第34話 オリエンテーリング 8
夜。
みんながなんとか寝静まった午前1時半。
僕は、こっそりとベッドを抜け出した。
ここに入ってまず感じたのは、奥の森からの無視しようがない障気。
ここ、合宿所に続く狭い道から、門を入ると左手に広場、右奥が建物となっている。これらの施設は山の中にあるため、人の手が加わらない、運動場や建物の奥は、うっそうと木が茂ってる山だ。
この建物の奥、木々が立ち並ぶその奥から、燻る煙のような障気が立ち上り、辺りに広がっている。
よくこの施設が無事だな、とは思うが、どういうもので誰がやったものなのか、なんらかの結界がうっすらとドーム状に保護しているのが、この時間だとよく分かる。濃くなった障気が結界に沿って伸びているんだ。伏せたお椀型に障気が漂っているのがはっきりと見えた。
僕は、建物を出ると裏手に回る。
障気が濃くなっている場所へと足を踏み入れる。
今宵は月は半月。雲もそれなりに出ていて、視界が充分とは言えない。
でも、僕だって一人で夜目を強くする術ぐらいつかえる。自分の目に術をかけ、昼間、とは言わずとも、夕刻ぐらいの視界は得た。それとともに、霊やあやかしと言った通常では見えないとされるものへの適応を高める。
こういったことを自然と出来る者もいる。
僕は、あの日までは、幽霊も何も見えなかったけど、あの日を境にかなり見えるようになった。どうも見ようと思って見えるだけではなく、力の強いモノには、吸い寄せられるように視覚を持って行かれてしまう、という欠点もある。コントロールが下手だ、と、僕を訓練する連中は言うけれど、自動でいろいろシフトしてしまうものはどうしようもないんだ。無意識なのか、何らかの察知なのか、原因が分からない。霊能者なんて、代々の遺伝とかでない限り、千差万別。僕みたいなはぐれにまともな術式を求める方が間違っている。
そんなことをぼんやり考えるともなしに考えながら行くと、目的地には2つの人影があった。蓮華と淳平だ。
「遅かったじゃない。」
「仕方ないだろ。同室者が3人もいて、馬鹿な話をやってるんだ。なかなか寝てくれないで苦労したよ。」
「へぇえ、この蓮華様を待たせておいて、そんな言い訳する気?」
蓮華が僕の髪を引っ張って上を向かせるけど、さすがに理不尽だろ。
「ま、暴力沙汰を起こした分、コミュニケーションには時間がかかるよな。」
ニヤニヤしながら、淳平がちくると、案の定、蓮華は目をつり上げた。
「どういうこと?」
「別に何も・・・」
「いやぁ、いきなりハラパンだもなねぇ、僕ちゃんびっくり。」
「はぁ?」
ほっぺたをつねり上げられて、出そうになった悲鳴をかろうじて僕はねじり伏せた。せっかくこっそり来てるのに、悲鳴なんか聞かれて駆けつけられたら、それこそ目も当てられない。
僕は、それも含めて、抗議の目線を送ったが、この暴力女にそんなもの効かないのは重々承知だ。だけど、せめてこの障気をなんとかしてからにして欲しい・・・
「ま、蓮華ちゃんの気持ちは分かるけど、尋問とお仕置きは後日として、ここをなんとかせんとねぇ。」
飄々と、障気の出所を見て、淳平が言う。
ややこしくさせてる本人がこんな様子だから余計に頭にくるけど、やつが神経を研ぎ澄ませているのが分かったから、僕らは黙ってそれにならった。
障気を発しているモノ。
時に古びた物だったり、地の奥や石なんかを媒介にしていたり。
今回は、木?
「いや、木というより、こいつは呪符か魔法陣ってとこかな。」
淳平が言う。
よく見ると、木に直接何かを描いてる、といえばそう見えないことはないか?
なんか、子供が出たらめに点や線を描いただけのようにも見える。
が。目を凝らすと、その点と点、点と線、線と線に複雑な不可視のエネルギー、人によっては霊力と言うたぐいのエネルギーが循環しているのが見えた。
それはどこからか、霊力を吸いだし、それを増幅して吐き出しているようだ。
「山から霊力を吸い出してるのかしら?」
「そんな感じだね。」
「これ、壊すの?」
「うーん、術式が分からない。あんた知ってる?」
「いや、陰陽系か、遁甲か・・・アジアな感じではあるけど・・・」
「にしてもいびつよね。」
「ねえ、このいびつさ、似てない?」
「何に?」
「蓮華がトイレで見つけたやつ。」
「ああ、校舎中にあった、弱い魔を呼ぶ召喚陣?飛鳥はそう思うんだ?」
「うーん、なんて言うのかな、気持ち悪さが似てる?いや、僕でも、こいつが系統じたい違うのはわかるんだけどさ・・・」
実際そうなんだ。
校舎中で見つけた召喚陣は、どっちかっていうと、西洋系。こいつはどうみても東洋系。どこの系統にしろ、同じはずがない。別系統の術式は、消滅か爆発、ってのが常識なんだから。
と考えて、おや?と思う。
2人も同じように今頃気づいたみたいだね。
「これって、あれよね?」
「ああ、そうなるな。」
「人為的、ってこと?」
「私たち3人ともが派遣されるって、なんか違和感あったのよねぇ。」
「学校で怪異が多いからその詳細と、ついでに京都でのあやかし異常発生の原因究明および解明。特にこのあやかし増大は侵攻に関係あるかも、ってことで我々に回したってことだけど、学校絡めるのはなぁ、と思ったんだが。」
「十中八九、あの狸じじいは知ってたんでしょうね。」
「狸じじい?」
「さとりのばけもんよ。末の方はあんたと絡めるってんで舞い上がってるけど、あの狸が何孫だかかわいさに、こんな仕事に全員を絡めるわけないと思ってたのよ。」
「ああ、せいぜい飛鳥を派遣して終わりだな。」
「どっちにしろ、僕はここの仕事をしなきゃならないってこと?」
「まぁ、今となっては、雁首揃えないと難しいってほどの、面倒な御仁が関わってそうだ、って確信してるけどね。」
「誰だよ。」
「ほんと、あんた馬鹿ね。それがわかってれば、苦労はしないっての。」
「はぁ。で、その賢い蓮華さんは、今、この現場をどうしようとお考えで?イテッ。」
僕の言い方が気にくわないのか、容赦なく頬を張られた。
「あんた生意気。淳平、もうここの記録は?」
「当然、取ってますよぉ。」
「そ。じゃあ、障気を止めるだけだし、飛鳥、さっさとこれ壊しちゃって。」
「はぁ?」
「ほんと、愚図ね。あんただったら、この術式だけ壊せるでしょ?それとも霊力の流れ見えてない?」
「いや、それは見えてるけど。」
「そのエネルギーをぶち切る!」
「えっと・・・」
「飛鳥ちゃん、さっさとやらないと、蓮華姉さん、代わりに飛鳥ちゃんをバラバラにしそうな勢いよ~。」
えっ?と蓮華を見ると、ニタァと笑う。
冗談じゃなくても、こいつならやりそうだ。
僕は慌てて手に霊力を纏わせた。
その霊力を短刀のように形作り、点や線をうごめくエネルギーをたたき切る。そして、その起点となっていた模様も、霊力に炎の質を加えて、軽くあぶり、物理的に消した。
そこまでやって二人を振り返ると、満足そうに見ている。
これで、正解ってことなんだろう。
この手のことは、ほとんど僕の仕事になる。僕は系統に関係なく、術に触れられるという強みがあるから、簡単にできるように思うけど、これがどこかの術に特化している者がやると、最悪呪詛汚染が生じて、人々が出入りできなくなってしまう。
「ここの障気の影響等はサポートチームに任せましょう。特にあやかし等が出入りしている様子もないしね。」
「一応、蓮華はここの浄化と結界の構築を頼む。引き継ぎは俺がやっておく。飛鳥は、ごくろうさん。バレないようにベッドに戻りな。」
淳平の指示に僕らは頷いて、その日はお開きになった。
部屋に戻ると、3人とも起きていて、どうやらいなくなった僕に気づいたルカがみんなをたたき起こしたってことらしい。
眠れなくて、ちょっと散歩していた、と言ったら、山には熊やイノシシだって出るんだぞ、と、えらく怒られてしまった。
仕事が思ったより早く終わり、ちょっとは眠れるか、と、思ったけど、結局、3人からの説教で、その日は徹夜する羽目になってしまった。
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