第5話 波乱の再会 その1 ~鬼軍曹とハッピータウン~

 テスト一週間前となり各部活も活動禁止となったせいか、授業が終わるといつも以上に学校に残る生徒は少なくなっていた。というのも、都立琴吹高校はそこそこの進学校だったので、普段あまり勉強していなさそうな生徒でも、テスト期間となるとかなり本気を出して勉強に勤しむため多くの生徒が早々に下校していた。


 そんな中でも友人同士で勉強会をする生徒もいるが、わざわざ学校に残ってやらず、カフェやファミレス、ファストフード店などでコーヒー1杯やドリンクバーだけを注文し数時間粘るという高校生らしい勉強法を取り入れていた。

 

 そういった普段とは異なる状況下にあって、二郎は変わらず放課後の見回りを続けようと教室を出ようとしたとき、クラスで最も目立つ女子のグループに動きがあった。


「すみれ!忍!三佳!テスト勉強始めるよ!」


 学級委員長のエリカは3人の女子に声をかけて自分の席の周りに集めていた。


「わかった、今行くね」


「うん、これから1週間よろしく」


「OK、ちょっとウォーミングアップしてくるわ」


 すみれと忍は了解の返事をしたが、三佳からは意味不明な解答が返ってきた。


「こら、何言ってるの、ちょっとどこ行くの。待ちなさい、三佳!」


 エリカは意味の分からない行動を取る三佳を焦って引き留めた。


「いや~、勉強前にちょっと校庭を一周ぐっると回って体を温めておこうかと思ってね。マズかったかな」


 三佳はいつも部活の初めに行う準備運動だと言わんばかりに理由を説明した。


「あなたはアホなの、今から使うのは体じゃなくて頭なの。そんなに準備運動がしたいなら私が作ってきた学力を測るための練習問題があるから、それをたっぷりやらしてあげるわよ。あんたはまずそれを黙って終わらせなさい!」


 エリカは三佳をバカなことを言う子供を叱るように鞄に入ったファイルから手作りの練習問題を取り出し三佳の頭にポンと乗せた。


「了解しました。・・・お、鬼軍曹」


「誰が鬼軍曹だって、せめて先生と呼びなさい。今日から一週間、私が勉強教えるからには絶対に赤点なんか取らせないから。その代わり口答えせずにちゃんと勉強するのよ、分かった。三佳!」


「イエス、マム!」


 エリカの鬼の形相に怯んだ三佳は勢いで軍隊式の敬礼をしたが、当然エリカにしこたま怒られたのは言うまでもない。

 

「もうバカ三佳はほっておいて、すみれも忍も現状でどれくらい分かっているのかを調べるためにこの練習問題をやってみて。問題なく出来るなら15分くらいで終わるはず。多少手こずっても30分くらいあれば最後までいけるはずだから、分からないものは飛ばしながらやってみてよ」


 エリカは二人にも三佳にやらせている練習問題を渡し、3人の実力を測ることから勉強会をスタートさせた。

 

 二郎はそんなやり取りを脇目で見つつ、教室を出て校内の見回りを始めた。


(さすがにテスト前だけあって、生徒も帰るのが早いな。いつも以上に人が少ないな)


 そんなことを考えながら、歩いていると地学準備室から人の気配を感じた。


(先生か、いや、もしかしてあいつかな)


 二郎は軽くノックをして扉を開けた。すると、ある女子生徒が一人ぽつんと席に座り勉強をしてるようだった。


「ジロー、どうしたのデスカ。今日は皆早く帰ってマスヨ」


 語尾に少し変なイントネーションを掛けながら返事を返したのはイギリスから移住して10年ほど経ち日本語も問題なく操る、明るい綺麗なブロンドヘアーに細かいパーマのかかった瞳がサファイアブルーの笑顔がはじける2年4組のレベッカ・ファーガソンだった。


 彼女は写真部に所属しており、現状ほとんど使われていない地学準備室を写真部の部室として利用していた。二郎は1年の頃にレベッカと同じクラスで、あるきっかけで仲良くなっており、それ以来たまに部室でお茶を飲む程の仲になっていた。


「やっぱり、レベッカか。いいのか、今日から部活禁止で部室も使っちゃ駄目なんじゃないか」


 二郎は少し心配そうに話しかけた。


「ダイジョーブデス。先生に一人で集中して勉強するために使いタイデースとお願いしたら、許可してくれマシタ」


「そうなら、俺がどうこう言うのも変だし、まぁいいけどさ」


 二郎は「顧問の先生よ、本当に大丈夫なのか」と心でつぶやきながら、レベッカの言うことを聞き入れた。


「ジロー、ちょうど良かったです。英語教えてクダサイ。お茶入れますから、こっちに来て座ってクダサイ」


「全くしょうがないな、まだ日本の英語のテストは苦手なのか。せっかくだから煎餅でも付けてくれよ、レベッカ」


「もちろんデス、私の好きな歌舞伎揚げとハッピータウンがありますよ。どうぞ食べて下サイ」


 二郎は毎度の事だと慣れたようにレベッカに英語を教えることを受け入れた。


 この状況が変に思う人もいるかもしれないが、英語を母国語とした人が日本で英語のテストに苦労するというのはよくある話だ。日常生活という実践の中で英語を使う人にとっては授業だけでなくスラングのようなモノも身についていき、言葉が通じることが大切なため、日本の英語教育のように学問としてその使用法やルールを覚えることに重きを置いたテスト内容は非常に細かく面倒に感じる人もいる。日本人なら誰でも国語のテストが満点ではないのと同じ事だ。


 そして、なぜ二郎がレベッカに英語を教えているのかというと、二郎は英語においては学年1位の成績であり、1年の時に同じクラスのよしみで英語を教えていた事があったからだ。


 山田家では父の方針で将来必ず英語は必要になるという事で幼少期から英語の勉強をさせており、3才から中学卒業までの10年以上かけてみっちり英語教室に通っていた為、すでに英検準1級レベルで東大入試レベルの問題でも解けるくらいにはなっていた。


 また困っている人をほっておけない二郎の性格と何でもフランクにお願いできる性格のレベッカとは相性が良く、なんだかんだで仲良くなっており、クラスの替わった今でも変わらず英語の師弟関係を保っていた。


 二郎はこの日、校内の見回りをここまでにしてレベッカと勉強することに決めた。

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