92-2.ディアナの憂鬱

 ◆ディアナ◆


 私が九歳となると、私の周りの状況が一変しました。


 最も大きかったモノ。


 それはセレナ様の事でした。


 セレナ様が『剣聖』となって数日後、貴族としての勉強をしなければいけないと一年間稽古が出来ないとの事でした。


 去年デイブリッド様もいなくなり、私はまた一人になってしまいましたね……。


 それからは稽古を頑張るも何処か身が入らずにいました。



 お父さんからは無理はしない方が良いと言われたので、私は初めてエドイルラ街にやってきました。


 今まで、出掛けるのは誰かと一緒だったのに。


 一人で出掛けるなんて思ってもいなかったのに……。



 そんな私は街並みを見ながら歩いていました。


 街並み向こうの一番大きく見える屋敷。


 エクシア家の屋敷だ。


 あの屋敷ではセレナ様とクロウ様が今日も懸命に勉強なさっていると思うと少しばかり切なくなりました。



 ただぼーっと歩いていると辿り着いた屋敷の前にはたくさんの子供達がいました。


 少し眺めていると、「てきだー」の声から二人の子供が木の棒を持って私に近づいて来ました。


「ここはえどいりゅらこじいんだぞ!」


「ぼくたちがやっつけるぞ!」


 彼らは私の前に立ち、そう告げて来ました。


 そこから女性が一人急いで走って来ました。


「こらぁぁぁ!ハッシュ!リク!やめなさい!」


 二人の男の子は「にげろー」と言いながら女の子から逃げて行きました。


「全くー、あの子達は誰彼構わずに……」


「こんにちは」


 私は彼女に挨拶してみました。


「こ、こんにちは、獣人族さん……ですね?」


「はい」


 どこの街でも獣人族は蔑まれる。


 エドイルラ街はアカバネ商会の本店もあり、東大陸とも頻繁に交流しているので獣人族でも普通に歩けました。


 そんな彼女から小さく「きれぃ――」って言われて少し照れてしまいました。


 だって私なんてナターシャお姉さんやセレナ様に比べたら……。


 そんな事思っていると目の前の女の子はモジモジしながら、


「あ……あの、その耳……少しだけ触っても……いいかな?」


 ふふっと笑みがこぼれました。


「いいですよ、でも本当にちょっとだけですからね? 私の耳は既に捧げたい方がいらっしゃいますから」


 彼女は恐る恐る私の耳に触られました。


「すっっっごいやわらかい! ありがとう! 一生忘れないから!」


 そう言い満面の笑みになった彼女。


「私ね、シャルって言うの! 君は?」


「私はディアナって言います」


「ディアナちゃんね……ディアナちゃんって今年幾つなの?」


「私ですか? 九歳になります」


「へぇー、九歳なのに大人びてるわね、私は今年で十二になるわ」


「ではシャルお姉さんですね」


「ふふっ、そうだね」


「そういえば、ここってどういう所なんですか?」


 私がそう聞くと彼女は首を傾げました。


「うん? ここは孤児院だよー、孤児院は初めて見る?」


「あー、はい、初めてみます」


「ふふっ、ちょっと中見てみる? シスターの許可が必要だけど、私の友達なら歓迎してくれると思うわ」


「えっ? とも……だ……ち?」


「うん? だって、耳も触らせてくれたし、名前も分かったし、私達もう友達でしょう?」


 そう笑顔で言う彼女に私は何とも言えない嬉しさが溢れました。


「はい……そうですね、シャルお姉さん、よろしくお願いします」


「アハハ~ディアナちゃんって真面目なんだね! もっと気楽にしてくれていいよー、堅い言葉もいらないから~こっちにおいで」


 そう言い、シャルお姉さんは私を中に案内してくれました。



 最初に挨拶したシスターアングレラさんはとても美しいシスターさんでした。


 年齢は女性なので聞いてはおりません。



 それから先程のハッシュくんとリクくんともう一人モロイくんにも会えました。


 何だか、一人だと思っていた私だけどここには親もいなく一人で生きていかなくちゃいけない子供も多い。


 私の悩みなんて、大した事もないと嘲笑うかのように皆さん元気一杯でした。



 少し遊んでそろそろ帰ろうとした頃、


「こんにちはー、アカバネ商会ですー」


 と聞き慣れた声が聞こえました。


 彼女はアカバネ商会の営業隊で、私がセレナ様から連れ出されるまで店番をしていた時の仲間の一人です。


「セーニャちゃん!」


「えっ、ディアナちゃん!? 何で孤児院に??」


 そんな驚く彼女にここであった事情を話すと笑われてしましました。



「へぇー、ディアナちゃんってアカバネ商会所属なんだね。セーニャさんもいつもありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそ、いつもオーナーが感謝していますよ。これ程たくさんのリリー草をいつもありがとうって」


「えへへ、オーナー様って気前いいですよね。こんなモノを高額で買い取ってくださってうちらはおやつまでたくさん食べれてますから!」


 そう言えば、クロウ様からそんな事聞いてました。


 リリー草を何処に使うのかは知りませんが、大量に集めておりまして、エドイルラ街の孤児院に大量に委託したとかなんとか……。


「あぁ、そういえばクロウ様からそんな事聞いてました。ここがその孤児院なんですね」


「え? ……ディアナちゃん今何て言った?」


 シャルお姉さんが物凄い勢いで私の肩に手を上げてきました。


「えっと……孤児院でリリー草を大量に買っていると聞いた……かな?」


「いや、違う、そこより前」


「え? それより前……えっと、クロウ様から聞いたって――」


「!? そのクロウ様ってさ、黒髪の碧眼の少年の事よね!?」


 シャルお姉さんの目が燃えていた。


「え? クロウ様に会った事あったの?」


「やっぱり……あの時の少年だったのね……」


 シャルお姉さんからそう言われ、もし時間が取れれば、お礼を言いたいから一緒に来て欲しいと言われました。

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