第41話 己の人生を射貫け 4

 弓術士、つまりは使か。弓と矢を使って、相手のモンスターを倒す職業。矢の使用回数に制限があるが、「接近」を要する他の武器と違って、攻めヒット逃げアウェイの戦法が取れるため、一部の冒険者には人気な職業である。それを彼女がやっているのは、ある意味で不思議な感覚だった。

 

 冒険者の仕事は決して楽ではないが、「小遣い稼ぎのため」とは言え、料理屋の給仕係もやっているなんて。今まで色々な人間を見てきた俺だったが、彼女のような人間は本当に初めてだった。

 

 俺は真面目な顔で、彼女の顔を見かえした。彼女の顔は、やっぱり笑っている。


「名前は?」


「え?」


「君の名前」


「ああうん、『シオン』って言うけど? あなたは?」


「俺は、ゼルデ・ガーウィン。元々は、剣士だったんだけどね。今は訳あって、魔術師をやっている」


?」

 

 一瞬見せた、不審そうな顔。それはたぶん、俺の言葉に違和感を覚えてからだろう。剣士は「物理系」の職業で、魔術師は「魔法系」の職業だ。物理系の剣士が同じ物理系の職業に転職するならまだ分かるが(それでも、結局は適正次第だが)、違う系統の魔術師に変わるのは滅多にない。もっと言えば、ありえない事だった。

 

 剣士は(基本的に)魔法が使えないし、魔術師も人並み程度にしか剣術を極められない。それぞれがそれぞれの職業に憧れを抱いたとしても、それは本当の意味で非効率なのである。非効率な職業を選ぶのは、冒険での負傷率を高めてしまうのだ。冒険での負傷率が高まれば、それだけ自分の命も危険にさらされる。

 

 冒険者は危険に挑む職業だが、最低限の安全意識は持たなければならないのだ。そう言う意味で、彼女が驚いたのもうなずける。俺が剣士から魔術師に変わったのは、それだけ普通ではない、つまりは異常な事なのだ。


「そんな事、できるの?」


「できる」


 そう応えたのは、俺ではない。俺の横に歩みよってきたミュシアだった。ミュシアは俺の顔をチラチラと見、そして何故かムスッとすると、感情の読めない顔で、シオンの顔にまた視線を戻した。シオンの顔もやっぱり、彼女の視線に驚いている。


「私が目覚めさせた」


「あなたが?」


「そう、私が。魂の裏に隠れていた、真の才能を」


 そこから先は、あえて言わなくてもいいだろう。話される内容はクリナの時と同じだし、それを聞いているシオンの反応もまた、クリナと同じようなモノだったからだ。シオンは彼女の話に何度かうなずくと、不思議そうな顔で相手の目を見かえした。


「不思議だね」


「うん」


「でも、すごく面白い。相手の才能が分かるなんて、使い方によっては」


 そこで何かを閃いたらしい。シオンは「ニコッ」と笑って、相手の両肩を掴んだ。


「ねぇ?」


「なに?」


「私は向いている、弓術士に?」


「向いている」


 即答だ、何の迷いもない。相手の目を見て、「それは、あなたの天職」とすら言った。


「あなたの選択は、正しい。あなたは、一流の弓術士になる」


「そっか」


 大変ご満足な様子。それを眺めているクリナは複雑な顔だったが、シオンの方は「うれしい!」と笑って、相手の肩を何度も揺らしつづけた。


「やっぱり、弓術士になってよかった!」


 まだ、相手の肩を揺らしている。ミュシアが戸惑っているから、そろそろ止めてあげて。


「それじゃ、絶対に入らないとね?」


 あれ? 話の方向がいきなり変わったぞ?


「入る?」


「そう、あなた達のパーティーに。こんなに面白い人達は、他には絶対にいないから!」


 それは嬉しいご感想だが、若干一名は納得いかなかったらしい。クリナは彼女の前に歩みよって、その肩を思いきり揺らした。


「冗談じゃないわ! さっきも言ったけど」


「『ライバルが増える』って?」


「う、うううっ、そうよ! アタシ個人の報酬が減るのも嫌だし。それに!」


 なんだ? どうして、俺を見る?


「アタシは、とにかく反対よ! 接近戦にはアタシが、遠距離戦にはゼルデが、もしもの保険にはミュシアがいるんだからね。モンスターとの戦いは、この三人だけでも充分にできるわ!」


 確かにそうだ。だがそれは、あくまで理論上の話。「それぞれが、相応の実力を備えていれば」の話だ。たとえ一人でも、強力なモンスターを倒せる力があれば。


 今の構成は、パーティーがパーティーとして動く最小単位。一人でも欠ければ、その構成が崩れてしまうレベルだった。俺の魔法で(たぶん)、何とかならない事もあるだろうけど。肉弾戦が得意な相手と当たってしまったら、苦戦は必至。最悪は素早い動きに惑わされて、殺されてしまう可能性もある。その可能性を下げるためには……。


「だからね」


「いや」


「え?」


「今回の事は、ちょっと考えてみよう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る