第46話 人類対血天使
耳から鼻から、そして口から大量の血を吐き出して、倒れ込む兵士達。
搭乗員が死に、流星のよう戦闘機が地上に落ちる。
コントロールを無くした、戦闘ヘリは地上に激突し戦車は動きを止めた。
ケルブの声の波動は、兵士の脳を破壊してその場の全員を一瞬で殺した。
静かになった戦場で、儂は兵士達を食らう。
「すばらしい……この世界で……一番優れているのは……やはりおまえのようだ」
発声器官も人間のものでは無くなた儂は、ぎこちなく呟く。
ケルブは子供に乳を与えるように、儂が兵士を食らう姿を見ていた。
研究所の地下の深く、所長が少女セカンドの脳幹にあった生体チップから、造り出した異界の巨人。
数分間の微かな振動、突然、血の海に波が立ち始める。
ザバーン、儂である巨人の覚醒が始まった。その周りを揺らめく”魂を無くした”人の残骸。
目を開けた異界の巨人。壁にその手をかけ、血の海を登り始めた……。
異界の巨人その忌まわしい姿……それを見た人々。
地上に立った儂の姿を見た人々は本能が震えた。
研究所の一帯は閉鎖され、自衛隊により巨人は包囲された。
空自の戦闘機、F35ーEがホーミングミサイルを搭載して離陸を待つ。
地上からは陸自の92式戦車が、包囲網を狭めていた。
ギャアアアアー、儂が人間であった者が叫ぶ。
その言葉は既に異界の巨人のうめき声であった。人々は耳を塞いで震える身体と心を押さえた。
昆虫の羽根のように、濡れてクシャクシャな翅を少しずつ乾き、開き始める……空へ手を延ばす異界の巨人。
儂は世界へ飛び立つ。世界を蹂躙する為に。
・
・
・
ついに命令が下された。”巨人が飛び立つ前に消滅させろ”
初めての自衛隊の総攻撃は儂に向かって行われた。
空自のF35がスクランブルで発進した。
国内では初めて使用される、新型ホーミングミサイルが搭載されていた。
パイロットの目に巨人が写る。
体長は二十メール、赤い目をしており、皮膚は切れ、中から内包物がはみ出ている。悍ましい姿に、パイロットは恐怖を感じ始めた。
その時……攻撃命令が下された。
照準をロックオンし、ミサイルが発射される。
着弾……閃光と衝撃音が周りに響く。
硝煙の後、巨人は何事もなく存在していた。
ダメージを与えられない……。
陸自の戦車と戦闘車用も動員、新たにF35三機、F18を五機スクランブル。
自衛隊の全力の攻撃が巨人に開始された。
閃光、爆風が続く。
しかし、土埃が消えた後に、儂は立っていた。
翅は、半分以上広がっていた。
全ての弾薬を使い果たした部隊に、緊急回線が開かれた。
攻撃部隊隊長へ政府からの指示が伝えられた。
「はい……え? 半径十キロまで撤退ですか?……え! わかりました、急ぎます」
緊急回線を切った隊長が叫んだ。
「ここを放棄する! 急げ! トライデントが来る!」
・
・
・
千葉県の九十九里の沖二百キロ、米軍のオハイオ級原子力潜水艦が急速浮上してきた。
警報が潜水艦に響く。
トライデント潜水艦発射弾道ミサイル・ハッチが、静かに開き始めた。
ハッチが完全に開いて、一分後に一発の赤い印の戦術級ミサイル”トライデント”が発射された。
一気に成層圏に達したトライデントは、弾頭八発に分散して、巨人の真上に降り注いだ。
巨大な閃光が八回瞬いた直後、轟音ともにキノコ雲が立った。
閃光と爆風で全てが消失した……。
だが儂は……しかし巨人はその場に立っていた。
核の攻撃を受け、儂の身体から湯気のような黒い霧が空へ昇っていく……。
ふと、自衛隊の一人の将校が気付いた。
その両手を開いて、空から降ってくる、それを受け止めた
「これは……雪……黒い雪……」
・
・
・
米国、ロシア、中国と日本の安全外交の代表が、オンラインで会議をしている。
「我がアメリカ、ロシア、中国は危険生物の排除を希望する」
米国外務省長官が日本安全保障局局長へ伝えた。
「具体的にどうするつもりですか? また核でもお使いになりますか?」
日本の局長の核心をついた言葉に少し驚く三国の長官達。
「すでに、三国の原子力潜水艦と原子力空母が、日本海と太平洋に展開完了している
”日本の要請”があればいつでも作戦を開始できる」
日本安全保障局局長が言った。
「つまり、今一度あの巨人を核で攻撃すると? 初めて三国が力を合わせるわけですね。日本を焼くために……」
「解って欲しい。あの巨人は異常だ。世界に飛び立たせるわけにはいかない」
ロシア外務省長官が続けた。
「そうですか……ただ残念なお知らせがあります」
日本局長が資料を読み上げた。
「先日から降り始めた”黒い雪”ですが、強い放射能に汚染されています。こちらの機関の解析では、先程の米潜水艦の核攻撃の影響が、大きいとの事です」
「馬鹿な……そんな推測で攻撃は中止できん」
中国外務省長官が反対の意を唱えた。
「では……外に出てご覧ください、ご自分の目でね。世界中でこの”黒い雪”は観測されています」
机を強くたたいて、日本の局長が叫んだ。
「あの巨人は受けた毒を、強化し拡散する能力がある。もし再び核を使えば、世界を滅ぼすのは巨人ではなく、”人間である貴方”になるわけだ!」
静まる三国と日本のオンライン会議。
「事実を確認させてくれ」
日本局長が手を挙げて、了解をしめした。
映像会議がオフラインになった。
「局長我々に打つ手はあるのでしょうか?」
日本の側近の局員が局長に聞いた。
「……君はどちらがいい?」
「は? どちらとは」
「怪物に殺されると……人間に殺される……君はどちらがいい」
窓からはチラチラと見える”黒い雪”。人々には、救いは無かった。
・
・
・
「ファーストアタックは、戦闘機により行われる。高火力の実弾を使用するが、核は使えない。出来るだけ多く、巨人へ打ち込むように、弾数を多くしたい。整備搭載を検討して欲しい」
世界の国々から結成された史上初の”世界連合軍”
その航空幕僚の指示が、パイロット、整備士に行われていた。
「戦闘機の爆撃後、戦闘ヘリ及び戦車と陸戦部隊により包囲殲滅を開始。同じく戦略核の使用を禁止する」
陸軍幕僚が陸軍パイロット、陸戦部隊の兵士に指示を与えた。
「イージス艦よりミサイルによる援護射撃を行う。空母は最大効率で、戦闘機の離着陸を行えるようにスタンバイせよ」
海軍幕僚の最終指示が行われた。
戦闘機二千機、戦闘ヘリ千機、戦車五千台による巨人への攻撃が開始された。
低空を音速で突き進む二千機の戦闘機が、巨人の上空に達した。
各機がチーム毎に編隊を組み、巨人への爆撃を開始する。
同時に海上のイージス艦から、巡航ミサイルの援護が開始された。
三十分の空爆の後、陸戦部隊が移動を開始。
アパッチを中心にした戦闘ヘリも移動を開始。
儂への陸海空からの、二十万人の総攻撃が続く。
その時……
キィーーーーーーーーーーーーン
音にならない声が、二十万人に聞こえた。巨人が発した音。
パン、戦闘に参加していた、全員の鼓膜が破れた。
バシュ、続けて全員の脳が破裂した。
搭乗員が死に、流星のよう戦闘機が地上に落ちる。コントロールを無くした戦闘ヘリと戦車。地面に耳から血を流しながら倒れる兵士。
儂の出した声の波動は、二十万の兵士を一瞬で殺した。
「あの女が出来た事が儂にも出来た……さあ蹂躙だ」
静かになった戦場で、巨人が翅を広げ……そして空へ飛びあがった。
・
・
・
「危険です!巨人はこちらに向かっています」
警察と軍の制止の声に反対する、生物の保護団体の連合。
「なぜ巨人が危険だと、悪者だと決めつけるのだ! 友好的な知的生物かもしれないだろ?」
宗教団体の連合が叫ぶ。
「いや、巨人はこの腐った世界を浄化する為に、降臨された神だ!」
世界中から、巨人の保護を求める団体と、その圧倒的な力に畏まる宗教団体が、東京に集まっていた。
一瞬で世界連合軍を壊滅させた巨人は、東京へ向かっていた。
ここ、新しく建築された電波塔”新東京タワー”に。そしてそれは来た。
ガガーン、大きな音を響かせて、地上に降り立った巨人。
その恐怖を知っている警察と軍隊は凍りついた。
詳細を知らされていない人々は、巨人の傍へ集まる。保護団体と宗教の代表者二人が、巨人の傍に近づいた。
「……コホン。私たちはあなたを友好的に迎えます」
「ぜひ、神の御力で世界を変えてください」
二人の言葉を聞いて、巨人が顔を上げた。大喜びする人々。
代表二人も笑顔で、巨人へ握手を求めに近づく。
首を傾げていた巨人、そっと右手を差し伸べる。巨大な人差し指と、二人の代表が握手をした。
「感激です、あなたのような高度な知的生命とお会いできて」
「この日は歴史に残るでしょう……赤き瞳の神よ」
嬉々とする二人を、手で掴む巨人。急に力を込めた。
バキバキ、二人が砕ける音が聞こえた……
「え?」
耳を目を疑う人々。握った拳から流れる二人の血と肉。
それを美味しそうに飲み干す巨人。
「うぁああああああ」
集まった数千人がパニックになった。
巨人は逃げだした人々を掴んで砕き、足で踏みこんで潰す。
そして流れ出す血と肉を食らい始めた。巨人から逃げる人々。その方向と逆に歩く一人の赤い瞳の女。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます