ERROR:オートマタレポート
九ノ沢 久遠
Episode:1「Equation」
平衡暦5年。この世界は魔法が存在し、魔物が存在し、人間と人間が生み出した魔法ありきの文明が発達していた。
『平衡歴』とは、魔物と人間が争い続けた先に起こる、魔王軍との大規模な戦争が終息した結果、魔物と人間との間で均衡が発生した為、安直ながら分かりやすいだろう、と世界各地の偉い人は長い相談の末に年号をそう名付けたもの。
平衡歴が始まったのは、年数からわかる通り大規模な戦争が終息した五年前となる。
魔王が倒され、野に放たれたままの魔物は、魔物同士の繁殖と独自の文明で生きながらえ、今となっては人間側の総人口の四倍近くの数、世界に存在している――。
って人間を救った勇者がこの前メディアでそう言ってた。
平衡歴の始まったこの世界は平和そのもので、唯一穏やかじゃないものと言えば、人間が街の外に出れば魔物に襲われる程度の事だ。
戦争が終わったとはいえ、たったの五年じゃ復興など完璧に終わるはずもなく、せっせと技術者達が働く中、勇者に開拓されまくった世界で魔物も激化しない為、冒険者や魔王軍との闘いで生き残った者達の仕事は、せいぜいギルドから発行される適当なクエストくらいのもので、この先なに不自由なく生きて行くには、はっきり言ってこの稼ぎだけじゃ不可能に等しい。
冒険者とか魔王軍と戦った人達めっちゃ多いし……もはやクエストの取り合い状態。
俺もまた、その魔王軍と戦った精鋭部隊の一人だった為、戦いの知識以外があまりに乏しく、就職活動の結果も虚しいお祈りが続くだけだった。
「こちら、報酬の1800ゴラです」
「えっ? ちょちょちょっ、ちょっと待ってください」
「何か……ご不満でも?」
「ありまくりですね!? こちとら命張ってんですよ?!」
「そうですよね……軒並み弱くなったとは言え、魔物ですからねぇ……」
「でしょう? そしたらもう少し報酬を」
「すみませんが、私にその権限がないのですよ……」
「あー……そう……ですよね……はは……」
「戦う人達には厳しい世の中になりましたね……」
ギルド受付のお姉さん相手に報酬の値上げを交渉するなんて……五年前までの俺は想像してなかったな……。
あの時は、そこら辺のスライム一匹倒すだけでも500ゴラ貰えてたのに。
今はスライムの五百倍は強いギガントキメラ一匹倒してようやく700ゴラ……。
「やあ。こんなところでお姉さんをナンパしているのかい? 成瀬 ハヤト君」
「駆動先生いつから居たんだよ……あ、クエスト報酬ありがとうございます」
「はい、またお越しくださいね」
後ろから突然俺に話しかけた駆動先生に反応しつつ、ギルド受付のお姉さんから報酬を受け取る。ナンパじゃねぇし……。
それはさておき駆動先生は一体俺になんの用があるんだろう?
「成瀬君。突然君の後ろから声を掛けたのには訳があってね」
「いつものオートマタの動作チェック? それならわざわざ会いに来なくても」
言い切るより先に、イレギュラーである事を察した。
「察しがいいね。成瀬君」
「仕様の変更とか、新しい機能の追加とかそういうの?」
「うーん……大正解なんだけど一歩足りないんだなあ、これが」
「どゆこと?」
「実はね、ほぼ全ての設定においてバグだらけなんだ」
なにそれただの欠陥品じゃないか……。それを堂々と誇らしげに、ドヤ顔で、腕組みまでして、なんでそんなに誇れるんだ!? なにか訳でもあるのか? いやいや、いやいやいやいや。
「しかも、本来発現しないものが発現するおまけ付きさ」
「一体なんなんだ?」
「心だよ」
「……は?」
理解に時間がかかった。だって有り得ないからだ。機械にどうやって心なんか吹き込むんだ? 俺は専門家ではないから、そこんところよく分からないけど、人間が心と定義されたものを持つのは、そもそも脳みそがあって思考するからこそだと思うが……。
現時点で開発されている人型のオートマタは、人間からの指示がなければ立っていることすらままならないんだぞ? それがなんだって心を? ダメだ、頭の悪い俺には理解が到底及ばない。
「まあ、そういう反応になるよね。私もさすがに焦ったよ」
「プログラムした覚えは?」
「あるわけないだろう? 機械だよ?」
「ですよねー……で、俺はそのバグだらけのオートマタで何をすればいいんだ? まさかとは思うが、既に見つかったバグを再現するのか?」
「そうだよ。と言っても七つだけ見てくれればいいんだ。私の推測が正しければ……」
そこから先は何言ってるのか聞こえなかった。しかし、既に見つかったバグをなぜ再現する必要があるんだろうか。
心が発現した原因となにか関係が?
「あともう一つ、人型戦闘用オートマタに心という存在が善なのか、悪なのか、君に見極めて欲しい」
「随分と重たい任務だな。報酬は?」
「毎月400000ゴラ」
「やります」
「即答できる成瀬君は好きだぞ」
「色目を使うな。マッドサイエンティスト」
「そうと決まれば私の研究室へ爆速スピードダッシュだな」
「あんた体力ねぇだろ。無理すんな」
気になることが山ほどあるが、実物を見て触れてみないことには始まらない気がしたので、俺と駆動先生は、ギルドから約三十分程歩いた先にある研究室へ爆速スピードダッシュもとい、徒歩で向かった――。
「さ、あがりたまえ。成瀬助手よ」
「間違っちゃいないがその呼び方なんかやだ」
「そうかい。そりゃ残念。冗談はさておき本題に入ろうか」
こげ茶色の長い髪を人差し指でくるくるといじりながら、駆動先生は説明を始める。真面目な話をする時の癖だ。
「成瀬君、早速だけどこの子を見てほしいんだ」
駆動先生が『この子』と呼ぶソレは大きな布に包まれていた。座高だけで見ると……大体83cm程だろうか? それにしても、今まで見てきたソレとは布越しでもわかるレベルに質感が違った。なんというか、こう、外見から所々人間らしい膨らみのような……?
「まさか、オートマタと見せかけた死体を出すなんてオチじゃないよね……?」
「ハハッ。面白いことを言うね、成瀬君。さすがに私もそこまでマッドサイエンティストでは無いさ」
こんなタイミングで不敵に微笑む駆動先生はホンモノに見えて仕方がない。
「で、いつもと質感が違うけど本当にオートマタなのか?」
「よくぞ気付いた! 偉いぞ成瀬君」
「これまで何十体ものオートマタのバグ探してきたから、少しはわかる」
冷静に振舞ってはいるが……なんだ、この不気味さ……何が出てくるかワクワクするなんて言う気持ちは一切湧いてこず、ただ怖かった。本当は布越しに浮かぶシルエットを見ただけで寒気がした。鳥肌が立っていることは恐らく駆動先生も察している。布を捲るなり襲いかかってくるようなら……迷いなく叩く。
俺は、会得しているスキル"グラブカウンター"を発動してオートマタとの対面に備えた。
「目標、接近。警戒態勢を確認。固有数式コード展開、感情認識システム稼働」
「なぁんだい? 成瀬君。怖いのかい?」
「そりゃあ、こんな不気味なシルエット見せられたら怖いに決まってるでしょ」
駆動先生は布を捲り、オートマタは姿を現した。
そこに立っていたのは、一言で表すなら美しい女性そのもので、黒色の長髪で優しい目つきのお姉さん。胸は少々控えめだが手のひらに収まる丁度いいサイズで、俺の好みだ。
「……変態」
「えっ」
「成瀬君。うちの子にどんな妄想をしていたんだい? 教えてごらんよ」
そこじゃない……。そこじゃないだろ、気にするところは、そこじゃないだろどう考えても。
「いま、君は……なんて言ったんだ……?」
「変態、と言ったのです。それが何か?」
「本当に……心があるって言うのか……?」
「つくづく君の観点は私の心を昂らせてくれるよ……だからこそ君に託したかったんだけどね」
「託す、とはつまりこの方が私の?」
「そうだよ、名も無きオートマタちゃん」
「承知致しました。それでは契約をしましょう」
あまりにも人間であり過ぎる。パッと見ただけじゃオートマタだなんて到底思えない。サイボーグなんじゃないかとさえ思えてしまう。
そう言えば、起動する時に固有"数式"コードって言ってたか? 初めて聞く言葉だ……今まで駆動先生はそんなものを使っていなかったはずだけど……。
「名前を決めてくれ。成瀬君」
名前……名前か。俺こういうのセンス無いんだけどなあ……。
「マスターは悩んでいるみたいです」
「感情認識システムがとても敏感だね……君は……」
「そのシステムとやらで俺の考えまで読み取っているのか? 駆動先生」
「意図的につけたものでは無いんだけどねぇ……この子を作る時に使用した固有数式コードが予想外の機能になっちゃった感じ」
「バグでは?」
「そうとも言う」
そうとしか言わんだろ。とは言え、駆動先生自身も困惑しているんだろうな……意図しない機能が発現していること自体はこれまであったとは言え、ここまでバグまみれで感情と言うオマケ付きのオートマタなんて……誰が見ても普通驚く。
「本題から話が逸れつつあります。名前をください。マスター」
「ああ、ごめん……」
そうだなあ……名前か……。
「マイティ」
俺がそう呟くと、駆動先生とオートマタは首を傾げる。
やめろ、その反応は何かが心に刺さる気がする。人のネーミングセンスを笑う気か!?
「マイティ=エモート。君の名前だ」
……なんだよこの静寂は。コメディアンが盛大にスベったみたいな空気じゃないか……やめろってマジで……仕方ないじゃん!?
今まで子供なんて持ったことの無いぶっちぎりの独身だぞ俺は!? 頼む、頼むから笑わないでくれ、今笑われたら俺は今すぐここから出ていって自宅の枕を濡らすことになる。
「私、なんて言うのか分からないのですが、今とても泣いてしまいそうです」
「あーあ。成瀬くんいっけないんだー。女の子泣かせちゃだめなんだぞー?」
は? え? なんで? なんでそうなるの?
そんな酷かったかな、そんなに酷かったかな!? 俺のネーミングセンスそんなに壊滅的だったかなぁ!?
「違うんです」
「えっ?」
「こういう時、なんて言えばいいのか分からないんですけど、私、名前を貰えてとても……今……胸の辺りが暖かくなると言うか……この気持ちがわからないんです!!」
マイティはその場で泣き崩れてしまった。と言っても涙は出ていない。人間のように体内で血液を生成していないから、涙なんて出てくるわけが無い。
「マイティちゃん。いい名前を貰えて、よかったね。その気持ちはね、"嬉しい"って言うんだよ」
「うれ……しい? 私、今喜んでいるのですか? こんなにも泣いているのに」
「胸の当たりが暖かくなって気持ちが込み上げるのは、悲しいからそうなっているんじゃないんだよ。マイティちゃんは今、欲しかったものを貰えて喜んでいるんだ」
「私……嬉しい……。マスターに名前を貰って、その名前で呼ばれることが……嬉しいです……!」
――それから二時間ほどが経っただろうか。マイティが落ち着くまでに随分時間が経ったようにも思える。俺には名前のないオートマタの気持ち……って言い方にはかなり違和感があるが、その、気持ちについては全く分からないから、マイティが名前を貰えて嬉しいって気持ちで二時間も泣ける事に対する感情移入がうまくできなかった。
だけど、こんなに喜んでもらえたのなら、悪い気はしない。マイティにとって嬉しかったのなら、今はそれで良い。
「すみません。マスター。引き続き、マスター登録とマザー登録を行います」
マスター登録はそのままの意味だ。マザー登録と言うのは、オートマタが意図しない経緯でマスターを攻撃をしたり、人間を襲ったり、意図的な害を及ぼした時にシステムを強制シャットダウンできる権限を与えるというもの。滅多にこれが行われることは無いが、オートマタ社会がこれから発展していくのであればこれが無ければ何も安心などできないだろう。
「マスターを成瀬 ハヤト、マザーを駆動 サキ、コードを自動生成。登録を開始致します。指紋の読み取りを開始する為、マスター及びマザーは手を私の目の前にかざしてお待ちください」
感情はあってもここはやはり無機質な機械音声になってしまうんだな……。
こういう姿を見てしまうと、やっぱりこの子は機械なのだと再度思い知らされる。
一瞬でも人間だと錯覚してしまった自分も居たから、少し複雑な気持ちだ。
「登録が完了しま……しまた」
「言語システムのエラーか」
「固有数式コードだね。中身を見てみるよ」
駆動先生が常日頃持ち歩いている電子記録媒体の液晶画面には以下の文字列が表示されていた。
<∧system all auto ccc // pyp startok?>Y
<Epation @system all error>Y→NG
「上のモノが今回初めて実装した固有数式コード。何度やっても成功しなかったんだけど、頭にこのトゲみたいな記号を付けることで作動したんだよね。不思議」
「下の行は?」
「固有数式コードを制御するシステムだね。オールエラーってことは根本からバグが起きてるって事だねぇ……よく作動したな、このオートマタ」
なんであんたが驚くんだよ……。
「恐らくこの、間違えて打ち込んじゃった半角のハテナマークを消してやればいいとは思うんだけどね……」
「消したらなにか不都合でもあるのか?」
「今回は極めて珍しいイレギュラーだ。一旦不具合はスルーしてもっと色々確認したい」
「なるほど。一理ある。不具合を修正なんてして貴重な心というシステムが消えてしまったらせっかくの研究材料が台無しになっちゃうわけだ」
「私は本当に、成瀬くんを助手にしてよかったと思うよ……うんうん……このまま私の配下で働かないかい? 待遇は保証しないが」
「待遇を保証してくれたら考えるよ。先生」
そもそも助手になった覚えもないが。
駆動先生は俺と会話をしながら流れるようエラーコードの解析を始める。
「うん。解析した感じ、システム音声を発する時だけ言語システムのエラーを起こすみたいだけど、感情が働いているうちは日常会話でそのエラーは起きないみたい」
「ならまあ、大丈夫か」
「マスター。これからよろしくお願いします」
「マスターはやめてくれ。君が感情を持っているのなら、主従関係では無く、友達として接したい」
「それでは、なんとお呼びすればよろしいのでしょうか?」
「"成瀬"とか、"ハヤト"とか?」
「わかりました! それでは、"ハヤトさん"とお呼びします!」
「うん。ありがとう。マイティ」
「それじゃあ、ここからは君たちの冒険だ。成瀬くん、君にこの報告用記録媒体、スマートタブレットを渡しておくよ」
「いつものデバイスじゃないんだね」
「この子の容量はそのデバイスじゃ制御できないのだよ……」
「なるほど……固有数式コードとやらを多用しすぎたのが理由だったり?」
「ご名答……」
毎月400000ゴラの優良案件、俺はこの感情を持つ不思議なオートマタとの冒険を始める為、街で装備や回復道具を揃えに行き、その間にマイティ用の装備やアイテムは駆動先生に用意、調整してもらうこととした。
バグにまみれていると言う情報を先に把握している状態での検証はイレギュラー過ぎて、不安しかないのが本音だが、俺は見極める。
このオートマタに発現した感情というシステムが、いいものなのか悪いものなのか――。
百年後。
「オートマタは、敵。全てのオートマタを破壊し、この世界の秩序を守る。それが、あの魔王に敵う手段の一つだ。」
男は呟く。その世界は、オートマタが暴走を続ける世界へと変貌していた。
つづく。(かもしれない)
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