ブーゲンビリア
清水香流(しみずかおる)
第1話 未遂
目を開けると真っ白な天井があった。
ゆっくりと自分の顔を動かしてみれば、周りにはカーテンがゆらゆらしている。小さい棚と、上にはこれまた小さいテレビが一つあるだけだった。
(あぁ、ここは病院か…)
初めてのような、いやそうでないような景色に何となく察しはついた。
私は誰かを呼ぶ訳でもなく、ただぼーっとしていた。窓に目をやった。燃えるような赤い空が私の視界を埋め尽くした。
(生きて帰ってきてしまったのか…)
自分が何故ここにいるかは分かっていた。左腕がチクチクと痛む。
あれからどれくらい経ったのだろうか。そう長くはないはず。
私はただ死にたかっただけ。
あの人に会いたかっただけ。
生き延びてしまった自分が憎い。
何の変哲もない天井に視線を戻す。
本当ならば、ナースコールなり押すべきなのだろう。私は自分が生きていることを信じたくなかった。
そうして私は静かに目を閉じる。もう一度死ぬことが出来ればいいのに…。
次に目を開けた時、窓からの強い日差しで目を閉ざしそうになった。その時、
「…
女性の少しかすれた声が聞こえた。私もよく知る声だった。
「お母さん…」
私は母の顔をゆっくり見つめた。視線の先にはホッとしたように見える顔の母がいた。客観的に見える母は、娘を心配している良き母親だ。
母は医者と話すのだろうか病室を後にした。
私は知っている。周りが考えているような良き母親だったらどれほど良かったことか。どうせ血が繋がっていないのだから…と。こんな考えをしている私も所詮こんなものだ。唯一血が繋がっている父親のことでさえ、私は父が何を考えているのか分からない。今ここにいないことはどうせ仕事だろうと思うくらいだ。子供のことを考えているのか不思議になる瞬間が多々ある。仕事が大事なことは大いに分かる。しかし父の場合は仕事人間過ぎるのではないだろうか。
そうこうしているうちに母が病室に戻ってきた。
「あんた、このまま入院だってさ」
「そうですよね」
「本当にめんどくさいことしてくれたよね」
母は私にそう言う。やっぱり本当の母はこうなのだ。これが母の本音だろう。
そんなことはどうでもいいのだ。この母を私はもう母とは認識していない。
私の母は産んでくれた母一人だけ…なんて言えることが出来るのなら良かったのに。私に母親というものなんて存在しない。
幼い頃に産みの母は死んだ。顔なんてはっきり覚えていない。戸籍謄本を見たことがあるので、母の名前が「
「じゃあアタシ帰るから」
そう言って母は面倒くさそうな表情で私の前から消えた。
私はまた天井に視線を移す。ひたすらに無の時間が流れる。
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