第52話 離合

 初めにあったのは、沈黙だろう。


 沈黙が振動したとき、疑念が生じた。

 原因の究明と、主体の考察。

 そこで、自己たる世界が生じた。


 振動は力を生み、粒を生んだ。

 力と粒から、万物が生じた。

 やがて生命体が現れ、『手』という器官が生まれた。


 だから。

 手には、太古の記憶が宿る。

 探究への衝動と、原初の沈黙。


 この世を遍く掌握したいと欲し。

 その本質ゆえ、無限を保たんと隠蔽する。


 繋ぎ、放し。求め、隠す。

 手と手とが。

 距離を縮め広げながら。

 螺旋のように、輪環してゆく。





 雨は、天と地を結ぶ橋だ。

 天から地へと流れ、その境界を曖昧にして二つを繋ぐ。一体となった天地あめつちは、開闢の夢をみるのだろうか。繋がれた空は、光を内包した霧のようだ。

 その雨が、止んだ。

 天地は、分かれた。

 その分かれから、太陽が昇った。


 勇者が日に向かって背を伸ばしていると、三女神の寝室たる荷馬車の扉が、静かに開くのが見えた。

 従者だ。

 白い絹のネグリジェの上に、紺色のカーディガンを羽織っている。


 距離があった。

 勇者は、唯、じっと見詰めた。

 従者も直ぐに気付いた。

 眼差しを、返してきた。


 その顔は紅潮していた。

 だが、その表情は憂いを帯び、その視線は直ぐに地へ落ちた。

 身を守るかのように、その両手でその両肩を包んだ。


 勇者は声を掛けようとした。しかし、思うように発せられなかった。

 従者は再び勇者に向き、頷くように僅かに首を動かした。潤んだ瞳には様々な光が宿っているようだった。

 直ぐに、視線は切れた。そしてそのまま、従者は扉の中へ姿を消した。


 風が、勇者を取り巻いた。柔らかくも、重い。何かを告げているかのように、風は勇者に纏わりついた。

 佇んではならぬと感じ、太陽に背を向けて勇者はその場を離れた。



「おう!勇者さん!」

 肩に鉞を担いだベルグが、勇者に声を掛けてきた。勇者は救われたように微笑んだ。

「ベルグさん、おはよう」

「勇者さん。その『ベルグさん』は止めてくんねえか。落ち着かねえ。ベルグでいい」

「うん。僕も同じく、さん付けは無しで」

「そいつは駄目だ、ワルフに怒られる。でもまあ、互いにタメ口といこうぜ」

「わかった」

「よし。・・で、早速だがな、ちと手伝ってくれねえか?」

「いいよ、なに?」

「お前さんが穿った大穴な、池になったよ」

「え?」

 激しく続いた大雨が、勇者の作ったクレーターを池に変えたらしい。

「道を開くよりいかだを浮かべた方が早いだろ。筏はもう作ったんだ。あとは桟橋を作ろうと思ってさ。昨晩、遅くまでかかって筏を浮かべてな。ワルフも他の連中も、まだ泥みたいに寝てんだ。だからさ、仕上げの手柄は俺とお前、二人で頂こうぜ!」

 ベルグは無邪気に笑うと、頭の手ぬぐいをガリガリと掻いた。勇者は頭を下げた。いや、自然と頭が下がった。

「・・ありがとう、ベルグ」

「ふん!さっさと行こうぜ!」



 大きな筏に二台の馬車を乗せ、一行は池の上を進んだ。

 遥か先に、二本の柱が見えた。

 かつて、『ジェドの門』と呼ばれていたものだ。勇者が放った『流星メティオ』により吹き飛ばされて、柱だけが残った。


 やがて筏は柱に達した。

 巨大な柱だ。太く、高い。

 その表面には、びっしりとルーラント文字が刻まれている。

 筏はゆっくりと、二本の柱の間を滑るように進んだ。


 かつては、この『ジェドの門』のすぐ北まで、古都アルシアは広がっていた。

 『ジェドの門』はアルシアの南門として、かつ、オシリス神殿の『一の門』として、大いに威光を放っていた。

 時は経ち、門は魔物が徘徊する森の中で朽ちゆき、蔦が絡まり苔生して鳥や動物たちの棲処となっていたが、今は真新しい柱だけが水面から突き抜けている。

 勇者は、柱を凝視した。


―― やはり。

 ・・同じだ・・・ ――


 ムサの洞窟の要石。ゾルディック橋の支柱。刻まれたルーラント文字に絡まるかげ

 いや。よく見るとその翳は、不思議な形状をしていた。・・まるで、ルーラント文字に絡みつく蛇のような。ルーラント文字の神聖を剥ぎ取り、地に貶して這い蹲らせようと企む異形の神のような。


 筏は進む。柱は離れた。

 しかし、その不可思議な翳は勇者の脳裏に焼き付き、離れようとはしなかった。




 一行は、昼過ぎにアルシアの門を潜った。古都を囲う石壁は所々崩れていたが、その姿は格調高い。

 かつてアルシアは、オンパルス王国の首都だった。魔軍に攻められ陥落したのだ。


 魔軍が迫るなか、当時の国王ら要人は事前に南西のイシス神殿へと走った。

 勇者とギルドの冒険者たちは、都城に立て籠もり応戦した。

 魔軍は都城を完全に包囲し、七日七晩攻め続けた。昼は黒煙で暗くなり、夜は炎で照らされて、地獄の光景だったという。

 八日目、鋼の城門も遂には破られ、都城は陥落した。


 ・・この話には、続きがある。

 門が焼け落ちる時、門の後ろに陣を敷いた勇者らは、炎の中から飛び出し魔軍の前衛に斬り込んだ。ときに自らを盾とし、ときに自らを鏃としながら、分厚い敵陣を切り裂き血路を開いた。脱出できたのは勇者を含めて三十三名。彼らはそのまま南下して、今度はオシリス神殿に立て籠もった。魔軍は直ぐにオシリス神殿へと迫った。寡兵とはいえ、勇者を含む歴戦の猛者達を無視出来なかった。勇者らはオシリス神殿の外と内とを駆け巡り、血の一滴までも使い果たして、全滅した。

 時を得た国王らは、イシス神殿で軍の立て直しに成功した。魔軍は勇者らとの戦闘で激しく消耗し、混乱していた。王軍はその隙を突いて、魔軍の退路を断つべく動いた。

 魔軍はオーラルの東、ピリグムの港から上陸していた。王軍はここを急襲し、敵の駐留兵を打ち破り、港に係留されていた魔軍の軍船を残らず焼き払った。

 退路を断たれ、補給路を失った魔軍は、北へと走った。だがその北には、峻嶺なアルブルズ山脈が立ち塞がる。

 険しい山路を進むなか、魔軍は後尾から削られていった。漸く山越えした先には、メンヒルとドルメンの軍が集結していた。疲労困憊した魔軍は、為す術もなく討たれ続けた。魔王は僅かな供回りを引き連れて、うの体で北部へ逃げたという。

 その後。イシス神殿の北に王宮が築かれた為に、アルシアは首都の地位を失った。


 そんな歴史を持つがため、以降、アルシアの人々は王家に対し冷淡だ。自分たちの先祖を見捨てた政府を、信用していない。半面、勇者やギルドの冒険者たちには非常に好意的である。他所では見られない、戦士に対する古の尊崇が残っている。


 城門を潜る際、勇者は門兵に尋ねた。

・・やはり。屍食鬼グールの大軍は、アルシア近隣には姿を見せていないとのことだ。

 つまりあの大軍は、ジェドの門の南に突如湧き出すよう出現した、と推察できる。

 ルーラント文字と、それに絡みつくかげ

 それが原因かどうかは不明だが、何らかの関係を持つことはまず間違いないだろう。


 アストヘアの屋敷に到着した。高く堅牢な壁で囲まれた屋敷は、オーラルの屋敷に匹敵する広大さだ。従者が乗る馬車は、そのまま中庭へと引かれていった。結局、従者が姿を現すことはなかった。

 休む暇なく勇者はギルドへ、ワルフは教会学会へ、ベルグは酒場へと散った。勇者は従者のことが気になって仕方がないが、今はアストヘアに任せるしかない。解らぬ悩みを抱えたときは、忙しく働くのが一番だ。まずは情報を獲る。知ることで、次なる自身の行動もまた知れよう。



 アルシアのギルド本部は、都城の跡地に置かれている。都城が再建されなかったため、アルシアの民が私財を投げ出し、跡地にギルドの事務所を築いた。

 崩れた石垣の上に建つ、木造の建物。決して豪奢とは云えないが、得も云えぬ威厳が漂う。時の流れとともに成長してきたことを現すように、増改築を繰り返してきた跡が窺える。


 勇者が訪うと、白髪の老人が迎えてくれた。アルシアのギルドマスターだ。

「勇者様、ようこそお越し下さいました」

「マスター、ご無沙汰しております」

「いま、お茶を淹れますから。いや、勇者様は珈琲でしたな」

「ありがとうございます」

 しばらくすると、なんとも心地よい芳香が漂ってきた。オーラルのガストン氏とも異なる、爽やかで透明感が際立つ香りだ。

 ギルドマスターは、藍色の陶器に珈琲を注いだ。勇者は礼を言い、その琥珀色の液体をゆっくりと啜る。鼻腔と口腔から、様々な物質が取り込まれた。それらは特に脳内で作用し、或いは鎮静させ或いは活性させた。四方八方へと拡散していた流れが、穏やかに収斂されていく。


 勇者が一息つくのを見計らって、ギルドマスターは口を開いた。

「まずは、屍食鬼グール討伐ですが、概数で計算するしかありません。ジェドの門以南に出現した池の表面積に一割加算し、1平米あたり屍食鬼グール二体として算出しました。・・莫大な金額です。火龍の報奨金とともに、口座送金で宜しいでしょうか」

「ええ、そうして下さい。それより、ルーラント文字のことなんですが」

「ガストンさんから聞いております。ルーラント文字を事件と結び付けて考えたことなど無かったので、正直驚きました」

 そう言うと、ギルドマスターは資料を取り出し調査内容を話してくれた。要約すると、以下のような内容だ。


 アルシア周辺で、ルーラント文字が確認できる場所は四十七か所。神殿、寺院、公園、門、橋等。ルーラント文字は基本、人通りの多い公共施設に多い。

 過去二十年の事件簿を紐解くと、この四十七か所の全てで失踪事件が発生していたことが分かった。件数は一箇所につき一件から三件、失踪数は一人か二人と決して大きくはないが、総件数の六割がルーラント文字の刻まれた付近で発生していたことが解った。

「・・失踪、ですか・・」

「はい。有名なのは二年前、街の東側のオシリス拝殿で起きました。衛士二人が、白昼忽然と姿を消したのです。『神隠し事件』と騒がれました」

「・・神隠し」

「はい」

「・・現れたのでなく、消えた」

「は?」

「いや。・・最近も、失踪事件は起こっていますか?」

「ここ数ヶ月は発生してません。・・最後に起こったのは十ヶ月前、ですね」

 ギルドマスターは、事件簿を捲りながら答えた。勇者は頷き、尋ねた。

「・・ところで、そのルーラント文字には」

「はい。全てで翳を、確認しました」

 取り巻く空気が、ぞくりと肌を濡らした。


 やはり、ただならぬ事態が進行している。   

 もっとも、勇者の予想に反するところもあった。『出現』ではなく『失踪』。

 ・・事態は、より深刻なのだろうか。

 勇者はギルドを辞し、待ち合わせ場所である酒場へと向かった。



「おーぅい!勇者さん!こっちだっ!」

 かまびすしい酒場にあっても、ベルグの大声はよく通る。他所とは異なりアルシアの酒場では、勇者は注目の的だ。あちこちから声を掛けられながら、勇者はベルグが陣取る丸テーブルに辿り着いた。

「さあ、なに頼む?」

「えっと、珈琲」

「ああ?おい、ここは酒場だぜ?」

「酔っている暇はない。ねえベルグ、収穫は?」

「まあ、慌てなさんな。おーい姉さんっ!こっちにコーヒー!ブランデー、どぷどぷ入れてくんなっ!」

「ブランデーは無しでっ!」

「・・つれねえなぁ」

 その時、扉を開きワルフが入ってきた。

「お待たせしました、勇者殿」

「僕も今、来たところです」

「ワルフ、ウィスキーでいいか?」

「頼む、ベルグ。勇者殿、なかなか興味深い話を聞くことができました」

「本当ですか!」

「教会学会の方は、口が固くて収穫無しですが、隣接する学会大学の方で。学生さんから話を聞けました」

「ワルフ、その学生さんって、女だな?」

「そんなこと、どうでもよいだろう」

「で、ワルフさん。お話とは?」

「ええ。ルーラント文字を研究課題にしている学生に、話が聞けまして。彼女は一年前から、アルシア近隣のルーラント文字を採集していたそうです」

「ほら!やっぱり女だっ!」

「ベルグ、黙れ。・・その学生が言うには、三ヶ月程前から、ルーラント文字に異変が生じ始めたそうです。最初は文字の周辺に、淡い染みのようなものが見えた。気の所為かと思ったが、だんだん濃くなっていき、一月ひとつき程前から翳がはっきりと見えるようになった。遂にはここ数日、翳が形を持ち始めた。・・怖くなって、誰かに相談しようと思っていたところだと」

「三ヶ月前。・・僕がムサの洞窟で、要石に翳を認めたのと同じ時期だ。・・・」

「連絡先を教えてくれまして。翳のスケッチを何点か取ってあるそうです。借りて来ましょうか?」

「是非、頼みます!」

「ほらな。おっさんのくせして、妙にもてんだよな。学生さん相手に悪さすんなよ」

「ベルグ、表でるか?」

「お、怒るなって。・・呑み勝負?」

「断る。勇者殿、もう一つ。戦史を研究している院生の話なのですが」

「女、だな」

「偶々だ!偶々!・・俺はむしろ男子学生に声を掛けたんだ!しかし彼奴ら、目を逸らして通り過ぎるばかりなんだ!困って突っ立っていたら、幾人かの女学生さんが声を掛けてくれたんだよ!」

「だからそれっ!モテ自慢だろっ!」

「違うっ!」

「あの、ワルフさん。その院生のお話は?」

「あっ、・・そうでした。彼女、・・院生は、都城陥落戦を調べていて。特に数に注目して研究しているそうです。物資、軍船、員数、日数など。都城を包囲していた魔軍は、伝承では十万と云われていますが、実際のところは四万五千から四万六千。オシリス神殿戦の終結時は、魔軍は二万五千を割り込んでいたと云われていますが、これはかなり実数に近いと考えられるそうです。だとすると、オシリス神殿での戦いで、魔軍は二万程の軍兵を失ったことになります。この戦いは開始から終結まで、伝承では数日続いたなどと云われてますが、実際には長くても三時間弱になる計算だそうです。当時、魔軍には多数の魔導師がいたため、勇者側の魔法攻撃は不可能でした。

 三時間の白兵戦で、三十三名がその六百倍を倒すには、冒険者一人あたり、一分ごとに三人以上の軍兵を倒さねばならない。しかも三時間継続して、です。

 圧倒的に有利な追撃戦でも、魔法を使わなければ無茶な数です。ましてや、包囲されている側なのですから、まあ無理です。

 だとすると。魔軍の損失二万と戦闘時間三時間が正しい限り、勇者側の『三十三人』が誤りということになる。でもこれは『アルシアの三十三士』、一人一人名前が明らかになっているので、間違えない。

 ならば。と、考えるしかない。

 その理由が解らないし、そもそも勇者たちの名誉を損ないかねないので、この解釈は発表し難いと、院生は話しておりました」

「・・ジェドの門・・」

「え?」

 勇者はギルドマスターから聞いた話を二人に伝えた。

「・・我々の場合は『出現』でしたが、そのときは『失踪』だった、と」

 ワルフが呟くと、ベルグが酒瓶をあおってから身を乗り出した。


「今度は、俺の番だな。昔の傭兵仲間に会ってさ。勇者さんに直接聞かせようと思ったんだが、野郎、明日は早駆けだって帰りやがった。なんでも一月ひとつき前、ドルメンに雇われて北部に潜入したんだそうだ。知ってのとおり、捕らわれたり攫われたり、なかには望んで魔軍の軍属となってる人間は少なくない。そいつらからの情報収集の仕事だとさ。ずいぶん昔から、魔軍の『失踪』は結構あったらしいぜ。部隊ごと、ひどい時には村ごと消えちまうこともあったそうだ。魔軍の奴らは、人間の仕業だと思っていたらしい。それが最近、消えたと思ってた連中が、他の場所から現れるなんてことが続いたんだそうだ。連中、大騒ぎさ。消えたり現れたりした具体的な場所までは、あの野郎、聴き取り出来てねえ。でもよ、北部にもルーラント文字は沢山あるしな」

 ベルグはそこまで話すと、また酒瓶を美味そうに呷った。


 ワルフが指先でとんとんとテーブルを叩きながら、静かに言った。

「整理させて下さい。・・アルシアでは、ルーラント文字が彫られた場所で、以前から失踪事件が頻発している。失踪事件は、魔軍の北部でも発生していた。しかしその規模は、アルシアで確認されたものよりも、大きい。都城戦からオシリス神殿での戦い前後でも、魔軍の大量失踪が生じていた可能性がある。

アルシアで最後に確認された失踪事件は、十カ月前。北部では最近、失踪していた者が出現するという現象が起こっている。

学生が、ルーラント文字の異変に気付いたのは三ヶ月前。勇者殿も同時期に、ムサの洞窟の要石でルーラント文字の異変に気付いた。

・・未確認事項も整理しましょう。アルシア以外でも、ルーラント文字と失踪は、関連しているのか。

人間側と魔軍側とで、失踪規模に顕著な差異は認められるか。

失踪していた者の出現は、北部以外でも発生しているか。

ルーラント文字の異変の始まりは、各地で異なるのか、それとも同じか。その時期は、三ヶ月前か、それより前か。

ルーラント文字の異変は、失踪、出現に関連するのか。

・・こんなところでしょうか」

「ワルフさん、完璧です。すぐにでも、ギルドに確認しなきゃ」

「おいおい、働き過ぎだって!ワルフも飲みながら、ゴチャゴチャそんな話がよくできんなあ!」

「多少のアルコールは、頭を活性化してくれる気がする。だがお前は少し、飲み過ぎだ」

「頭のために、呑んでんじゃねえよ!そこに酒があるから呑む。それだけだろうが!・・ところで勇者さんよ。従者さんとは、うまくいってんのか?」

「うっ・・・その話は、いいよ・・・」

「な、なんだよ!どう見たって、うまくいってんだろ?おいっ、どうしたんだよっ!」

 自分の言葉でテーブルに伏せてしまった勇者をみて、ベルグは慌てた。ワルフは手にしたグラスをぐっと呷ってから、言った。

「確かにベルグの言うとおり、働き過ぎかもしれませんね。今夜は、だらだらしますか。アストヘア様には、明朝ご報告すればよいでしょう」

「ワルフは相変わらず、姐さんには頭、上がんねえのな」

「なに?当たり前だろう!」

「へへ」

「何が言いたいっ!ベルグっ!」

「さーて、なんだろうね?」

「きっ、貴様っ!」

「おっと、表には出ねえぜ。酒場だからな、呑み勝負だよ」

「断るっ!」

「・・珈琲に少しだけ、ブランデーを貰おうかな・・」

 伏せながら、力ない声で酒精を求めた勇者の背中を、ベルグが嬉しそうに叩いた。

「そうこなくっちゃ!勇者さん!男同士、楽しく飲もうぜ!ここはめしも美味いんだっ!おーい姉さんっ!こっちこっち!注文、がんがんいくぜーっ!」


(つづく)

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