嬢3話 悪役令嬢への道 3(※一人称)

 どうして、今? それも、こんな場所で? 父の考える事は、正に理解不能でした。自分の屋敷でやるならまだしも、こんな場所で成人の儀式を行おうなんて。正気の沙汰とは、思えない。本当に狂気そのモノです。それを伝えにきた彼ですら、その話に「ニヤリ」としていますし。「高貴」と言うのは、私が思う以上に下劣なのかも知れません。私は断固拒否、「絶対にやりません」の態度を見せましたが、発案者の父が現われた事で、その意思をすっかり挫かれてしまいました。


「父上」


 不快ではありますが、ここは「父上」と呼びましょう。本当は、「クソ野郎」と叫びたかったのですが。貴族の礼節を損なうわけにはいきません。だから、自分でも不本意な言葉を使ってしまいました。私は射殺すような顔で、父の顔を睨みました。父の顔は「それ」に驚くだけで、私の真意にはまったく気づいていない様子です。


「これは、何の冗談ですか? 成長の儀式を見世物にするなんて。悪ふざけにも程があります!」


「悪ふざけ?」


 そこからつづく溜め息。これも、意味不明です。今の何処に溜め息をつく要素があったのでしょう? 私には、まったく分かりません。父がなぜ、こんな事を思いついたのかも。すべては、混乱の沼に落ちていました。「何処が悪ふざけなのだ?」


 父は、本当に「分からない」と言う顔でした。自分の行った非道、その真意がまるで分かってない様子です。父は周りの人々を見わたして、その表情を一つ一つ確かめはじめました。人々の顔は「ニヤリ」、あるいは冷ややかな笑みを浮かべています。


「ヴァイン」


「なんです?」


「社交界の世界で、最も大事な物はなんだ?」


「分かりません」


 分かりたくもありません。


「父上のお考えは」


 その言葉に溜め息をつく、くそオヤジ。本当にイライラします。彼には、人間の知性が備わっていないのでしょうか? 挙げ句の果てには、遠くの方に立っている母ですら同じような始末。彼女もまた、このふざけた遊びを楽しんでいたのです。まるで愛玩動物に毬でも放るかのように、私の反応(と言うか、不運を)を楽しんでいました。


「帰ります」


「なに?」


「屋敷に帰ります。私には、そんな趣味はありませんし。第一、成長の儀式にも」


「それは、お前が決める事ではない」


「は?」


 思わず漏れてしまった怒声でしたが、それもまったくの効果なしです。それどころか、相手の怒りを買ってしまいました。今の態度は、(相手にとって)相当に嫌だったようです。ですが……。


「それに怒るのは、筋違いではありませんか? 父上は、下らない思いつきで」


 そこから先を遮られたのは、父上に右の頬を殴られたからです。私は「それ」に耐えられなかったあまり、無様な悲鳴を上げて、床の上に叩きつけられてしまいました。


「何をなさるのですか!」


「黙れ!」


「黙りません! 父上はまちが、いえ、おかしいです! いくら、『受けるため』と言っても! 破ってはならない事がある。父上は、いっときの欲に負けて」


「それの何が悪い?」


「え?」


「いっときの欲に負けて。そもそも」


「な、なんです?」


「お前には、貴族の欲が足りなすぎる。あらゆる快楽を求め、その一瞬に呆ける欲求が。礼節の力で体面を保ち、思いつきの力で人生を彩る力が。お前には、その欲求が無さすぎるのだ。普通なら、それに溺れるところを」


 私は、その言葉を遮りました。その言葉が、あまりに身勝手だったからです。いくら貴族だろうと、破いてはならない事はある。人の尊厳を守らなければならない事も。父には、その制限がすっかり外れていました。父は(昔から思っていましたが)文字通りの狂気、本当に狂った人だったのです。そんな人と一緒に暮らしているなんて……。


「許せない」


 私は、父の前から走りだしました。私の父がそうであったように、私も自分の箍が外れてしまったのです。私が私らしくあった物、その良識がすっかり壊れてしまいました。私は私の狂気に任せて、テーブルのナイフを握りました。これを使えば、人間の喉も引き裂ける。流石に短剣のようにはいかないでしょうが、それでも今の私には充分でした。「相手の身体に何かしらの傷と付けられればいい」と。だからそれで、父の手首を切りつけた時もほとんどためらわなかった。


「ぶっ殺してやる!」


 みんな、みんな、地獄に落としてやる。こんな地獄を誤魔化したような社交界なんて。


!」


 私は、暴れました。自分が人間である事も忘れて、獣のように暴れました。女性達の悲鳴など無視して、彼女達の顔や胸、挙げ句は目に至るまで、その美を次々と奪っていったのです。私は生暖かい血を受けながらも、楽しげな顔で社交界の世界を変えていきました。ですが、やはり虚しくなった。自分の抵抗が、急に虚しくなりました。こんな事をしたって、何も変わらない。「自分はこれからも、檻の中にいる鳥なんだ」と、そう内心で思ってしまったのです。


 私は、すべてに打ちのめされた。打ちのめされたから、自害のそれも怖くなかった。私はナイフの血を拭い、それで自分の喉を突きさしました。


「ああ」


 痛い。息も詰まって、苦しい。喉の中からは、私の血が溢れてくる。貴族のそれとは違った、真っ赤な血が……。


「せ、か、い、な、ん、て」


 壊れてしまえ。そう叫んだところで、プツリと消えた意識。石のように固まった思考。私は「死」と言う感覚に涙しましたが、それも長くはつづきませんでした。私が自分の喉を掻き切った瞬間に見えた光、それが急に失われてしまったからです。私は自分の身体を起して、周りの風景を見わたしました。周りの風景は、よく分かりません。何処かの城内か宮殿のように見えますが、人間のそれとは違う何か、奇妙奇天烈な雰囲気が漂っていました。


「こ、ここは?」


 その質問に答える、謎の声。声の主は、私と同い年くらいでしょうか? かなり浮世離れした格好で、私の事をじっと眺めていました。彼女は椅子(と言うか、玉座?)の上から立ちあがって、私の前にそっと歩みよりました。


「あたしの城。世間の奴等は、『魔王城』と呼んでいるが。それより」


「う、うっ」


「お前は、何者だ?」

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