第18話 紅い瞳のケルブ

 あたりが暗くなってきた。このゲームには時間経過が有る。

 朝、昼、夜と景色も変化し、夜には昼よりもっと凶暴なモンスターが出現する。


「仕方がない……谷の前にある小さな町で朝まで待つか」

 砂漠の谷の小さな町に入った。

 明日の谷越えの為に、必要なアイテムを道具屋に買いに行く。

「いらっしゃい」

 道具屋の娘が僕に声を掛ける。


 NPC、ゲームのプログラムで行動するゲーム固有キャラ。

 システムで設定された、物語用のお人形。

 誰にでも同じ動作と同じ言葉しか言わない。


「今日は、お買いもの? それとも、大事な物をお預かりかしら?」


 五年間、聞きなれたセリフを聞きながら“購入”のボタンを選択すると、再び声をかける道具屋の娘。


「それと……あたしのメールは見てくれたかな?」

「え?」


 そのセリフは、いつもの決まったものでなかった。

 道具屋の娘の生きている言葉にリアルの僕が驚く。


 パニック状態の僕に、道具屋の娘が「微笑む」モーションをした。

 道具屋の娘の姿は青い髪のツインテールで、その瞳は紅く変わっていた。


「もしかして……君がケルブ?」


 思わずPCの前で呟いた。その届くはず無い僕の言葉に、赤い瞳がディスプレイの中で頷く。


「そうよ、驚いた? ゲームの中ではいつも会っているのにね」

「……君はゲームのプログラムなのか? 最近のゲームは、こんな事まで出来るのか? それにしても少し迷惑だな」

「めいわく?」


「ああ、勝手にメールを送信したりフレンドリストを消したり……かなり迷惑だ」

「そう、迷惑……なんだ」


 やはりおかしい……今、少女と普通に会話が出来ている。

(そんな事はないはず、ゲームのNPCなら決まった反応するだけだろう?)


「君は何者なんだ? 本当にゲームが造りだしたNPCなのか?」

 少女は、紅い瞳を閉じて少し俯き加減で呟く。


「あたしは、自分が誰かなんて、もう分からないの」

「もう分からない?……君は僕とはいつも会っている、さっき、そう言ってたね」

「そうよ、私はいつもここにいたわ。この小さな谷や他の街の道具屋にね。ゲームの中であなたが道具屋に来たのは、これで3072回目よ」


 なにかスッキリしない。アスタルトの事が気になるし、スマホからゲームに現れた少女にも興味が尽きない。僕は少女とコミュニケーションを取り始めた。


 僕はゲームの中では、人とチャットで話す事は苦にはならない。

 だがゲームやネット以外に話す内容もない僕は、女の子に何を話してよいか、少女の可愛い姿に緊張もあり、うまく話せなかった。


(リアルでこんな可愛い子に、こんな話し方をしていたら、そくバイバイだな)


 少女は余り面白くない僕のまとまってない話を、微笑んで聞いてくれていた。

 僕が言葉に詰まった時には、それとなく言葉を付け加えたり、家族の事やゲームの事など、つい感情的に喋りすぎる時は微笑んで静かに頷いた。


 そのさりげない反応は、僕にとって好ましいものだった。

 ここまで好意的だった少女に、思い切ってアスタルトの事を聞いて見る。


「僕のフレンドが最近、ゲームにログインしない」

「フレンド? もしかしてアスタルトの事かな?」

「やっぱり、君に関係が有るのか……もしかして失踪とか……」

 少女は笑い出した。

「フフ、大丈夫よ。あたしは何もしていないわ」

「……本当に? 君のメールを転送した時から、連絡が取れない」

「ふーん、あたしのメールを送ったの……なら、確かめてみようかな」


「確かめる?」

「あ、もう朝になるわよ、そろそろ行かないと……」

 気がつくと結構長い時間、少女と話してしまったらしい。


 僕には短く感じられたが、少女の言葉で時間を確認してみると、もうゲームの中では夜が明けている。このゲームは、リアルの世界の1/12で時間が進む。

 一日は約二時間。少女と三十分以上話していたようだ。

 僕は、もう少し少女と話がしたかった。


「いいよ。眠くなったら適当にこの辺で落ちるから。今日は特に目的も無いしさ」

少女が、店の奥でゴソゴソと何かしている。

「なに? どうしたの……うぁあ、それは超レアな紅龍の鎧?」

 自分の瞳と同じ赤色のレアな鎧に着替えた、少女が僕の前に立った。


「さあ、行くわよ!」

 僕はキョトンとして少女を見る。

「何処へ?」


青いツインテールの髪、赤い大きな瞳。瞳と同じ色の鎧が合わさってかなり可愛い。

急に、ドキドキしてくる僕。


「どこへ行くの? 何をしに?」

 僕の問いに、少女は笑った。

「もちろん、冒険よ!」

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