第2章 通り魔③
「そんなにまで嫌がられるんだったら・・・いいわ、あなたに選ばせてあげる。一思いに殺して欲しいか,それとも口を広げられてでも生きたいか、2つに1つよ。さぁ、どちらかを選びなさい」
ベストな選択は何もされずに解放されることだが通り魔にその気はなく、例えどちらを選んでも不幸な現実が待ち受けているのは明らかであった。
「教えてください、頬を切り裂かれるだけで本当に助けてもらえるんですか」
「ええ、命だけは保証してあげるわ」
例え素直に切り裂かれたとしても通り魔が約束を守ってくれる保証など何もない。とは言え今の奈津子に選べる選択肢は1つしかなかった。
「わ、分かりました。私の・・・ほ、頬をき、切り裂かれてください」
「なんですって、もっと大きな声ではっきりと言ってくれるかしら」
「わ、私の頬を裂いて、あ、あ、あなたと同じような口にしてください」
奈津子は自らの意志で通り魔のような顔にして欲しいと願い出てしまった。
「うふふふふー、よく決意したわね。そうと決まれば気が変わらないうちにやってしまいましょうね」
「はい、お願いします」
奈津子にとってその選択が例え間違っていたとしても今はただ言う通りに従うよりほかなかった。
通り魔の手が奈津子の顎を掴み、顔を右に傾けると左の頬が真上に向いた。続けて上下の顎の接点から顎の関節に沿って指を動かし口元の口角部で指を止めた。
「たったこれだけよ、これだけ広げるのにどれだけの苦痛を与えられるかって想像しただけで凄く興奮するわ。さぁ、たっぷりと時間を掛けて身体だけでなく心の奥深くまで切り裂いてあげる」
「やっぱり止めてください。いや~、誰か助けて~」
これから起こりうる現実を突きつけられた奈津子はパニック寸前になって再び許しを請い叫んだ。
「静かにしなさいって言ってるでしょう、いいことこのまま逆らい続けるならあたし、あなたの顎の骨をコナゴナに砕いて耳まで広げちゃうけどそれでもいいの。そうなったらもう話をすることや物を食べること,マスクで隠すことすらできなくなってしまうわよ。だけどダイエットにはいいかしらねぇ」
「もう1つ教えてください、どうしてこんな酷いことを繰り返しているんですか」
奈津子に残された最後の希望は少しでも時間を稼ぎ、偶然誰かが通りかかることを願うしかなかった。
「・・・まぁいいわ、話してあげる。あたしって普段の淡々とした日常を過ごしていると新鮮味のない現実に飽々してきてストレスを溜め込んでしまうの。一般的には旅行や買い物,暴飲暴食などで発散するとは思うんだけど、あたしの場合は他人の人生なんかをグチャグチャにしてしまうのが1番効果的なのよ」
「そんな身勝手な・・・」
「他人にどう思われようと関係ない、あたしはあたしのやりたいことをあたしのやりたいようにやっているだけ。あなたもそのうちに分かるようになるわ、それがどんなに素晴らしいことか」
「・・・」
余りにも自分勝手な通り魔の考え方に言葉が出なかった。
「無駄話はここまでよ・・・そうだわ!またギャーギャー叫ばれたら鬱陶しいわねぇ、なんか詰め物でもしておきましょうか」
周囲を見回すと奈津子の手荷物に手頃な大きさの大根が入っていた。先端に向かうに従って細くなっていく大根は詰め物として打って付けの代物であった。
「大根を丸かぶりする要領でお口をあーーーーーんと大きく開けてくれるかしら」
通り魔は大根を手に取ると先端部分を奈津子の口元に近づけた。
「・・・『こんなモノを押し込まれるなんて嫌よ』」
奈津子は口を開けることに躊躇した。
「強情ねぇ・・・いいわ、自分から開けたくなるまで待ってあげるとしましょうか」
通り魔は言葉とは裏腹にただ優しく待っている訳ではなく、鼻呼吸ができないようにと奈津子の鼻を摘んだ。
「少しでも緩ませたら思いっきり押し込んであげるから」
水泳が得意な奈津子は1分程度の息止めなら余裕である。しかし生きている以上呼吸は必要不可欠、2分を超えると少しずつ口元の筋肉が緩みだして3分を超えるとついには我慢しきれずに口元の隙間を開けて口呼吸を始めた。通り魔はその瞬間を待っていたとばかりに奈津子の口をこじ開けると大根を一気にねじ込ませた。
「凄いわねぇ、頑張ったご褒美に喉の奥まで押し込んであげるわ」
涙目を浮かべる奈津子をよそに押し込まれた大根は咽頭を刺激して奈津子に反射嘔吐を繰り返させた。
「!?・!!・・・!!!『助けて,苦しい,死ぬ』」
「何ですって、もっと大きな声ではっきりと言ってくれるかしら」
何も話せず、口呼吸までもが困難な状況まで追い込まれた奈津子はもはや窒息する寸前であった。
「!!・・・!!!・・・!!!!『外して,死ぬ,死ぬ・・・』」
「ごめんなさい、大根が邪魔で何も話せなかったわね。あたしったらダメね、うっかりしてたわ」
奈津子の苦しむ姿に満足した通り魔はわざとらしい理由を述べると大根を口の手前まで戻した。続けて手頃な長さで大根を切り落とし、吐き出させないようにとハンカチで口元と後頭部を固く結んだ。奈津子の口は4cm程度に開かれ、自分では閉じることも話をすることもできない猿轡を嵌めた姿を曝し続けた。
「どう、反省してくれたかしら」
「・・・『反省しました、もう抵抗なんて一切しません』」
奈津子は許しを請うべく何度も何度も頷いた。
「素直になってくれた所でそろそろ可愛らしいお口とのお別れと行きますか、麻酔や痛み止めなんて用意してないからもの凄いと思うけど我慢してね」
通り魔は再び立ち上がると奈津子の頭が動かないようにハイヒールのシャンク(土踏まず部分)でこめかみを強く踏みつけた。顔面蒼白で全身を震わせ始めた奈津子をよそに通り魔は刃鎌の先端を始点の位置に押し当てた。
「今度こそ本当に始めるわよ」
通り魔が躊躇することなく刃鎌に力を込めると刃先が筋層まで一気に突き破り、それと同時に頬からは大量の血が噴き出した。
「ギャーーーッ!!!」
断末魔に近い悲鳴を上げ、今にも気絶しそうな奈津子にとっては永遠とも思える時間が流れてきた。
「あはははははは、いい声ねぇ、恨みが吹き飛んでいくわ。さぁ、もーっと泣き叫んであたしを楽しませてちょうだい」
そう言うと刃鎌は口角部に向かってゆっくりと進み出し、刃鎌の通り過ぎた後からは大きく広がった口元が姿を現し始めた。
「あわわわわわわわわっ」
「まぁこんな所かしら・・・さてと、あなたが眠ってしまう前に反対側も終わらせちゃいましょうね」
想像を絶する痛みに悶え苦しんでいる奈津子をよそに通り魔は裂けた口元に滅菌ガーゼを当てると今度は左の頬を真上に向けた。続けて頭を踏みつけ、左右差ができないようにと入念に位置を確認すると再び刃鎌に力を込めた。
「ギャーーーッ!!!」
再び悲鳴が上げると刃鎌は先程より慎重に進み出し、口角に到達する頃には痛みの限界を超えた奈津子は意識を失ってしまった。
「アラアラ、お楽しみはこれからだと言うのにやはり寝てしまったか・・・まだまだお子ちゃまでチュねぇ」
そう言うと通り魔は奈津子に嵌めていた拘束具を外して仰向けに寝かせた。
「う~ん、いい感じに仕上がったじゃない、それもこれからあなたに降りかかる不幸を色濃く示した素晴らしい出来栄えにね」
話し終えた通り魔は奈津子を放置したままでその場を後にするのであった。
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