第2話 剣と、女と、甘いもの。
江戸で浪士募集の呼びかけに応じて集まったおれたちが、京へ上ってきてまもなくのことだった。まだ新撰組は組織されておらず、おれたちは壬生浪士組――「みぶろ」と呼ばれてた。
それは、食いつめ浪人同様、おれたちの身なりがぼろぼろで、「身ぼろ」と馬鹿にされていたからだ。はるばる江戸から京へやってきて笑われただけじゃ割りが合わない。近藤さんも他の「みぶろ」の幹部も、一刻も早く手柄を挙げ、面目を新たにしたいと焦ってた。
当時のおれは平隊士で、ほうぼうへ巡察、聞き込みに回らされていた。土佐の武市半平太について聞いたのもこのときのことだ。当時は市中に天誅が横行し、毎晩、どこかでだれかが過激な攘夷を口実に、斬りつけられていた。
「みぶろ」の探索はふたり一組で市中を回った。いつも回る組は決まっていて、おれの相棒は西国なまりのある背の高い優男で、名を
「板野だ」
「土方です」
板野は無愛想な男だった。
もちろん、おれだって人のことは言えない。
おれは竹刀を振るしかしらない不調法者。板野はひまさえあれば貸本屋から本を借りてきて読んでいるような勉強家だった。ふたりともちょっと「みぶろ」の空気になじめないところが似てたな。お互いにいつもひとりだった。
「またひとりか」
顔を突き合わせるたびそう言うんだ。最初は「なんだこいつ」と思ったよ。でも、嫌じゃなかった。お互い似てたからな。
のっぽでやせぎすだが、意外なほど剣が遣えた。
隊の稽古でのことだ。いつもは稽古に顔を見せない板野が、なにを思ったのか防具をつけて稽古場に現れたことがあった。めざとく見つけた滝川某という若い隊士――神道無念流皆伝とかいう触れ込みだった――が、からかい半分に立ち会ったのだが、まばたきする間もなく叩き伏せられてしまった。
すさまじい技だった。竹刀の早さ、打ち込みの強さともに抜群で、腕に覚えのある連中が集まった「みぶろ」でも五本の指に入っていただろう。強い男と組めるというのは、生き延びる確率が上がるということだから、単純にうれしかったよ。
あと、板野は京の町を知っていた。
「土方いくぞ」
板野がいくというのは、たいていの場合、茶屋――甘味処だった。あそこの饅頭がうまいがだとか、どこの羊羹が甘いだとか、呆れるほどよく知っていた。
「板野さん、よく知ってますね」
「むかし、ちょっとな」
じぶんのことは語りたがらない男だったが、どうやらそれまでに京にいたことがあるらしい。ゆく先々で甘いものを腹に収めて帰る。おれも甘いものは嫌いじゃないから板野との市中巡察は楽しみだった。
「おれたち笑われてます」
「なぜ」
「甘いものが好きだなんて――おれや板野さんに似合わないから、じゃないですか」
「ふん」
「……」
「なにが可笑しい」
「いや、らしいなと思って」
ふたりしてくすくす笑っているのを、さらに気味悪がられたりした。
おれの無口は単に愛想がないだけだが、板野の無口は影をまとっていた。影とは、光があってこそさすものだ。やつはおれが持っていないなにかを持っていた、それがおれには眩しかったのかもしれない。
甘味処で食っているあいだだけは、饒舌になることがあった。
「女はいかん」
「やぶからぼうになんです」
みつのかかった串団子がうまい茶屋だった。少し離れた縁台に幾人かの町娘がいて笑いさざめていた。
「さっきから向の若い町娘がおまえを見ている」
「ああ」
「お前は男ぶりがいいからな。女には気を許すな」
「なにかあったんですか、女と」
「女が悪いわけじゃない。女と関わるといろいろ鈍くなる男がいかんというのだ」
「……むずかしくてわかんねえや」
あのとき、娘が見ていたのはおれじゃなくて、たしか板野の方だった。すっと背筋の伸びた優男で、役者のような顔つきだったからな。そりゃむかしはいろいろあったんだろうよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます