同類相憐れみ、抱きし心は
それは、建物に差す一本の光。
暗く淀んだ雲を貫き、その上の青空を露わにして――
再び、暗い雲が閉ざした。
「おー……」
以前のチェックポイントまで転移で戻っていた勇者一党は、それを遠目から眺めていた。
「ンだ、ありゃ……」
「魔族の術だろ」
「そりゃあそうだろ」
「分かってんなら聞くな、阿呆」
月明りによって青黒く、じめじめとした湿地。
そこに生えているのは魔族の瘴気にあてられ、歪曲した木。
木というより「炭」という方が似つかわしく、触れば埃が舞うように風に流されて一部が欠けてしまう。
そういった場所を、隊列を解かずに行軍する彼らだが……仲間の一人を残しているというのに、ゆったりとしたものだった。
「エレ……死んだかなぁ」
「知らん。死んでも、他の者を入れたらいい」
「
すっかり普段の調子に戻ったルートスは、モスカの腕を胸元へ押し当てるようにして抱いた。
むぎゅぅ、と弾力のある感触がするがモスカは全く意識をしていない様子で光の柱を見つめる。
「……でも、転移術式を使うのは間違いだったろ」
「え~? なんでぇ?」
「なんでってお前……」
効果範囲が狭い、転移の《ことば》。
エレの言葉に従い、まとまっていたから良かったものの……あの効果範囲では、ヴァンドすらも置いてけぼりを食らわせて転移をしていた可能性がある。
それを知っているというのに、何食わぬ顔でモスカの腕を抱き寄せたまま猫が主人にすり寄るように。
「だって、モスカさえ生きてたら何度でも挑戦可能じゃん。もちろん、ヴァンドも強いけど――」
「あぁ、いい。それ以上はいい」
「んふふ。つまり、そういうことよ。ね? モスカ~」
「あぁ。そうだな」
ルートスが言わんとすることはヴァンドにも想像がつく。
この一党の頭目はモスカだ。
エレやヴァンド、ルートスはただのパーティーメンバー。
一党構成員。
お付き人。
つまるところ、替えの利く、代替品だ。
勇者さえ生きていたら、国民は満足をする。
勇者一党が勝つ姿ではなく、勇者が痛快に魔族と魔王を蹴散らす姿を渇望してやまないのだ。
だから、転移の術式で一党の構成員が炙れていても、構わず発動をする。
ルートスは、そういった徹底した勇者を補助する役目を負っている。
かくいう、ヴァンドもエレも【盾】と【偵察】で勇者を補助する役目を負っているからとやかく言える立場ではない。
――だとしても。
「……もう言わねぇよ」
――このままだと、いつか綻ぶ気がするんだよなァ。
ポリポリと頭を掻き、ヴァンドは先行して館に向けて歩を進めた。
◆◇◆
天井の穴から差すのは、月明りで出来た光の柱。
埃やマナの残滓が照らされ、まるで小さな蛍が遊泳するように柱の中を交錯する。
「…………」
その限られた光源によって照らされる屋内は、もはや近代アートのような空間に様変わりをしていた。
机が途中で切れ、壁や天井から生えている。
調度品が地面から雑草のように生えており、
シャンデリアが床と天井で綺麗に、二分割されている。
さらには天井や床が《転地ノ唄》によって、ただの直方体だった空間を鍾乳洞のような波打つ空間に変えられていた。
質量をもったまま、形を強制に変えられた建物が原形を留めておける訳もない。
――やがて、館の倒壊が始まる。
本来ならば、魔族が《調和ノ唄》で姿形を元に戻して防ぐのだが、その魔族は今や塵になって消滅をして言っている最中。
その隣にエレもうつ伏せになって倒れているが……。
「――あー……っつ。はやく出ないとなぁ。でも、アイツが来るまではここで待機になんのか」
むくりと起きて、何事も無かったように天井に空いた穴から星空を眺める。
「……ふあぁぁ……」
自滅覚悟の唄でもエレに着けれた傷は極僅か。
その傷も慣れた手つきで包帯を巻かれ、すっかり見えなくなった。
「これで……よしっと」と立ったが、自分が持っていた短剣がもう使い物にならないことに気が付いて。「なんか、ないかな」
刃毀れならまだしも、魔族の頭蓋骨に差したことで全く見事に折れてしまった。
代替品の用意を! と、言ってもどうせ用意をしてくれない。
期待をするより、自分で探す方が賢い。
倒壊の音が近づく部屋を見て回ることにした。
こういう場所には隠されている装備があるのが決まりだ。
武器を使わないとしても、あれほど長い手を持っていたのだ。武器の一振りや二振り、見つかるだろう。
そうして探していたら、最奥の簡単な装飾がされた箱から刀身がか細くも鋭い、護身用のような短剣を見つけることが出来た。
「針……?」
魔族の指と同じかそれ以上の細さ。
短剣というより『レイピア』を小さくしたモノという方が正しいような気もする。
「……こんなんじゃ攻撃を受けれない」
取り回しが制限される武器は、扱いにくい。
ふむ、と柄を見てみると何かの文字が書かれている(魔族の言葉だろうか?)
「この武器は無しかな……」
何の気なしにブンッブンッと振ってみて――遠くの壁に向かって真っ白な斬撃が飛んでいった。
ビシィと壁に斬撃の形の穴が開いた。
「………へ?」
防御はできないが、斬撃を飛ばすことが出来る。
「なんだそれ、極端だな……。でも、使えそうだ」
二、三回、軽く扱いやすいことを確認すると、持ち帰ろうと腰帯に引っかけて探索の続きをしようとして――ある一角で目が留まった。
「……宝物かな」
この空間はランダムに、場所の入れ替えが行われていた。
だというのに模様も一致する場所がある。
その部分は天井も調度品も綺麗な状態で残っているのだ。
「――――――」
「……なにか」
その調度品の引き出しを開けて見ても、銀製のフォークやスプーンなど食器があるばかりで何もおかしな点はない。
魔族が守りたかった場所にしては、大事そうな物は無いように思える。
「――――」
だが、物ではない場合がある。
先程から息を潜めようとして、呼吸を必死に抑えている音がエレの耳に届いていた。
「……ねぇ。ここ、開けてもいい?」
「~~ッ!?」
「開けるね」
丁寧に固定をされいてた調度品を力づくで退けると、その奥は少し窪んでいて――
角が生えている少女が、怯えた表情で体を丸めて座っていた。
◆◇◆
全体的に白いその少女は、所々にマリーゴールドが入った髪をしていた。
一方で小さな角は黒いが、髪と同色のマリーゴールドが入っている。
瞳は蜜柑色で獣のように細く、
ぷるぷると恐怖に震えている口から見える八重歯は吸血鬼ほどではないが、人のそれよりも鋭い。
「……」
そんな少女の見た目からは、ある程度は丁重に育てられた様子が節々に伺える。
髪も乱雑に伸びている訳ではなく、
眉も肌も比較的、綺麗な状態だ。
手首には呪文のようなものが走り書きをされているが、それを除けば『キレイな状態で丁寧に保存をされている人形』のように思えた。
「……あの、魔族の子どもかな?」
魔族がいた空間の最奥の右角。
目立たない位置。
ここだけ崩壊が及んでいない。
(そういえば、この棚を気にかけている素振りがあったな)
少女は怯えるばかりで何も示さなかったが、魔族の行動を思い出して納得をした。
「ごめんね」
目の前に無防備に腰を下ろしたエレ。
その姿を見上げる蜜柑色の瞳は震えている。
「君のお母さん、殺しちゃった」
「…………」
「怒ってるよね。怖いよね」
「……ううン」
ある日、母を殺した殺人鬼が目の前に武器を持って座る。
自分の後ろは壁であり、逃げ道などない。
その状況で「怖くない」と言ってみせるその勇気たるや。
普通なら錯乱して、発狂をしてもおかしくない。
「怒ってないんだ。そっか、なら良かった」
声色を笑わしても武器に添えている手は動かさない。
反撃されても色白の首を刎ね飛ばせれるように……。
魔族の子どもということは、秩序の神の敵だ。
勇者一党に所属しているエレにとっては駆除すべき対象である。
本来なら、話しかけずに殺すのが本来のやり方なのだが。
「……そレ」
「違う違う。エレ。俺の名前はエレで――」
「そレ……きズ」
少女は先ほどの戦いでついていた足首の裂傷を細い指で指していた。
名前を言われたのかと思ったエレは恥ずかしそうに髪の毛を掻く。
「痛イ?」
「うん、痛いよ。ずきずき痛むなぁ」
「……」
「君のお母さん、強かったよ」
それは決して、勝者が敗者を慰めるような言葉や表情ではない。
死ぬような攻撃を何度放たれたか。
頑丈なエレでなかったらすぐに壊滅していただろう。
それほどまでに、賞賛に値すべき強さを持っていた。
「でも、俺の痛みなんて大したことないよ。……君と比べたらさ」
俯く少女に、エレは顔を覗かせる。
目が合うと、目じりを少し下げて口角を緩めた。
「大事な人が死んだ時が一番痛いから。君は、僕を殺そうとする権利がある」
どうする? と問いかけると、少女はびくりと体を震わす。
ややあって、したいことを決めた様子の少女は、おずおずとエレの首元に手を伸ばしてきた。
「――――」
それに対して顔色一つ変えず、また、跳ねのけようともせず。
無抵抗のまま座っていると、エレの傷だらけの首元に少女は、かぷっ、とかぶりついた。
「ちゅ、ぱっ……ス……ゥ」
何かを吸われる訳でもなく、与えられる訳でもない。
少女が少し離れて歯形が付かないのを確認するたびに、エレの首元と少女の歯には唾液の橋が架かる。
それを繰り返すと困ったように少女は見上げ、エレもどうしたものかと首を傾ける。
「ちなみに、何しようとしてるの?」
「ワタシ、おこってなイ。だかラ、あなたのきずをなおそうとしテ」
「あー……そっ、か。そういうこと」
「これしたラ、あの……ママは喜んでくれタ。元気になっタ。デモ……ウゥ」
「母さんのこと、好きだった?」
「……きらイ。だいきらイ。いたイ、ばっかりすル。
だかラ、だけド、おこられるのいやだっタ。
がんばってなおせるようになっタ」
もう一度首に手を回そうとした少女の手を、優しく掴んで膝の上に戻した。
何らかの治癒効果がある行い。
唄を用いる魔族で、あの魔族は壊した空間を元に戻す程の力を持っていた。その子どもであるならば、何らかの術を受け継いでいてもおかしくはない。
だが、エレの傷は治らなかった。
少女が困るのも、当然のことだ。
「俺はさ、他の人よりも治りにくいんだ。頑丈だからさ」
「どうやったら、なおル? ワタシ、おこってなイ。ありがとうっておもってル。だかラ……」
おろおろした様子の少女に、ふっと笑みを浮かべて。
「それは――」
言いかけると、館の廊下を歩く複数の足音と話し声が聞こえた。
「ごめん、もう、会話は終わりみたいだ」
そう言って、調度品を元の位置に戻そうとして。
「復讐したいなら、おいで。俺は、エレって言う名前だから」
「アレ?」
「エレ」
「エレ?」
「うん。エレ」
「エレ……」
「うん。じゃあね。お互いに、頑張ろうね」
ガチャンと元の位置に戻し、反対方向の扉まで小走りに走っていく。
エレの想像通り、やってきたのはモスカの一党。
チェックポイントから遅めの到着をしたようだ。
「遅かったな」
「魔族は」
「死んだ」
「殺したのか?」
「唄を用いて攻撃する魔族だった。だから、唄を放つ瞬間に口を閉ざして魔法を中断させて殺した」
「それだけか? 他に敵は」
視線で悟られぬように、モスカの方をむいたまま言い淀んだ。
魔族の子――亜人の存在を知れば、モスカは間違いなく武器を振りかざすだろう。
「――……いない。いたとしても、こんな有様だ。生きていられないだろう」
そのエレの言葉に、頭越しにねじれ曲がった空間内に目を走らせた。
その奇怪な光景を無言で見つめ……また、魔族の反応がないことを理解すると、視線をエレに戻した。
耳から血が滴り、この場所に来た時よりも傷が増えている。
巻いた包帯からはドロッとした赤い血液が滲んでいる。
「…………この一党には神官がいない。怪我は自分で治せ」
「あぁ」
龍の咆哮のような唄。
それから時間は経っているし、この空間の有様を見てもどれだけ戦闘が過酷だったかが伺える。
だというのに、この程度の怪我で済んでいる。
まったくもって、使い勝手のいい男だ。
エレの体の事情なぞ露知らず、そのまま勇者一党は館を出て行った。
◆◇◆
そして、誰もいなくなった空間で、ガタリと調度品を動かして、少女が顔を覗かせた。
ゴゴゴゴと倒壊の音。すぐにこの館から出なければ、倒壊に巻き込まれてしまうだろう。
しかし、少女は彼らが出て行った後の扉をほうと眺めて、自分の服をギュッと掴んだ。
「神官いなイ……ケガ、なおらなイ? エレ。ケガ、治らなイ……」
魔族の子として生まれてから、母親の回復要員としてこき使われていた。
理想を押し付けられ、何故できないのだ、と叱咤される。その繰り返しの日々だった。
そんな日常を壊してくれた。
解放してくれた。
あの、エレっていう只人が、一人で。
でも、そんな人の傷を治すことはできなかった。
「…………」
母親もいなくなった魔族の子に身寄りがあるわけもない。
他の魔族の所に行くことも、こんな森の深奥にあるのだから子ども一人では何日かかるか分からない。
だったら人里に降りることはどうだ。これは猶更ダメだ。
行く当てがない。けれど、エレの言葉が少女の胸の中で残留をし続けていた。
――復讐したいなら、おいで。俺は、エレって言う名前だから
怒ってない。
感謝をしている。
あの人の元にならいてもいいの?
こんな嫌われている自分でも?
「ワタシがキズをなおせたラ。いっしょにいていいノ?」
少女は倒壊する建物内で生きる意味を見つけたように、不器用に笑った。
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