この剣が魂を斬るまでの一分間~制約が厳しい天恵を授かったせいで底辺に甘んじていた俺はボスしか出ないダンジョンで成り上がる!~
黒うさぎ
第1話 底辺冒険者アレク
「はああああっ!」
俺は目の前にいる醜悪な姿を斬り伏せると、油断なく周囲へと注意を向ける。
(……残りは五体か)
小鬼型の魔物、ゴブリンの集団に囲まれてしばらく。
俺、冒険者のアレクは厳しい戦いを強いられていた。
数は力だ。
いくら最弱の魔物といわれているゴブリンであったとしても、囲まれて一斉に攻撃をされてしまえば、そのすべてを捌くのは厳しい。
身体には、すでに無数の傷が刻まれている。
致命傷となるものはないが、それでも流れ出る血は着実に俺の体力を奪っていた。
「くそったれ!」
鉄の味がする唾を地面に吐き捨てゴブリンを睨みつける。
集団とはいえ、所詮は魔物。
それも最弱のゴブリンだ。
統率などとれるはずもなく、だからこそそこに勝機があるはずだ。
相手の出方を窺うという知能がないのだろう。
先走って突っ込んできた一体が繰り出した、錆びた剣による力任せの斬り下ろしを冷静にいなすと、返す剣でその首を刎ねる。
宙を舞った頭部がごとりと地面に落ちると同時に、その肉体は無数の光の粒となって霧散した。
「あと四!」
声を張り上げ、限界の近い己の身体を鼓舞する。
ゾクッ
不意に襲った背筋を走る寒気に従い、前方へと飛び込むようにして転がる。
すると、先ほどまで俺がいた場所を、錆びた剣が斬り裂いた。
「危ねぇじゃねぇか!」
さっと起き上がると、油断なく剣を構える。
こんな時、役に立つ天恵があったら。
ふとそんな考えが、脳裏をよぎる。
「チッ、そうじゃねえだろ……」
俺は後ろ向きの思考を振り払い、現状を打破する方法を考える。
ゴブリンの数は確実に減っている。
消耗は激しいが、一体ずつ屠っていけば、あと四体くらいならどうにかなるはずだ。
「帰ったら浴びるほど飲んでやる!」
己に喝をいれたその時だった。
シュッ
「なっ!」
風切り音に気がついたときには、すでに手遅れだった。
「ぐうっ……」
右の大腿を、後ろから一本の矢が貫いた。
途端に、耐えがたい灼熱感が右脚を襲う。
男はさっと矢の飛来した方向を向き、そして目をむいた。
「ゴブリンアーチャーだと!?」
ゴブリンの上位種の一つであるゴブリンアーチャー。
上位種といっても所詮はゴブリンであり、存在を認識さえしていれば、射かけられたところでその矢を躱すことは容易い。
だが、こうして不意を突かれると、途端にその凶悪性が跳ね上がる。
『グギャギャギャギャ!』
「しまっ!」
ゴブリンアーチャーに気を取られ過ぎた。
いつの間にか接近していたゴブリンが、棍棒を横なぎに振るってくる。
「カハッ……」
乾いた息が肺から漏れる。
かろうじて剣の腹で防いだものの、矢に射抜かれた脚では満足に踏ん張ることもできず、俺の身体は勢いそのままにダンジョンの壁へと叩きつけられてしまった。
岩壁にもたれかかるようにして身体がずり落ちる。
早く立たなくては。
そう思うものの、酷使された肉体は男の意思に反してピクリともしない。
勝ちを確信したのだろう。
不快な笑い声をあげながら、ゴブリンたちが距離を詰めてくる。
(動け、動け、動け!こんなところで終わってたまるものか!)
どれほど魂が叫ぼうとも、その体は鉛のように重いまま動くことはない。
目の前に迫った、どす黒い魂の持ち主の醜悪な顔が歪んだ。
◇
「ガハハハッ!やっぱり、人の金で飲む酒はうめぇぜ!」
髭面の大男が、麦酒の入った木製のジョッキを叩きつけてテーブルを鳴らす。
響いた大きな音は、しかしながら店内の喧騒の中に紛れていった。
日が沈み、ダンジョンから帰還した冒険者たちは、安酒場に入り浸って日銭を落とすのが常だ。
俺もその例に漏れることはなく、いつものように馴染みの酒場へと足を運んでいた。
ただし、今日は自分のためではなく、人のために日銭を消費しているのだが。
「奢るとは言ったが、少しは遠慮しろよ。
俺があまり金を持っていないことくらい知ってるだろ」
「命の恩人なんだから、少しくらい豪快に振舞ってもバチは当たらねぇさ」
「どこが少しなんだよ……」
テーブルの上に所狭しと並んだ空のジョッキの数を見て、俺は嘆息した。
遠慮という言葉を知らない、この髭面の男の名はガリス。
冒険者は日々魔物との戦闘を行っているため、比較的筋肉質な者が多いが、ガリスの肉体はその中にいてさらに目立つ。
俺より頭一つ大きな背丈に、丸太のような四肢。
その筋骨隆々とした肉体で大剣を構える姿は、髭面の見た目も相まって、まるで鬼型の魔物、オーガのようである。
ガリスとは冒険者になってから知り合った仲だ。
このワーズのダンジョンを活動の場所としている二人は、酒場で顔をあわせることも多く、何度かテーブルを囲んでいるうちに親しくなった。
ガリスは見た目こそ厳ついが、情に厚く、酒の相方としては申し分のない男だ。
豪快にジョッキを空けるガリスだが、それも俺に余計な負い目を抱かさないようにするための配慮だろう。
酒が飲みたいから飲んでいるだけではない……はずだ。
今日、俺はゴブリンを前に死を覚悟していた。
そんな俺を助けたのがガリスだ。
自主練のためにダンジョンへと潜った帰りに、ゴブリンに囲まれている俺を見つけたのだという。
俺が苦戦を強いられていたゴブリンの群れを、ガリスはその剛腕で瞬く間に殲滅してしまった。
その戦闘を間近で見ていた感想は、圧巻の一言に尽きる。
冒険者としての格の違いを否応にも自覚せざるをえなかった。
ガリスはジョッキの中身を空けると、先ほどまでの快活な雰囲気をひそめて静に語りかけた。
「……なあ、アレク。やっぱり俺たちのパーティーに入らないか」
「誘ってくれるのは嬉しいが、俺が入ったらガリスたちに迷惑かけちまうからな」
ガリスの所属するパーティー<覇者の導>は、ワーズのダンジョンを中心に活動する冒険者パーティーの中でも随一の実力を誇る。
そんなパーティーに、ゴブリンにすら遅れをとるような俺が入ろうものなら、足手まといになることは考えるまでもない。
「誰も迷惑だなんて思やしねぇよ」
ガリスは良い奴だ。
冒険者として落ちこぼれである俺のことを、本気で心配してくれている。
その気遣いは素直に嬉しく思う。
<覇者の導>の面々は、ガリスと同様に気のいい奴ばかりだ。
ガリスの言う通り、俺がパーティーに入って足を引っ張ったとしても、迷惑だなんて誰も思わないのだろう。
だが、それに甘えるわけにはいかない。
「ありがとう、な。けど、これでも俺は冒険者だ。
お前たちの荷物になるくらいなら、冒険者なんて辞めてやる。
……それに、お前たちの世話になったら、こうして楽しく酒を飲めなくなるからな」
俺はガリスから視線を逸らすと、ジョッキを傾けた。
「アレク、お前……」
目を見開いたガリスは、口角をニィッと上げるとその厳つい顔を綻ばせた。
「よく言った!それでこそアレクだ!」
ガシガシと、俺の肩を叩く。
丸太のような腕から繰り出されるそれは、ガレスより一回り小さい俺の身体を大きく揺らした。
「やめろ、ガリス!痛いだろうが!」
「ガハハハッ!」
俺の制止も聞かずにひとしきり叩いたガリスは、満足したのか麦酒のお代わりを注文すると、再び俺と向き合った。
「我が友アレクに、耳寄りな情報を教えてやろう」
「耳寄りな情報?」
未だにジンジンする肩をさすりながら、胡散臭そうな目でガリスを見る。
「レイストの地に、新たなダンジョンが生まれたって話だ」
「レイストっていうと、ここから馬車で一月くらいのところか」
確かレイストは作物が育ちにくい土地で、周囲に大きな街もなかったはずだ。
そんな人気のない場所にできたダンジョンを、いったい誰が見つけたのだろうか。
「そのレイストにできたダンジョンなんだが、どうやら普通のダンジョンと構造が違うらしい」
「構造が違う?」
「なんでも、通常の迷宮構造のフロアが一切なく、各階層にはボス部屋だけがあるって話だ」
この世界にはダンジョンと呼ばれる、無数の魔物が跋扈する場所が存在する。
ダンジョンは幾重にもなる階層構造をとっており、各階層はそれぞれ迷宮部とボス部屋で構成されている。
迷宮部は入り組んだフロアの中を無数の魔物が徘徊している部分であり、ボス部屋は迷宮部の奥にある大部屋のことを指す。
ボス部屋は大扉で迷宮部と区切られており、中にはボスと呼ばれる強力な魔物が待ち構えているのだ。
ここワーズにあるダンジョンも、迷宮部とボス部屋からなるダンジョンである。
もっとも、俺は第一階層のボス部屋にすらたどり着いたことはないのだが。
「ボス部屋だけ?ボスを倒したら、すぐに次のボス部屋につながっているということか?」
「らしいぜ。俺も噂で聞いただけだから詳しいことは知らねぇが、ボス部屋しかないなら、お前の天恵も活かせるんじゃねぇか?」
「俺の天恵、か」
天恵。
それは誰しも産まれながらに天より授かる恩恵のことである。
天恵は、常人ではありえないような不思議な力を与えてくれる。
授かる天恵は一人につき一つのみであり、一般的にその天恵に沿った道を歩む者が多い。
例えばガリスが授かっている【戦士】という天恵は、武器を所持している際に筋力が増強するという効果がある。
そのため、【戦士】の天恵を授かった者は、武器を持つ職業である兵士や冒険者になることが多い。
「まあ、行くか行かないかはお前次第だが、お前も冒険者なんだろう?」
ガリスは試すような視線を俺に向けた。
ああ、そうだ。
深層にまで潜っているガリスたちに、いつも羨望と嫉妬の視線を向けていた。
いつか自分も、と挫けずにダンジョンに潜り続けているが、冒険者になって五年が経つ今でも、第一階層のボス部屋すら攻略できていないというのが現状だ。
自分の天恵がダンジョン向きではないということは理解していた。
だがそれでも、あきらめることはできなかった。
もっと強くなりたかった。
先の景色を見てみたかった。
この胸の内でたぎる、熱い気持ちを抑えることなんてできなかった。
だって、冒険者なのだから。
俺は残りの麦酒を一気に飲み干すと、ジョッキを勢いよく叩きつけた。
「決めた!俺はレイストに行く。今日は旅立ちの前祝いだ」
俺は先ほどのお返しとばかりに、ガリスの肩をバンッと叩いた。
「どうしたガリス、手が止まっているぞ。もっと飲んで、盛大に祝ってくれ!」
「おうとも!アレクの輝かしい未来に乾杯!」
男たちのにぎやかな声は、冒険者の街に溶けていった。
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