第37話元気の良すぎる妹飛竜


 ラングは怒りに満ちた咆哮を上げながら、まっすぐ突き進んでくる。


(わざわざあっちからきてくれたか。好都合だ!)


 既にノルンの膝は魔力によって紫電を帯びていた。アンチウィンドマントも装備済み。


「キャウッ!?(管理人さん!?)」


 ノルンは思い切りビグの鞍から大空へ舞い上がった。

驚くビグをしり目に、矢のように空気を引き裂く。

アンチウィンドマントを纏っているので、上空の激しい空気の流れの影響は受けない。

ノルンは綺麗な放物線を描きながら、ラングの背中を目指して飛んでゆく。


「ギャアァァァ――!」


 妹飛竜のラングは、ノルンの接近に気づきバインドボイスを放った。

強い圧力を伴った咆哮がノルンをあっさり吹き飛ばす。

しかしノルンは慌てず騒がず、落下に身を任せ続けている。


「ガァァァァ!!(勇者様!)」


 何故ならば、既にオッゴがノルンに下に回り込んでいたためである。

 ノルンが空中で身を捻って体制を整える。

そしてまるで吸い込まれるように、オッゴの首の上へ跨るのだった。


「ありがとうオッゴ! さすは俺と共に魔王軍の空中部隊を迎撃した逸材だ!」


 ノルンはオッゴに跨り鱗を撫でる。


「ガァァァ! フンスッ!」


 オッゴは誇らししそうに鼻息を吹き出す。


 かつて救いし者と救われし者の見事な連携である。


「行くぞぉ!」

「ガァァァー!」


 そのまま一気にラングへ向けて急上昇を始める。

 

 ラングは再びバインドボイスを放ってきた。

しかしオッゴは迫り来る音圧を、ローリングをして華麗に回避してみせる。

 

 ノルンはラングの長い首を視界に収める。

そして、勢いよく重りのついた縄を放り投げた。


「ギャギャ!?」


 重りの影響でラングの首にグルグルと縄が巻きつく。

 飛龍の表面は基本的に硬い鱗で覆われているので、紐を引っ張った程度では気道が締まってしまうことは無い。


「さぁ、楽しい調教の時間だ! 覚悟するんだラングっ!」


 ノルンは縄がしっかりと巻きついたことを確認し、オッゴの上から飛び降りる。

足へ"空中段(エアステップ)"の魔法を発動させる。

魔力によって擬似的に生じた踏み台を蹴った。振り子の要領で、ラングの首の上へ飛びあがる。

そしてラングの首へ跨り、太ももを鱗へしっかりと押し当てた。


「さぁ、捕まえたぞ! 大人しくするんだ!」

「ギャアーギャァー!!」


 ノルンが縄を引くと、ラングは不愉快そうに声を荒げた。

必死に首を振って、ノルンを落とそうとしてくる。


「そっちがその気なら!」


 ブーツの拍車を、飛龍にとっては敏感な首の鱗の隙間へ押し当てた。

 ついでにまだ足に残っていた魔力の残滓を流し込む。

 

「ギャフッ!」


 ラングはビクンと巨体を震わせて、一瞬大人しくなった。

しかしノルンが次の指示を出そうとしたその時、ラングは翼で空を打つ。

 ノルンは縄をしっかりと掴み、空気抵抗を軽減するため身をかがめた。


(こ、こいつ早いぞ……! デルタ並みだぞ、これは!!)


 ラングはグングン加速して行く。

 姉のビグよりも勢いがあり、空の覇者の飛竜らしく、勢いも度胸もある。

 もしもデルタが側に居たならば、大興奮間違いなしだと思った。


「ギャァァ!! ギャァァァァ!!(降りろ! お前なんて落ちちゃえぇぇぇー!)」


 しかしラングは幾らノルンが拍車で刺激を与えようとも、縄で旋回を指示しようとも。

まるで反応を見せず、自由奔放に大空を飛び回る。


「ガァァァァ―!!(いい加減にしろ、お転婆ガァァァ!!)」


 オッゴはラングの背後から怒りに満ちたバインドボイス

放った。

 しかし、それさえもラングはひらりと回避してみせる。

 恐ろしいほどの飛行センスに、ノルンはただただ驚きと興奮と、是非調教して自由に乗り回したい気持ちに駆られた。


「キャ、キャアァァァァーー!!(ラ、ラング、少し落ち着いてぇぇぇぇ!)」


 今度は僅かながら控え目なビグの咆哮が聞こえてきたが、音圧は届くことなく、あっさりと消えてしまう。


 気がつくと目下には雪を被った険しい山々が広がっていた。

どうやら大陸の中央部分、スィートウォーター山脈付近に来てしまったらしい。


 飛龍といえども生き物。

 このまま無茶な飛行を続けていれば、いずれ体力が尽き、墜落は免れない。

 しかし暴走するラングを止める手立てが思い浮かばない。


(どうしたものか……!)


 ふと、頬を撫でる空気が湿り気を帯び始めたような気がした。

 青空がどんよりとした灰色に染まり始めている。遠くで稲妻の轟が聞こえてきている。


 雷雲の中へ誤って飛び込んでしまったのか。

 いや、この状況では僥倖である。

 お転婆なラングにはこれぐらいの刺激が必要なのかもしれない。

 ノルンはマントを深く被ると、ラングの首にしがみつき身を隠す。


 やがて曇天の渦の中へ飛竜のラングよりも遥かに巨大な影が浮かび上がった。


『だあれだぁ!! オレの許可も得ず、オレに近づく愚か者はぁ!!』


 声が空気を震撼させ、無数の稲妻が降り注ぐ。


 さすがのラングも急制動し、身体をビクビク震わせながら、周囲を見回す。

 ラングを中心に巨大な影が渦を巻き始める。


「ギャ……ギャギャ……ギャギャギャフンっ!!(な、なに……なにこれなにこれっ!?)」


 やがてラングなど一口でパクリとできてしまいそうな、巨大な灰色の龍の頭が現れた。

 灰色の龍の月のように妖しく光る目が、ラングを視線のみで震え上がらせる。


『若き雌飛龍よ。ここがオレの住処と知っての狼藉か。ならば、相応の覚悟はできておろうな?』

「ギャ……ギャギャ!(こ、これはその……あたしは人間に無理やりここまで連れて来られたわけで……)」

『なんだとぉ!?』

「ギャフン!!」


 龍の姿をした神聖は、声だけでラングを怯ませた。


『クンクン……クンクンクン……この匂い……そして愚かな小童飛竜から感じる魔力の気配……まぁーさぁーかぁ――!?』


「久しぶりだな、ガンドール! 元気にしていたか!?」


 ノルンがマントを剥いでそう叫ぶ。


『ぬっ……? お、おおー!! バンシ……じゃなく、ノルンではないかぁー!! ぬほぉー!! ほほおおお!! ノルーン!! バーニングラァァァブ!!』



先ほどまで威厳はどこへいったのやら、灰色の大地動転の力を持つ龍は、とっても嬉しそうな声をあげる。


 この強大な神聖……もとい、彼女の名は【ガンドール】


 かつてウェイブライダー龍人一族の姫君:闘士デルタと共に、その怒りを鎮めた、破壊と再生を司る大いなる存在で、今ではノルンの空に住む大事な友人の一人である。



『ノルンだぁ! ノルンがオレを訪ねて来てくれたぞぉ! 

ぬほー! ほほーう!』


「俺も会えて嬉しいぞガンドール。しかし何故、今俺がノルンだと知っている?」


『実はこの間、知り合いの龍神とちょこっとお茶をした時、聞いてな』


「お茶、か……?」


『おう! しかも、今お前が住んでいる、あのなーんもないド田舎の……ヨー……ヨー……?」


「ヨーツンヘイムか?」


『おお! そうだ! なーんもないド田舎のヨーツンヘイムまで遊びいったのだぞ!?』


「なんだと!?」


『まぁ、お前には逢えなんだがな……』


「そ、そうだったのか。それは申し訳ないことをした」


 お茶をして与太話をしたり、気軽に地上へ遊びに来たり……案外ガンドールはお茶目な性格なのだとノルンは思った。


 デルタと共に命と世界の命運をかけて争ったのが、まるで嘘のようである。



『まぁ、お前が人間の小娘に夢中で、なかなか来てくれなんだは寂しい限りだがな……』


 そしてリゼルとのことも……誰かに指摘されて初めて、無茶苦茶恥ずかしさを覚えるノルンなのだった。


「だ、だから、ガンドール! 今日は以前のお前との約束を果たすためにやってきた!」


 ノルンがそう叫ぶと、少し寂しそうだったガンドールが色めき立つ。


『なんと! ようやく!!』

「ああ! 生憎、今の俺は単独で飛ぶことができん。だから飛龍が必要だったのだが……ようやく見つけたんだ、お前と激しくぶつかり合える強い飛龍を!」

「ギャフン!?(はぁ!?)」


 ノルンは鱗を叩き、ラングは素っ頓狂な咆哮をあげる。


『ほほう、そういうことか……。確かにオレの住処へ怯えずに飛び込んでくるほどの飛龍だ。さぞかし、オレを楽しませてくれるのだろうな?』


 ガンドールはギロリとラングを睨んだ。

 ラングはガンドールを見上げて口を、精一杯の咆哮を響かせる。


『ぬわっはっはっは! 威勢はよし! ただのヒヨっ子ではないということを見させてもらうか!』

「ギャ……ギャッ……ギャギャッ!(あの……それは……えっと!)」

『さぁ、やり合うぞ!! そしてオレを存分に楽しませよ! ンガァァァァァ!!!』

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