焼きイシイタケを差し出す。
「んぐっ……うーん、わかんねぇな。つーか、変わらなくね?」
「だろ!? ちなみに右の方が乾燥したものだ。更にだな……」
今度はポットから茶褐色の液体をカップへ注いでゆく。
すでに温まっているので湯気に乗って、芳醇な土の香りが立ち昇っている。
「ごくっ……おっ……おおおっ! こりゃ良い旨味だっ! こいつはイシイタケの煮汁かい!?」
「その通りだ! しかもただに煮汁ではない! 乾燥イシイタケを戻す際に使った水なんだ!! 水で戻したイシイタケ自体も美味い! 戻した水も煮汁となって美味い! 一石二鳥とはまさにこのことだ!」
「お、おう、そっか」
熱弁を振るうノルンにグスタフは若干引き気味だった。
しかしそんなグスタフに構わずに、ノルンは続けてゆく。
「こうして乾燥させることにより、生の頃よりも旨味成分が凝縮される。言うまでもなく保存性は向上され、遠方への流通も可能となる。これをお前のところで販売してもらいたいが、どうだろうか!?」
「も、もちろん、こんな良い商材見逃すわけないっての。しかし問題もある」
「何か!?」
「量だよ、量。乾燥させて小さくなっちまうんだから、それなりに量が欲しいのさ。お客はやっぱり見た目重視なところもあるしな。たしかこのイシイタケって季節で山から採ってるもんなんだろう? 商用に耐えられるほどの量を産出できるのかい?」
「くくっ……お前がそういうと思って考案ずみだ! ついてこい!」
意気揚々とノルンは立ち上がり、グスタフは慌てて続いてゆく。
そうして二人がやってきたのは、山小屋近くある洞窟。
地下水脈と繋がってるらしく、湿気があり、岸壁の所々には苔が見てとれる。
そんな洞窟の奥からはガリガリと何かを削る音が反響してきている。
「あっ! ノルン様! グスタフさんおはよーございます!」
洞窟の奥のある大きな空洞の中で、リゼルは埃まみれになりながら、ドリルで木に穴を開けていた。
「お、おい、てめぇ! なにリゼちゃんに真っ暗なところでこんなことさせてんだよ!!」
「人聞きの悪いことを言うな。普段は俺がやっている。今日はお前との商談があるので、代行してもらっているだけだ」
ノルンは憮然とした態度で言い放ち、リゼルへ近づいてゆく。
「お疲れ様。どこか出始めているところはあったか?」
「こちらです!」
リゼルは少し奥まったところにある木を指し示す。
無数の穴が開けられ、その中に何かを埋め込まれている切り株。
その切り株の表面には小さなイシイタケが確認できる。
「これは原木栽培という腐生菌のきのこの栽培方法だ。こうすることでイシイタケを、年間を通じて、大量に生産できると確信している」
「ほぅ、これが噂に聞くアッシマ帝国の伝統芸、原木栽培……」
「今はまだ実験段階なので、すこし時間がかかる。実験のために多少魔法の力でブーストもかけているからな。しかしいずれは魔法の力がなくとも満足する量が産出できると思う。今年の場合は、オリバー山で収穫できたものを、乾燥イシイタケとして出荷してもらいたい。どうか?」
「なるほどな。まっ、計画はわかったよ。いずれ商売になるのもわかる。だがもう一声欲しいところだな」
さすが巨大商会を支える大商人だった。一筋縄では行かないらしい。
「ならば最後にとっておきをお見せしよう」
続いてノルンは洞窟を出て、更に山奥へ進んでゆく。
するとそこには朝早くにも関わらず、ケイを始め、村のおば様たちが地面に這いつくばっている。
「ケイさん、皆さんおはよう! 調子はどうだろうか!?」
真っ先に気がついたケイは大手を振っている。
ノルンは崖を駆け降りて、グスタフは危なげな歩調で続いてくる。
「おはようノルンさん! 収穫は上々だよ。まっ、多少動物? かなんかに喰われてるみたいだけどね」
「うおっ!? こ、これって黒ダイヤタケ!? マジで、こんな!?」
ケイ達が収穫したカゴいっぱいのきのこみて、グスタフは今日一番の驚きをみせている。
してやったりだった。
「どうやらこの一帯は、黒ダイヤタケの群生地らしい。村長をはじめ、皆は村の発展のためだったら、収穫をしてくれると言ってくれている」
「すげぇよ、これマジすげよ! 財宝の山じゃんかよ、ここ!!
「黒ダイヤタケの他にも、現在様々なきのこが確認されている。いずれは乾燥イシイタケを中心に、キノコの名産地としてヨーツンヘイムを売り出したいと考えている。その一切合切をイスルゥ塗で実績のあるお前と、カフカス商会に委任したい。どうだろうか?」
「はは、相変わらずだな! こっちとしちゃもちろん引き受けさせて貰うけど……お前は良いのかい?」
ノルンはグスタフの言っている意味がわからず首を傾げる。
「だってよこれ全部お前のアイディアだろ? 今の提案じゃ、お前には一銭も銭入んないぜ?」
「俺はただ自分が持っているアイディアを皆へ披露しただけだ。原木栽培の原木はガルスが、駒種の作成はハンマ先生やギラが。黒ダイヤタケの収穫もケイさんや村の人々が場所を知っているからこそこうして収穫ができている。それに俺はこうした皆からきちんと、しかし苦しまずに納税してもらえれば、仕事をしていることになる。それだけだ」
「なんちゅうか、お前らしいっていうかなんていうか……まっ、それでもこんなに良い提案をしてくれたんだ。多少は俺個人からお礼をさせてもらうぜ。受け取らないなんてつめてぇこと言うなよ!」
グスタフはそういって、背中を叩いてくる。
ならば、そのお礼とやらは大事に取っておこうと思った。
そしてその一切合切を、こうしてノルンへきのこのことに関して、様々な知識を披露してくれたアンクシャへ渡そうと考えた。
かつてアンクシャと共にエーテルマッシュルームを栽培したからこそ、今がある。
(アンクシャ、君のおかげでまた一つ、ヨーツンヘイムを幸せにできそうだ。ありがとう。平和になったら、一杯飲もう。そのためにもどうか無事でいてくれ)
⚫️⚫️⚫️
夜の山の中の巡視。
これは夏頃からノルンが週に何度かはじめた新しい仕事だった。
たとえ辺境のヨーツンヘイムでも、ローパーやトレントの存在が確認された以上、警備を強化しなければならない。
山林管理人としての使命感からの行動である。
ふと、いつものルートを巡視していると、芳醇な匂いが鼻を掠めた。
崖の下で何かが蠢いていると感じたノルンは、身を潜める。
そして999個の道具が収められている雑嚢から、暗視眼鏡を取り出した。
(人影……なるほど。やはり犯人は動物ではなかった!)
次いでノルンは認識阻害の指輪をはめる。
そして迷うことなく崖から飛び降りた。
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