吸血師Dr.千水の憂鬱 ~だから私は吸血鬼ではないと言っているだろう~
ハザカイユウ
第一章 山岳警備隊の普通じゃない日常風景
第1話 歯を磨く男
第一話 歯を磨く男
千水は洗面台横のフックに掛けてある、歯磨き前に脱いだばかりの白衣を再び着こみ、機械的に患者の手の甲を消毒綿でさっと拭くとリンゴでも丸かじりするように控えめに口を開けたか思うと、そこにおもむろに牙を突き立てた。
これが、ここト山県山岳警備隊
手の甲に牙を突き立てたまま、みるみる千水の眉間に皺が寄る。その傍らで自分の手に牙を突き立てられるのを見ていた
日常風景とは言え宮森にとっては、自分の身体に人が、しかもいい年をした男が牙を立ててかぶりついている光景は、正直何年経っても馴染めないモノだった。牙と言っても少しも痛くないし、ちゃんと白衣を身に着けた折り目正しい相手だから怖くもなかったが、どうも「しっくり」来なかった。
「・・・おい、何だこれは。血圧も血糖値も尿酸値もだいぶ高めだぞ。昨日の晩、寝しなに高カロリーなつまみで晩酌しただろう。アルコールもまだ体内にだいぶ残ってる。お前ももうそろそろ50なら、分解酵素の働きが弱まっている事をいい加減自覚しろ。こんな状態で山に出れば命取りだ。いくら非番の前日でも寝しなの晩酌は止めて酒は夕食と一緒に摂れ。これは命令だ。」
低くてドスの効いた声は空腹の宮森の腹にビンビン響いた。
千水は咥えていた宮森の腕を離し、そのまま両手で宮森の脈を取る。宮森の腕には縫い針で刺したかのような、よく見ないとわからない程の小さなくぼみが二つ残されているだけだった。千水は両手を使って相手の左右両方の脈を取りながら、まるでピアノでも弾くかのように両手首に這わせた人差し指、中指、薬指で脈を押さえたり離したりしながら何かを考えるように目を伏せて少し首を
「先生、ほんな事簡単にゆうけど~お、おわらっちゃ(俺たちは)他に何の楽しみもないもんね。そんなもん、毎日こんな命のやり取りしとるが、酒でも飲まんなぁ(飲まなければ)、やっとられんわいね。」
宮森は、母親に叱られた子供のように、ややバツが悪そうに照れ笑いする。50手前には見えないほど鍛え抜かれたいい肉づきの身体をしていた。
「ふん、馬鹿な。酒を飲むなとは言わない。飲み方を考えろと言ってるんだ。いくら運動量が多いからって、夜遅くにビールと肉缶を食う習慣は変える事だな。そんな事ばかりしているから酔っぱらって薄着のまま布団も被らずに寝てしまうんだろう。肝機能が低下気味だし身体の芯がだいぶ冷えているぞ。」
千水は宮森の手を離して立ち上がり洗面台の前に立つと、今度は水道水で念入りにうがいをする。
スラッとした長身に、スキのない立ち方。前髪長めのカジュアルな角刈りで、切れ長の涼しげな目。年の頃は30代後半から40代前半辺りに見えたが、肌は男性らしからぬ透き通るような白い肌をしていた。
「アレ?ばれとったぁ?さっすが先生やねえ!何でもお見通しやねか。布団被らんと寝てしもとる事までわかるもんけ? なん(いいや)、でも缶詰じゃないよ。最近、アマゾネスで『揚げホルモン全部位デラックス』っちゅうがと『ヤバ塩ホルモン』ちゅうが~あ、発見してしまってさ~ぁ。おわ(俺)ホルモン大っ好物やねか? も、嬉して8袋ずつのセット大人買いしたちゃ。近頃は~ぁ、ホルモン系のおやつも増えてきたからね~ぇ?いや~弱ったな~。コレやめたらもうホンマ何のご褒美もないねか~(ないじゃないか)」
「・・・いつまでその減らず口を抜かしているつもりだ。ホルモンは勤務中の昼飯で食え。その代わり食ったらその倍食物繊維を摂れ。そうすれば余裕で消費できる。貴重な非番だ。さっさと帰れ!」
もうお前に用はないとばかりに、手だけでしっしっと追い払う。
「へ~い。センセ、いつもありやとね~」と宮森が手を振って出ていこうとした途端に、診察室のドアがノックもなしに荒々しく開けられ、身体を割り込ませるように、ひと際ガタイのいい男が駆け込んできた。
「先生すまん、急患だ。」
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