ヴァーサスリアル -Versus REAL-

長月十伍

-VersusREAL/現実への対峙-

001;チュートリアル(牛飼七月)

 ぷわん


 環境音アンビエントのような電子音が囁き、手に握る白く細長い物体とそれを見る僕との狭間の空間に、〈骨(刀)〉という文字列が浮上ポップアップしました。


 拾い上げたその骨は、長さといい握る太さといい、ちょうど良く僕の手に馴染みました。

 欲張りを言えば、恐らく大腿骨だと思われるこの欠片に若しくはが備わっていれば良かったんですが、そうそう旨いことなんてありません。


 刀と銘打たれていたとしても、骨は骨なのですから。


 さて。

 武器を得たなら、今度は衣服が欲しくなります。

 何せ今の僕は裸一貫。どういうわけか泥を被りに被っているおかげでモザイクの要らない様相ではありますが、それでもモザイクより泥より、衣服で身を包んでいる方がいいに決まっています。


 だから僕は周囲を見渡しました。この仄暗さですから、自然と息を潜め、自分の立てる音にも敏感になります。


 沼地のようにも思えますが、垂れ流される工業排水の行き詰まりとも思えます。

 何しろ四方を暗闇が覆っていますから、広さも高さもよく分からないのです。闇に目が段々と慣れ始めても、ただ足元に広がる泥くらいしか見えないのです。


 頭上を覆うのは空かもしれませんし、そうじゃないのかもしれません。

 あの暗闇の奥は壁かもしれませんし、そうじゃないのかもしれません。


 振り返ると骸が積み重なって山となっていました。

 僕が拾った骨は彼らの中の誰かのものでしょうか。僕は静かに短く黙祷だけを捧げて、再び前を向きました。



◆]チュートリアルを始めます[◆



 突如その場に鳴り響いた中性的で無機質な声音に、僕は緊張性の身動ぎを禁じ得ませんでした。

 その声の主を探しますが近くにいるのか遠いのか、方角すら分かりません。

 ……もしかして。システムアナウンス、って、これのことですか?



◆]周囲を警戒しながら前進し、

  襲い来る敵を倒して

  あるいはうまくやり過ごして

  目標地点へと到達して下さい[◆



 神経が俄かにピリつきました。

 前方の暗がりに目を向ければ、泥の地面から影が湧き上がるのが見えます。

 影の形は人型で、その大きさはやはり人間大です。つまり僕と同じです。



◆]ここでのあなたの行動が

  この後のキャラクターメイキングの結果に大きく影響を与えます[◆



 成程。

 覚悟を唾と一緒に飲み込んで、僕はゆっくりと立ち上がりました。

 俄かに影達が僕を振り向きます。黒い靄の輪郭の中に、爛々と双眸を燃やして僕を睨み付けています。


 一人目の影の身体が伸び上がると同時に、僕目掛けて駆け出して来ました。

 黒い靄の輪郭の末端、人体で言うところの右手には僕同様の骨が握られています。


 振りかぶった影は膝ほどの高さを跳躍し、体重を載せたであろう渾身の振り下ろしを繰り出しました。


 ガキンッ


 それを横から振り合わせた骨でながら、僕は影の右側面へと運足します。

 影はやや前のめりになりましたから、太刀筋を合わせた骨を翻してその首元へと振り抜きました。


 電気信号――でしか構成されない身体はなんだかふわふわしているような気がします。

 実際の身体を動かしてきた経験値と、脳が送受信する信号の遣り取りに遅滞ラグがあるのでしょうか――それでもこのチュートリアルというのは、その摩擦を限りなくゼロに近づけるためのものだと聞いています。

 この電脳世界で実際に身体アバターを動かして、自分の動きのイメージと実際の動きがどうズレているのか、システム側でその誤差を修正するのです。


 だから僕が振るう〈骨(刀)〉の手応えも、幼い頃から慣れ親しんできた軍刀術のそれと次第に合致していきます。


「――っ!」


 軽く息を吐きながら振り抜いた先端が、影の側頭部を斜め下へと打ち抜きます。

 左方向から駆け寄ってきた影の鳩尾に振り抜いた骨を返して突き入れ、前傾になった頭を空いている左手で後ろから掴みます。

 僕自身は後方へと下がりながら掴んだ後頭部を引き倒し、振り上げた骨を両手で握って思い切り打ち込みました。

 前方へと倒れ込みながら後頭部に追撃を受けた影は言葉や呻きを上げることはありません。ただただ静かに、靄のようになって消えていくだけです。


 心地よい緊張が全身に漲っていました。これを人はと呼ぶのだと思います。

 目の前の事象が目まぐるしく変化していくのに、それをどこか俯瞰で捉えながら、冷静に対処できている自分に驚きます。

 やはり、軍刀術に慣れ親しんでいて良かったと、この時ばかりはそう思いました。


 そうして危う気なく三体の影を霧散させると、影が最期にいた場所に何かが浮かび上がってきました。……宝箱です。それも三つも。



◆]戦闘終了[◆



 また、あの無機質的な音声が鳴り響きました。僕はびくっとして辺りを見渡しましたが、どうやら新たな敵の出現は無さそうです。



◆]トレジャーボックスを開き、報酬を獲得してください。

  ただし報酬は三つのうち、いずれか一つしか獲得できません。

  ここでのあなたの選択が、

  この後のキャラクターメイキングの結果に大きな影響を与えます[◆



 何だかショックです。三つ全部は貰えないみたいです。


(これって……開けたらその時点で選択したことになるのかな?)


 僕は思いました。しかし考えたところで答えは親しい友人にはなってくれません。

 だから手近なひとつに手を伸ばし、留め金を外して箱の蓋を開きました。――中に入っているのは甲冑でした。


 ぷわん


 ……〈騎士ナイトの鎧(重装)〉と書いています。

 確かに箱は大きかったのですが、まさか兜から何から一式全て入っているとは思いませんでした。



◆]このトレジャーを獲得しますか?[◆



 成程、ここで選択ですね。しかし僕も馬鹿ではありません。開けてもまだ選択肢が残されているのなら、もう二つも開けるに決まっています。



 ぷわん ……〈剣士の外套サーコート(軽装)〉

 ぷわん ……〈術士の法衣メイジローブ(魔装)〉



◆]このトレジャーを獲得しますか?[◆



 この、重装・軽装・魔装の意味が少し分からないのですが、軍刀術を扱う僕は身軽な方がいいですし、だから甲冑はナシです。

 法衣ローブとやらももったりとしていて動きづらそうですし、吟味した結果外套サーコートを選びます。軍刀にも似合いそうですし。今、持ってないですけど。



◆]トレジャーを獲得しました[◆



 アナウンスが鳴り響くと、僕の身体が光に包まれ――いつの間にか、泥まみれだった僕は泥まみれじゃない綺麗な軍服に身を包み、踝丈の外套を羽織った姿になっていました。相変わらず、右手に握っているのは〈骨(刀)〉ですが。



◆]チュートリアルを続行します[◆

◆]目標地点まで到達してください[◆



 その、目標地点がどこかは判りませんが、きっと奥の方に薄らと見える白い輝きなのでしょう。いつの間に現れたのか知らないその光源へと目指して、一応周囲を確認しながら泥の上を歩きます。



◆]目標地点へ到達しました[◆

◆]チュートリアルを続行しますか?[◆



 え、これは……続けた方がいいのでしょうか?



◆]続行する場合、再び開始地点からやり直すことが出来ます[◆

◆]その場合これまでの記録は失われ、新たに行動が記録されます[◆



 うん? ……考えてみてもさっぱりです。

 とにかく僕にやり直したい気持ちはありませんから、終了する意思を以て首を振りました。



◆]チュートリアルを終了します[◆



 アナウンスと同時にこの空間全体に光が満ちたかと思えば、僕の意識も光量に比例して遠退いて行きます。

 暖かな春の木漏れ日の下にいるような微睡みが、僕の瞼を意思に反して押し下げていきます。


 この温みが身体に広がって滲むと同時に、僕は人恋しさを覚えました。


『ナーツキっ』


 瞼の裏に、妹の無邪気な笑顔が映し出されます。僕の内側に、とても心地よい波が生まれました。

 スクリーンノイズがザラザラと思い出をささくれ立たせ、僕は彼女がいた日々を走馬灯のように思い返していきます。

 でも、どうしてでしょうか――その記憶を巡る旅路の終わりは、いつだって彼女の泣きじゃくる顔です。

 薄汚れた顔で、大粒の涙をいくつも溢しながら、掠れた声で、僕を呼ぶのです。

 そして。


『死にたい』


 そう、彼女は言いました。


『守れなくてごめん』


 だから僕は、僕の手には、赤々と濡れた、一振りの――


『大好きだった』


 赤々と、赤と赤トに塗レた、濡れタ、一振リの、一振リノ、ヒト



◆]警告。

  現実に悪影響を及ぼす行動意思あり[◆

◆]プレイヤーロストの恐れがあります[◆

◆]直ちに真実の追窮を中断して下さい[◆

◆]あなたには真実を閲覧する

      権限が付与されていません[◆



 しン、じツ……っテ……? ぼクは……たダ……いモウとヲ…………



◆]強制ログアウト施行……[◆

◆]……強制ログアウト完了[◆

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