勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら(かつて助けた村娘と共に)、最初は地元民となんやかんやとあったけど……今は、勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?
幕間:降臨する大神龍! 183分のヨーツンヘイム探報記!
幕間:降臨する大神龍! 183分のヨーツンヘイム探報記!
「ガァァァァ! 出てこい大地神龍ダーナゼノン!」
大空の真の支配者。
大地動転の力を持つ神龍。
ウェイブライダ竜人一族が崇め奉る偉大な神聖。
大神龍ガンドールは人里離れた山へ、稲妻のような声を響かせる。
すると地を裂き、山を割って真っ赤な神龍が姿を現した。
「誰だよ俺の眠りを妨げる……ってぇ!? ガ、ガンドール!?」
地から這い出た神龍ダーナゼノンは、ガンドールを前にし明らかな動揺を見せていた。
「ガンドールなどと冷たい……竜人だった頃のオレとお前は毎日激しくやり合った仲ではないか!」
「むぅ……それは……」
「かつてのように【サラ】で良いのだぞ、大地神龍ダーナゼノンよ!」
「そ、そうか……それでは、サラ……? 一万年ぶりに俺に何か用か?」
「地を支配するお前に聞きたいことがある。茶でも飲みながらゆっくり話そうではないか!」
「それは構わんが、この姿のままで茶をするのは……」
「おお、そうか。確かにお前の言う通りだ! ぬわーっはっはっは! オレが間抜けであったわ!」
轟のような笑い声をあげるガンドールの巨躯が激しい輝きに包まれる。強大な力と巨躯が一点に集まり収束してゆく。
「ふむ……かつてのオレはここまで小さきものだったか」
赤目の灰色がかった長髪。
体付きは女体として発展途上だが、戦士としては程よく引き締まり完成されていた。
そんな彼女には、民族衣装であるスリットの入った銀色の戦闘服がよく似合っている。
大神龍ガンドールになる以前の彼女……ウェイブライダ竜人一族の始祖部族の一つド・ダイ族の若き勇者【サラ】が一万年ぶりに地上へ降臨したのである。
⚫️⚫️⚫️
「ほう、ここがヨーツンヘイム。緑ばかりのド田舎ではないかぁ!」
山間に降り立ったガンドール……基、サラは周囲の自然を見渡して、頬を緩ませた。
大陸のあらゆる情報を知る大地神竜ダーナゼノンの話では、ここに微弱ではあるが、"あの男"の気配を感じるらしい。
(バンシィはなかなかオレに会ってくれないからな……ならばこちらから押しかけるのみ!)
しかしヨーツンヘイムにいるのはわかっているが、どこで何をしているのかはさすがのダ―ナゼノンでもわからないらしい。
『サラ、その形態を維持できるのは183分……3時間と3分だけだ。もし時間が過ぎたら、どこに居ようとその場で元の姿に戻ってしまう。結果はどうなるか分かるだろ? くれぐれもそのことは忘れないでくれよ?』』
サラはダーナゼノンの忠告をほんの少し気にしつつ、小ぶりな胸を震わせながら、意気揚々と1人山を降ってゆく。
(バンシィ! バンシィ! 早う、お前と激しくやりあいたいぞ!)
時間制限のことなんかよりも、サラの頭の中はバンシィで一杯だったのである。そんな彼女の前へ薄汚い気配を放つ連中が現れたのは、山を下りだしてすぐのことだった。
「お嬢ちゃん、こんなところに1人でいちゃ危ないよ?」
「はは! なに注意してだんよ? 俺ら、危ないことしようとしてんのによぉ……って、おい!」
サラはまるで視界に何も入っていないがごとく、野盗どもの間を歩いていた。
「あ?」
なにか聞こえたような?
サラはぴたりと足を止める。
「なめんじゃねぇぞ、このクソガキ!」
「ガキ……? おお、そうか! 今のオレは昔のガキの身体だったなぁ!」
「こんの舐めた口聞きやが――ッ!?」
突然、風が吹き抜けた。
吹き抜けたなどと生優しいものではない。
嵐を凝縮したような、激しい風が、大柄で更に重装備をしている野盗達を紙切れのように吹き飛ばす。
サラが気配のみで生じさせた突風だった。
「邪魔だ虫けらめ……それよりもバンシィだ! バンシィ! バーニングラァーブ!」
どうやらサラにとってはバンシィ以外の人間は虫けらしい……。
……【残り時間2時間50分】……
「ここも凄いド田舎ではないか! なんもないではないか! ぐわっははは!」
往来で不遜な笑い声をあげる少女が1人。
大神竜ガンドールを改め、ド・ダイ族の若き勇者サラである。
往来にはほとんど人気は無かった。どうやら耳の遠いお年寄りばかりらしく、サラの笑い声などまるで聞こえていない様子だった。
サラは手近なところに居た腰の曲がったお年寄りへ駆け寄って行く。
「おいそこの人間! バンシィを知らぬか!?」
「はぁ?」
「バ・ン・シィ! 黒の勇者だ!」
「はぁ?」
「ぬわーっはっはっは! だめか! 仕方あるまい! 足で探すとするか!」
「はぁ!? なんか言ったかい?」
「時間を取らせて申し訳なかったな! せめてもの礼だ! 受け取るが良い! これを持っていれば元気になれるぞ! ぬわーっはっはっは!」
サラせめてもお礼にと耳の遠いお年寄りへ自分の鱗のかけらを握りらせた。
そして自分は意気揚々とその場を後にする。
その時、鱗を握らせらたお年寄りに眩い光が迸る!
「……み、耳がよく聞こえる!? しかも腰の曲がりが……おおお!!」
お年寄りは背筋をしゃんと伸ばし、何十年ぶりかの元気な体に喜んでいた。
【大神龍の鱗】――あらゆる生命を元気づけ、復活させる神聖級アイテム。
しかし渡した本人は、自分の鱗にそこまでの力があるなど知る由もも無かった。
……【残り時間1時間59分】……
「おー! やはりここにもなんもないぞ! 田舎だ! すっごい田舎だ、ぬわーっはっは!」
静かな、本当に静かな村の中
聞こえてくるのは風の音と、僅かな鳥の声のみ。
村人は畑仕事や林業に精を出している。
「人間は頑張っているな! 結構! 大変結構だ!」
サラは楽しそうにそう叫びながら田舎道を歩き続ける。
久方ぶりに安息を感じている。
(オレの時代も戦いばかり。そして今も……しかしここは長閑だ。まさに平和とはこのような状態を指すのだな)
静かすぎる気もするが……これはこれで悪くないと思いつつ、更にサラは道をゆく。
やがて道の向こうに、この長閑な村には不釣あいな、巨大な建築物が見え始める。
「ヨーツンヘイム、イスルゥ塗工房……これか! バンシィが広めた器というものは!」
もしかするとここにいるかもしれない。
サラにとって愛しい、愛しいあの人間の男が!
「おい、バンシィ! いるかぁー!」
「きゃっ!」
サラが勢いよく工場の扉を開くと、少女が悲鳴をあげる。
「い、いらっしゃいませ……?」
やや肌が褐色がかった、幼い少女はカウンターの向こうで体を少し震わせていた。
どうやら大声を出し過ぎて、怖がらせてしまったらしい。
「怯えるな、
「は、はぁ……?」
「おー! これがイスルゥ塗というものか! 美しいではないかぁ!」
サラは近くにあった艶やかな黒色の盃を手に取る。
まるでバンシィのような漆黒だと感じ、胸がドキドキ高鳴ってゆく。
「あ、あの……そちらは私のお父さ……父が色つけしたものなんです!」
「お前の父? バンシィではないのか?」
「ばんしぃ……?」
「そうだ! 教えよ、闇妖精の小童よ! バンシィはどこだぁ!」
サラはガシッと、少女の肩を掴んでそう叫ぶ。
「ど、どなたですか? バンシィさんって!? そんな人ここにはいませんよ!?」
「なぁにぃ!?」
「ほ、本当です! 本当に知らないんです!!」
「むぅ……」
ダーナゼノンの話では、今のバンシィは別の名前を使っていると聞くが……はて、どんな名前だったか? ダーナゼノンに聞いたがすっかり忘れてしまっているサラだった。
(しかし素顔の奴の特徴は良く覚えているぞ!)
気を取り直し、サラはググッと少女へ顔を近づける。
「黒髪、黒目で、かっちょいい人間の男子はどこだぁ! 最近この辺りに引っ越してきたやつだぁ!」
「あ、えっと……もしかして新しい山林管理人さんのことですか!? だったらたぶん山の中のお住まいに……」
「むむっ! それは本当かっ!?」
「お仕事に出ていなかったらですけど……」
「そうかぁ! こうしてはおれん!」
サラは少女の肩から手を離し、踵を返して入口の扉へ向かってゆく。
しかし出る寸前にもう一度少女へ振り返り、ドドドとものすごい勢いで近づいてゆく。
「教えてくれた礼だ! 受け取るが良い!」
「わぁっ! キラキラ!!」
少女はサラの渡した光り輝く牙のかけらに目を丸くする。
(小童の雌はキラキラするものが好きだからな。オレもその気持ちはよくわかる!)
「達者でな、闇妖精の小童よ!」
「あ、ちょ……私は闇妖精じゃ……!」
少女の言葉を聞かずにサラは工場の売店を後にする。
そして少女は深いため息を吐いた。
「闇妖精って……そんなに私色黒で、耳がとがっているかなぁ……」
確かに少女の肌は少し暗めで、耳も尖っているかもしれない。
しかしあくまで“かもしれない”程度の代物である。
「【トーカ】、さっきから随分と騒がしいがどうかし……んん!?」
この工場の工場長で父親のギラは、すぐさま売店の少女――【トーカ】――が手にしたキラキラ光る牙の欠片をみて目を丸くする。
「こ、これは、神龍の牙のかけらじゃないか! どうしたんだこんなものを!!」
「あ、えっと、さっき私よりちょっと年上のお姉さんが来て、急に渡してきて……」
「そんなにいい接客をしたのか?」
「ううん、別に普通っていうか……うーん……」
【神龍の牙のかけら】――強力な魔力を流し込むことによって、偉大なる龍牙剣を生み出す超神聖級アイテム。
一般人にとっても非常に高価な代物である。
もちろん、サラにとってはただ単にキラキラした、自分の牙のかけら。折れても、欠けてもすぐに再生するもの……その程度である。
【残り時間0時間49分】
「山小屋とはどこだぁぁぁ!! どこなのだぁぁぁ!」
野を超え、山を超え、川を渡って、再び谷間へ。
サラは広大なヨーツンヘイムの縦横無尽に飛び回って、目的の山小屋を探し続けている。
しかし一向に見つかる気配がない……本当はすごく近くにあるが、いつも自分で山小屋の上を飛び越えてしまっているなど知る由もない。
(まずいぞ……時間が迫っているぞぉ!)
サラの姿でいられる時間は1時間を切っている。
早く山小屋とやらを見つけて、バンシィに会わねば、ここまで頑張った意味がない!
ふと焦るサラの視界に、森を歩く人間の背中が見えた。
藁をもすがる気持ちで、サラはその人間に狙いを定める。
「おいお前ー!」
「きゃっ!?」
サラが地面へ降り立つと地面が少しばかり震え、明るい服装の若い女が尻餅をつく。
同伴していた熊の子供は野生の勘でサラの強大さを感じてか、背中を震わせている。
「怯えるな! 喰ったりなどせん! お主に少し聞きたい……ぬぅ!?」
サラはここにきて初めて、ビリリとした感覚を得た。
そしてそれこそサラがずっと探し求めていたもの。
(しかし何故、この人間からバンシィの気配がするのだ?)
「クンクンクン、クンクンクン……」
「あ、あの……何しているんですか?」
誰だって見ず知らずの相手に、いきなり匂いを嗅がれれば驚くというもの。
だがサラは構わず明るい服装の女の匂いを嗅ぎ続ける。
「間違いない……これはバンシィの匂いだぁ!」
「!?」
「バンシィはどこだ! どこにいるぅ!!」
「あわわわわ!」
サラはほんの少し爪先立ちをして、明るい服装の女をグラグラ揺らす。
その度に女からぷんぷんとバンシィの香りが湧いてくる。
「お前もしや……バンシィとやりあったのか!?」
「――ッ!?」
「感じるお前から……バンシィの気配、匂い、そして生命力……!」
「あ、あ、あっ! え、えっと、そのぉ!!」
明るい服装の女は顔を真っ赤に染めながらしどろもどろになっていた。
「くそぉ! くそぉぉぉ! オレもしたいのにぃ! オレもぉぉぉ! オレもぉぉぉ!! バンシィとやりあいたいぞぉぉぉ!!」
「あわわわわわ!」
「お前は戦士か! あいつと生命力を交えるほど強い戦士なのかぁ!! 勇者と渡り合えるほどの猛者なのかぁ!!」
「あわわわわわ!!」
突然サラは明るい服装の女を手離した。
目を回してしまったのか、女はへなへなと地面へ座り込む。
「ふぅむ……なぜこのような弱き者からバンシィの気配が……まぁ、良い! 答えよ、人間の雌!」
サラは女の顎をグイッと掴んだ。
相変わらず目を回しているのか焦点が定まってはいない。
「バンシィはどこだ! オレはアイツに会いにきた! やり合いに来たのだぁ!」
「そうでしたか……あはは……あのお方は今……」
「今ぁ!? どこだ……ぬぅ――――っ!?」
突然、空からどこか巨大な力が降り注いできた。
そしてサラを掴んで、大空へ放り投げる。
サラは山を超え、雲を突き破り、そして……
「タイムオーバーだ!」
気づくと蒼天の元に同種の赤い神聖ダーナゼノンの姿があった。
「おのれぇ、ダーナゼノン! オレの邪魔をしおって!」
いつの間にか彼女はサラから大神龍ガンドールへ戻っていた。
「邪魔って、お前が俺に頼んだんじゃないか! 時間切れになりそうだったら、無理矢理でも良いから空へ引き戻せって!」
「おお、そういえばそうだった! 地上に俺が迷惑をかけるわけにはいかんからなぁ! ぬわーっはっはっは!」
「で、お目当ての相手には逢えたのか?」
「今少しというところだった……ぬぅ……また力を蓄えねば……!」
神の体を人間サイズにまで縮小させる。
この行いには多大な労力と力がかかる。
故にポンポンできないことが玉に瑕である。
「いつか必ず会ってやるぞバンシィ。そしてお前と心ゆくまでやりあうのだ! バーニングラァブ!!」
⚫️⚫️⚫️
「どうしたリゼル。あまり元気がないようだが?」
「あ、いえ……」
「言いたいことがあるならはっきり言ってくれ。そういうのはよくないと思う」
「実は今日、ノルン様のお知り合いのような方にお会いしまして」
「どんな奴だ?」
「灰色の長い髪で、結構若い……じょ、女性でした……」
「誰だそれは? そんな奴など知らん。しかし……もしかすると、アレな輩か……」
「アレの輩って?」
「勇者の頃によくあったんだ。知り合いでもないにも関わらず知り合い面をする輩がな。勝手に友人面をされて迷惑していた。竜の威を借るゴブリンというやつだ」
「なるほど……」
「しかし用心せねば……俺の正体が知られるのはまずい。もし同じような輩が現れたら教えてくれ。対処する」
「わかりました。必ずお伝えします……ノルン様!」
「ん?」
「大好きですっ!」
「俺もだが……しかし本当にどうしたんだ?」
「な、なんでもありません! さっ、ご飯食べちゃいましょう!」
「あ、ああ……」
今日もヨーツンヘイムは平和である。
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