第6話 そこまでやる男
(アレ?先生も実は寝起きなのかな?)
突然歯を磨き始めた千水を見て、竹内が呑気に考えていると
「お前の左肘は、まだ完全ではない。普通は整復すると同時に微調整もするのだ。
ただ、微調整するには、施術を受ける者が起きていてもらわないと反応が見えない。私は今からまず血圧と血流量を測り、お前の骨の位置を微調整して、その後もう一度、血圧と血流量の変化を見る。ただ、血流を見る時の私のやり方は普通とは違う。お前の血管に私の管歯(かんし)と呼ぶ特殊な歯を差し込んで血流の状況を見る。」
「は?・・・はあ・・・。」
全くピンと来ていない表情をしている竹内に構わず、
千水が軽く歯茎を上に引き上げるように口を開くと管歯が露(あらわ)になった。それは、よく映画で見る獣のような吸血鬼の牙とは異なり、一番歯茎に近い場所でも編み物の棒くらいの太さで先端は縫い針くらいの細身の歯だったが先端が鋭く尖っている事に変わりはなかった。
竹内は一瞬驚いて目を見開いたかと思うと、急にずいっと至近距離まで顔を寄せて下から覗き込むようにマジマジと千水の管歯を観察する。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
急に至近距離に顔を寄せて自分の牙を凝視している竹内を見ながら、千水も一瞬言葉に詰まる。今まで一度もこういう反応に出くわしたことがなかった。
「・・・へえ・・・すげえ・・・。」
竹内は小さな声で呟いたが、声には感嘆がこもっているようだった。心なしか頬も興奮して紅潮しているように見えた。
「先生は・・・吸血鬼なんですか?人外生物って事ですか?」
「私は死んでもいないし人外生物でもない。まあ、ある種の突然変異といったところだろうな。私の一族は先祖代々、皆同じ能力を持って生まれてきた。人体の血を読み、血の流れを整備する。そして血の恩恵も受ける事から吸血師と呼ばれている。ま、後は今晩の講義でもう少し詳しく説明しよう。では早速お前の肘の調整を始めるぞ。」
「あ、はい。お願いします。」
千水は、竹内の左腕を取ると消毒綿で手の甲を消毒し、いつもどおり静かに手の甲に嚙みついた。
竹内はその一連の動作を見逃すまいとガン見する。
じっと直視しているにも関わらず、千水の管歯が皮膚を突き破る痛みや痒みといった感覚は全く感じられなかった。しかしその牙状の歯が体内に挿入されてからは、その部位に爪楊枝でツンとつつかれているような突っ張りを僅かに感じた。千水は目を伏せてじっと血液の流れを読んでいるように見える。手の甲にわずかに千水の呼気を感じた。
やがて竹内の手から口を離すと何も言わずに、機材を搭載したキャスターワゴンを引き寄せるとワゴンの横に引っ掛けてある箱から、二本の棒を取り出した。
「今から骨の微調整をするのにコレを使う。」
千水はそう言って、二本の棒を右手の親指と人差し指、薬指と小指の二本ずつで器用に挟み、中指を棒の間に割り込ませ、棒と棒の間に隙間を確保した。
そして昨日電気鍼を施した、電流を流す機械の電源を入れ、電流量の調整ツマミを大きくひねると、自分の中指で少し距離を取った二本の棒を、おもむろに自分の左腕に押し付けた。
すると、千水の左腕は二本の電流棒に刺激され、普通はそこまで曲がらないだろうというくらい激しく、ぎゅううっと手首が内側に収縮屈折した。
流れる電流にはリズムがあるようで、数十秒流れては止まり、を繰り返すようで、その度に千水が棒の位置をわずかにずらして見せると、手首は内側に、外側に、自分では曲げない方向に収縮しては弛緩するのを繰り返した。
「こうして流れる電流がお前の骨の位置を適切な位置に戻してくれる。危ない事は何もない。身体から余計な力を抜いてリラックスしろ。」
千水は、手首が有り得ない屈折をするほどの電流が流れてもピクリともせず、表情一つ変えなかった。
竹内は今、千水が目の前で自分の身体を使って、わざわざ試して見せてくれているのだと理解した。
「はい!お願いします。」
千水は流す電流の量を一旦低く下げて二本の棒を竹内の肘の上下に当てた。竹内はピリピリとした微弱な振動を肘に感じた。
千水はもう片方の手で徐々に電流を強める。
自分の腕が、力を抜いても、ぎゅううううっと収縮硬直してしまい、自分の意思とは全く違う動き方をする。千水が細かく位置をずらす事で、自分の手首が勝手に前に曲がったり後ろに反ったり、これまで一度もそんな方向に曲げた事はないような向きに伸ばされるのを竹内は目を輝かせながら自分の腕を眺めた。
同時に、自分の骨が体内で何か大きな力に引っ張られてゴゴゴゴゴと振動しながら移動するのを感じていた。ビリビリとした電流を感じるだけで少しも痛みはなかった。
電流が終わると、再び千水が脈をとる。そして先ほどと同じように消毒綿で手の甲を拭き清め牙を立てた。竹内は相変わらず目をそらす事もせず、千水の歯が自分の皮膚に食い込むのを、じっと凝視した。先ほどと比べて血流が増え、血圧も正常なのを確かめると千水は竹内の手を離した。
もっとも、これほど僅かなズレなら山岳警備隊ほど鍛えていれば、筋肉に支えられて、そのうち自然に定位置に収まるはずで、現に竹内本人もさして不都合は感じていないようだった。普通の医者ならここまでの微調整を施す者も稀であったろう。
第一、コンマ数㎜のズレならレントゲンを見ても気づくのは難しかった。しかし千水はそこまでやる医者であった。自分の気づく不具合は可能な限り治癒を施す。それが医術に生きる千水一族の宗旨でもあった。
竹内は千水に礼を言い、ラボから出ると部屋に戻り、診察室で着せ替えられていたパジャマを脱いで隊服に着替えた。顔を洗って歯を磨いてそのまま食堂に向かう。この上ない空腹を感じていた。
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