第16話   異色

 竹内は子供の頃、虚弱体質ですぐに熱を出す子供だった。心配した親が5歳から空手を習わせてからは、みるみると体力がついて、小学校に上がる頃にはわんぱくで元気いっぱいの子供になった。竹内の家の近くには古條公園こじょうこうえんという名の大きな公園があった。周囲をぐるりとおほりに囲まれ、敷地内は猛獣のいない、こじんまりとした小さな動物園もあって、チンパンジーやペンギン、孔雀、アルパカ、タヌキなどの小動物がいた。桜、もみじ、いちょう、たくさんの木に鬱蒼うっそうと覆われ、春になれば桜が満開に咲き乱れ、秋になれば色とりどりの紅葉が楽しめる、地元の人にとってはかけがえのない憩いの場であった。

 竹内は毎日そこを自分の庭のように駆け回って遊んでいた。

 その公園にある小さな滝つぼのある場所で滝の水が落ちてくるのを見るのが大好きだった。深緑色のおほりは濁っていて、どのくらいの深さがあるのか見当もつかなかったが、その水底から今にも龍が飛び出してくる妄想をしてはワクワクした。

 

 当時は公園内に子供達の遊び場があり、ジャングルジムという鉄棒で形作られた遊具を地上に足をつかずに鬼から逃げ回る「ジャングル鬼」という遊びが流行っていた。鬼もそうでない子も地上に降り立つことはできず、鉄棒の上だけを移動しなければならない。鬼になると全方向に動けるようにジャングルジムのてっぺんに陣取って、好きな方向に捕獲攻撃を仕掛けるのだが、運動神経の発達した子供などは、その鉄棒ジャングルのてっぺんを、3cmほどの幅しかない細い鉄棒の足場を立ち上がって縦横無尽に走り回り、他の子を捕まえるというスリリングな遊びだった。竹内に至っては神経を疑いたくなるほど大胆に走り回るのみならず、捕獲攻撃をかけるのに、てっぺんをスタスタ走って移動してきたかと思うと、側面を下りる時は、足の甲や膝から宙づり状態になって、まるで巣に掛かった獲物に襲い掛かる蜘蛛のように、頭を下にして追いかけるのだった。並みの運動神経であれば、ジャングルジムに対して常に足が下で頭が上というポジショニングで下に下りる時も、ハシゴを下りる要領で足から先に下りていく。ところが竹内は虫か爬虫類のように、何の躊躇もなく頭を下にしてぶら下がり、自由になった上半身を振り子のように揺らして自由自在に捕獲した。運動神経がいいというより、何か野生動物を思わせる子供だった。ジャングル鬼では、竹内が余りにもあっという間に捕獲してしまうので他の同級生がコワがって、とうとう鬼をやらせてもらえなくなった。


 竹内は昔から少しだけ普通ではない胆の据わり方と言うのか、合理的と思えば、常識的に考えたら取らないだろう動きも普通に再現してみようとするところがあった。それで空手の道場でも、自分の思う「いい動き」を試してみては「それはルール違反だ」と叱られた。

 でも、ある時先生から「普通は攻撃を受ける時、恐怖や焦りからほとんどの人は反射的にに動いてしまって、相手の攻撃が読めずに自分の予想外の動きが来て、その攻撃をまともに受けてしまう。お前は相手が突いて来るのか蹴って来るのか、攻撃してくるのを見極めた上で動けるんだなあ、アクションにしたら一瞬の違いだけど、初動も含めての1秒か2秒、普通はその1秒2秒が待てないんだよ。それはお前の強みだな。」と言われた事がある。

 今のクライミングにも、その怖いもの知らずの野生動物のような躊躇のなさは遺憾いかんなく発揮されていて、するすると集中して登る様子は周囲を少なからずハラハラさせた。

「おいマコ、もちょっと慎重にやらんかよ」

 と先輩隊員が言うと「あ、はい、わかりました。練習だから色々試して置こうと思いました。」と言う。竹内にとっては本番でベストが尽くせるように「色々な失敗例を積み重ねて置く事」こそが、彼なりの「練習」という事らしかった。

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