4章 誕生[10]

「・・・『キレイ、あたしったらなんでこんなにも美しいのかしら』」

「自らの姿に見惚れている所を悪いんだけど、こちらを向いてくれるかしら」

口裂け女は声を掛けてきた人物に向かって鋭利な眼差しで睨みつけた。

「あたし、今、忙しいんだから話しかけないでくれる」

「アラ~、怖い怖い。ねぇ、迷惑ついでに1つ教えて、私のこと覚えているかしら」

「・・・お前なんか知らない、もしあたしの邪魔になるんだったら排除してやるまで」

「記憶が共有されてないと後々面倒になってくるんだけど・・・まぁ、いいわ。唐突で悪いんだけど、お外で誰でもいいから殺してきてくれるかなぁ」

「このあたしが、何でそんな面倒くさいことやらなくっちゃならないのよ、まっぴらゴメンだわ」

「さっきから見ていて気づいたんだけど、あなたって美に対する拘りが人一倍強いみたいね。だけど鏡に映った姿に見とれていただけじゃそれ以上美しくはなれないのよ。均整の取れたボディーに磨きを掛け,美しさをより引き立たせるためには人を殺して得られる刺激的な興奮と噴き出させた返り血を浴びることで得られる潤いが美容液にも勝るとも劣らない効果が得られるわ」

「ホントかしら、何だかいいように言いくるめられてる気がするんだけど」

「本当かどうかは1度やってみたら分かることよ。あなたも女性ならもっと美しくなりたいでしょう」

「もちろんよ、あたしにとっては美こそが全てと言っても過言じゃないからね。だけど何でこのあたしにやらせようとするの」

「実はねぇ、ここ最近人を殺しても以前のような刺激的な興奮が得られなくなってしまったの。おそらく普通に殺しているだけじゃ新鮮みがなくなってきたんでしょうね。そこで純粋で汚れの知らない少女を私の命令だけに従う操り人形に仕立て上げて、その少女に人殺しを繰り返させて楽しむことにしたのよ」

「つまりは自分の手は汚さず、少女の身体を意のままに操って新たな興奮を得ようと、酷い女ねぇ」

「少女の苦悩する姿は一興なモノよ。そのためにはあなたの協力が必要なの、本能の赴くままに殺戮の限りを尽くしてちょうだい」

「少女の苦悩とあたしの行動がどう結びつくのか分からないけど、そんな酷いこと・・・あたしにできるかしら」

「できるわよ、だってあなたの身体には私と同じ残忍で冷酷な血が流れているんですもの。少し刺激してあげるだけで立派な殺人鬼に変貌しちゃうはず。それにあなたは他人を傷つけても罪悪感や自己嫌悪を覚えることなんてないんでしょう」

「ええ、他人がどうなろうと知ったこっちゃないわ。あたしはあたし自身のためだったらなんだってやっちゃう、そんな女よ」

「それを聞いて安心したわ。あなたの行動によって少女は間違いなく苦悩するはずだから思う存分やっちゃってちょうだい」

当初の目的である奈津子によるお散歩がいつの間にか口裂け女となった少女による殺人へと変えられてしまった。事態は佐伯奈津子の望んでもいない方向へと進もうとしていた。


「初めての狩り場としては・・・そうねぇ、数日前に傷害事件があった遊歩道なんてどうかしら。お散歩としてもいい距離だと思うんだけど」

「美味しそうな獲物がウヨウヨしている所だったらドコだって構わないわ」

「それについては安心しなさい。この所近隣で殺人事件が多発していると言うのに他人事か,無関心なだけなのか、こんな真夜中でも獲物に困ることがないわ。それじゃー、道順を説明しておくわね。まずはこの部屋の真横から続いている非常階段を降りて行きなさい、この階段は緊急時を除いては使用禁止になっているから人と遭遇することがないわ。そして1階に着いたら扉を出て、塀沿いに右手の方に向かって数m進んだ所に職員用の通用口があるからそこからなら出入りが容易に行えるわ。この病院には守衛がいないけど夜中と言えども職員の出入りがあるから気をつけて通ってちょうだい。外に出たら今度は左手の方に進み、そのまま真っ直ぐ進んでいると河川敷に辿り着くから川沿いに続く歩道を進みなさい。上流に向かって進んでいる右手に雑木林が見えてくるから最初の分かれ道で上へと続いている道を進んで行ったら目的地よ。少し複雑だけど分かったかしら」

「・・・」

口裂け女は笑みを浮かべると無言で頷いた。

「お利口さんねぇ、早速お出かけをと言いたい所だけど・・・アラアラ、マスクを忘れちゃダメでしょう!お口を披露するのは後のお楽しみに取っておかなくっちゃ」

通り魔は背後から口裂け女の口元をマスクで覆い隠すと側を離れて病室のドアを開けた。

「さぁ、行ってらっしゃい、私の可愛い口裂け女ちゃん」

「コツン・・・・・コツン・・・・・コツン・・・・・コツン・・・・・」

1歩ずつ,ゆっくり,確実に、1人の少女が口裂け女としての歩みをスタートさせていく。現代に現れた都市伝説は通り魔から少女に成り代わって外界へと解き放たれた。

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