第46話 心残り
「ふっ――!」
『ぐあっ! 参った! こりゃ敵わないなぁオイ! 強ぇじゃねーか小僧!』
冒険者の振るう剣を躱しながら前進、踏み込みと同時に冒険者の胸に剣の先を突きつける。
『かーっかっかっ! 全滅じゃねーかオイ! こんだけの精鋭が勢揃いしてガキ相手に一本も取れねーとは情けねぇな! かっかっかっ!』
少し前に倒された冒険者の一人が野次を飛ばす。
最初の一人に勝負を挑まれてから……かれこれ何人目だろうか。
100までは数えていたけどその後は曖昧だ。
120か130か、それよりもっとか。
「ふぅ――全滅ってことはこれで最後でいいのかな?」
俺の周りを囲んでいる無数の半透明の人間たちの内、冒険者と思われる連中とは一通り当たったらしい。
もちろん
俺は基本的に普段は
支部長を彷彿とさせるような化け物だ。
『ああ。久しぶりに楽しい時間だった。お前は冒険者か?』
代表して返答をしたのは、やはりその化け物じみた強さを持つ男だった。
「今更隠しても仕方ないか……俺はアクシスの冒険者ギルドから派遣された冒険者のセレスト。依頼の内容は最近賑やかになったアクシス旧開拓地の調査です」
『アクシスに旧開拓地……か。お前はそのアクシスの街の生まれか? いったいあれから何年経っちまったんだ』
『アクシスだって!?』
『やはりギルドは諦めていなかったか! よかった。ここに居ない連中がどうなったかずっと気になってたんだ……』
俺の返答に化け物のように強い男が首を傾げ、周囲の半透明の人間たちはざわざわと騒ぎ出す。
『遊びは終わったの? アナタたちが満足したのなら良いけれど、それ以上そのニンゲンと一緒にいることはオススメしないわよ』
ざわめく人込みを掻き分けてクーニアが再び姿を現す。
半透明の人間たちはそれを察して口を閉ざす。
「クーニア。もしかしてなんて今更尋ねるのもどうかと思うけど、彼らはこの街で亡くなった人々かい?」
『そうね。そうかも? そうなのかしら? それでいいわね』
クーニアは自問自答するようにこてん、こてん、と左右に首を傾けてから曖昧な答えを口にする。
「さっきも言ったけれど、俺はアクシスの街の冒険者としてここに調査にやってきた。俺のように誰かがこの街に迷い込んだらきみたちはまた勝負を挑んで人を襲うのかい?」
『ワタシはいつも誰もいないときにしかみんなを呼び出さないわ。あなたのように姿を消せるおかしなニンゲンが来なければこんなことにはなっていないわよ』
ふむ。
ということは、クーニアが言うことを鵜呑みにするのならば脅威にはならないということになるけれど。
「この人たちを呼び出しているのはやはりきみなんだね?」
今のクーニアの言葉にはひとつ見逃せないものがある。
もしも仮にこの半透明の人たちのことを死霊だとするのなら、それを呼び出しているクーニアという存在の危険度は未知数だ。
あれだけの強者を大勢呼び出すことができるのだ、敵に回ることがあるようなら……。
『そうよ。ここに残った魔力の残滓。星に還りきれずに揺蕩う僅かな欠片、心の記憶。未練、悲しみ、想い、願い。その力がワタシを生み出した。この魔力の残滓たちが燃え尽きるまで歌い、踊るのがワタシの役目』
「魔力の残滓? 彼らはきみが呼び出した死霊じゃないのか?」
『死は肉体を土へと還し、心を星へと還す。けれどときどき、あまりにも悲しいコトがあったときとか――強すぎる想いの欠片が道に迷ってしまうことがあるわ。魔力は心。心は魔力。みんなはワタシが生み出した魔法。魔力が尽きればいずれ消えて星火に還るわ。けれど、あなたのような生者の肉体があれば魔力はあなたの心に居場所を見つけようとしてしまう。だから、みんなはあなたと遊びたかったのよ。あなたの思い出に残る為に』
「――そう、か」
きっと、俺が拠点を出ようとしたあの時にフィーが口にしたのはこのことだったのか。
魔法は確かに古代文字や魔法陣を通して想いを形に変える不思議な力だ。
俺は本格的に魔法を学んだわけではないけれど、心と魔力の繋がりという言葉は何故かすとんと腑に落ちた。
「それじゃあ、彼らはきみの操っている魔力が尽きたらこのままここで消えるのか?」
あの半透明の人たちが、旧開拓地で暮らしていた人々の想いの欠片から生み出されたのだということはもう疑う余地はないだろう。
『ええ。どれくらいの時間が必要かはわからないけれど。みんなはずいぶんと長く退屈をしていたようだから』
長く退屈、か。
アクシスの開拓を始めたのが約8年ほど前だと聞く。
彼らがその初めの年に亡くなったのなら……もう7年以上はここで彷徨っていたことになるのか。
「ねえ、クーニア。最後にひとつ頼みがあるのだけれど――」
『なにかしら? 手短にね。あなたにはなるべく早くここを離れて欲しいのよ』
――そして俺はクーニアにひとつの願いを伝えて、すぐさまアクシス旧開拓地を後にした。
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