虎を追う者たち
雨の中青黒い髪の少女――アオヒツギは往来に立ち尽くしている。
「お前は掲示板やwikiの噂を真に受ける莫迦なのか?」
確かに私が彼女 (彼?)について知るところは己の見聞きした真実とも思える断片と、あやのからの情報を繋ぎ合わせたものであった。
「私は掲示板は見ない主義だしあんたについての情報はほとんど知らない、ほぼ自分で見出したことだけだ」
嘘はついていない。
アオヒツギの落ちたアライメントのどす黒い奔流は陽炎のように揺らめき、彼女自身を覆い尽くさんばかりに燃え盛っていた。
「………………」
あの冷たい灰色の眸が私の心臓を射抜かんばかりに見据えた。
そうして何か決意したようにそれを閉じると、彼女は話し始めた。
「お前を同じTiger chaserとして見込んで話がある」
「話? 何を話すのだ」
「お前は他の連中とは違う」
そして二の句を継いだ。
「話が通じる、そう感じた、そうでなければ持ち掛けてなどいない」
「分った、しかし何処で話す?」
「通常チャットモードで良いだろう、お前を招待する」
瞬時に二人の少女の姿は『がらくたの都』から消えうせた。
アオヒツギ:さてこれでゆっくりと話ができる。
jane_doe:何故私と話したいと?
アオヒツギ:話が通じると言っただろう、他にもあるけどな。
――単刀直入に訊こう、お前の求める「虎」とは何だ?
jane_doe:聞いてどうする? それはごく個人的なことに過ぎない。
アオヒツギ:お前の個人的事情に関心があると言ったら?
jane_doe:気色悪い男と思うだけだ、このゲームはネカマばかりだからな。
アオヒツギ:なるほど、男に詮索されたくないというわけか。
jane_doe:当然だろう。
アオヒツギ:ではぼくを特例としたまえ。して「虎」とは何だ?
――何者なんだ、この男……
強引すぎる話術に不自然さを感じたが、私はその「個人的こと」を喋る気にもなっていた。
あの灰色の眸に酔ったのだろうか?
jane_doe:「虎」は夢に見た現実の感触を持つ「虎」そのものだ、私はそれを描くことで仕留めようとしている。
何年たっても仕留め切れていないし、「虎」自体が夢に出ない事すら多い。
アオヒツギ:お前は……ぼくと、ぼくと同じだ。
jane_doe:同じ? どういうことだ。
銀鶏、お前は誰とも同じじゃない、この男の妄言を信じるな!
アオヒツギ:ぼくは描くことの叶わぬ、夢の「虎」を追い求めている。
jane_doe:………………!
私は頭を殴られたような衝撃を受けた。
アオヒツギは夢の「虎」を追い求めているそれが彼の運命?
まさか「話が通じる」の意味がこれであったとは……
アオヒツギ:だからお前に話を持ち掛けたんだ、似た匂いがすると、虎を追うものだと。
jane_doe:あんたも「虎」を追っていると……そんなことが? ちょっと待ってくれ、
その瞬間アオヒツギの虎と私の虎が次第に重なっていき、否、全ての虎は私たちの追い求めるたった一匹の「虎」であると確信した。
アオヒツギ:どうした押し黙って?
jane_doe:あんたの「虎」も私の「虎」も同一だと直感したのだ、追い求めている虎はその虎のイデアではないかと。
アオヒツギ:まさしく、その通りだ。やはりお前は話が通じる。そしてそれを追い求める者がもう一人いる。
jane_doe:john_doeか! あんた彼奴を見たのか
アオヒツギ:お前、wiki連中に目をつけられているな。あの、あやのという男はお前を監視しているぞ?
jane_doe:それは……諒解している事項だ、その上で行動を共にしている。
アオヒツギ:ふん、寛大なこって。
jane_doe:まだあやのは役に立つ、利用してるのはこちらだ。
アオヒツギ:それでjohn_doeだがあれは危険だ。
jane_doe:重々承知だ、あの男はアライメントがあんたみたいに下がり切っていないだけで、無意味な殺戮を繰り返している。
アオヒツギ:ゲームバランスを崩す程な、だからあいつに「虎」を屠らせてはいけない。
jane_doe:一つ聞きたい。
アオヒツギ:何だ?
jane_doe:D.D.T onlineの中に「虎」は一匹しか居ないのか?
アオヒツギは少し考えていたが重い口を開いたようだった。
アオヒツギ:そうだ……だからTiger chaser同志は相容れない、敵なんだ。
jane_doe:何故敵の筈の私と話を?
アオヒツギ:わからない、ただ……
jane_doe:ただ?
アオヒツギ:お前はぼくを混乱させる名人だな、もういい! 回線を切る!
host message:アオヒツギがログアウトしました。通常チャットを終了します。
『人間椅子』のPCの前に投げ出された銀鶏は呆然としていた。
一体何なんだ、あの男は……!?
この冬は終わらない。
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