同棲していた彼女に部屋を追い出されたけど、外国帰りの強気な妹さんの青春に付き合わされることになりました。

遥 かずら

第1話 突然の別れと運命の出会い

「留学の支度があるから、和希はお昼までに部屋を出ていくこと!」


 いきなり切り出された麗香からの言葉に、開いた口が塞がらない。

 突然のことで頭が混乱しているからだ。


「留学って、そんなの聞いてないけど……」

「だって言ってないから」


 何でも言い合える仲だと思っていたのに、どうして急に。


「え、いつからこんな――」

「夏休みになったら行くって決めてた。というか、高校卒業した辺りから考えてた」

「いきなりそんな……だって、同棲してるのに。部屋を出ろって言われても……」


 佐倉さくら麗香れいかと、この俺、松岸まつぎし和希かずきは幼い頃から知っている幼馴染という関係だ。中学高校も一緒でその頃から意識して付き合うようになって、そのまま今に至っている。


 麗香は付き合い始めの頃からスラリとした細身で、ぱっちりと丸い大きな黒目をした小顔女子だ。前髪ありのショートボブを基本としていて、優しい性格をしている。


 これまではお互いの家が近いこともあって、親ぐるみの付き合いが日常だった。親たちは俺と麗香が結婚すると信じて疑わなかったこともあり、前提とした同棲を認めた。


 高校を卒業した後、幸運にも同じ大学に入ったことで話は一気に進み、大学近くのマンションで同棲することになったばかり。


 同棲を始めて、これまで特に大きくケンカすることもなく夏を迎える――

 そのはずだったのに、それが何の相談も無くまさかの留学宣言。


「帰ればいいじゃん! 実家はそんな遠くないわけだし?」

「そ、それはそうだけど、じゃあ俺との関係はどうなるの? だって、前提の――」

「……んー、消滅ってことで! 留学行ったら遠距離になるわけだし、仕方ないよね」


 麗香と一緒に住んでいるマンションは、麗香の親が買ったものだ。


 つまり俺は婿という立場にあって、とやかく言う権利は無い。あくまで主導権は佐倉家にあり、その娘である麗香に出て行けと言われたらそれまでになる。


 生活必需品や家具なんかも、麗香の親が買い揃えてくれたもの。

 俺の身の回り品は、せいぜいスマホと着替えくらいだ。


 それは別としても、同棲を始めて一年も経たないうちに実家に帰れるはずが無い。こんな一方的に別れを告げられるなんて、きちんとした理由を聞かなければ。


「い、一応聞くけど、俺のことが嫌いになったから留学を……?」

「……嫌いじゃない。でも、好きでもない。どっちでもない感じ。付き合いが長かったってだけ」

「えぇ? そんなバカな」

「――とにかく、準備で忙しいからさっさと部屋から出てね!」


 優しい言い方をされたとはいえ、半ば強引に押し出されるようにして部屋から追い出されてしまった。こうなると廊下にいても仕方が無い。


 しかし実家に帰る考えには至らないし、帰ればその時点で全てバレてしまう。

 とりあえず興奮状態の麗香を落ち着かせる為にも、一人で駅前のファーストフードにでも行くことにする。


 夕方になって、部屋に戻ればきっと――




 俺と麗香が通う大学は、マンションから歩いて約十五分くらいの場所にある。

 最寄りの駅や路線のバス停も、徒歩十分圏内といったところでかなり便利な立地だ。


 繁華街も近いとはいえ、環境的には閑静な住宅街といったところ。

 結婚前提で決めた同棲ということもあって、一階がコンビニの便利なマンションを選んだ。


 こんな恵まれた環境下にあるのに、何でこんなことになったのか。

 いつもなら彼女と一緒に昼を食べている時間に、俺は一人で駅前をぶらついている。


 ファーストフードに長くいることもなく、適当に時間を潰しながら夕方になるのを待つしか無かった。

 そして夕日が沈み切る前に、マンションに戻ってみた。


 しかし――


「あ、あれっ!? 応答が無い……まさか、もう部屋にはいないなんてことは……」


 マンションはオートロックなので、中の人に開けてもらう必要がある。いつも一緒に行動していたこともあって、鍵は基本的に麗香に預けてあった。


 つまり、スペアキーを俺が持つ必要は無かったことを意味する。

 しかし今の状況を考えれば、スペアキーくらいは持っておくべきだった。


 まさか俺を追い出すなんて分かるわけもなく、いくら彼女の方が強いと言っても、帰る場所がいきなり無くなるなんて考えたことも無かったからだ。


「で、出ない……そんなバカな……!」


 追い出された上に部屋も入れなくなって、どこにも行くことが出来ないことを知った瞬間だった。一気に力が抜け、両手両膝を床についてうつむいた。


 玄関から何人かの住人が通り過ぎていく音だけが聞こえて来るものの、誰も声なんてかけて来るはずも無く、時間だけが過ぎて行く。


 もう諦めるしかない。

 そう思って重い頭を上げようとすると、何かが頭をつついていることに気付いた。


 感触からして指先のように思えるが、それなりの力で押されているせいか少しずつしか上げられない。仕方が無いのでそこから目線を上げて様子を見ようとすると、目の前にはブラックのミニスカートがあった。


「ふ、太ももっ……!?」


 思わず声に出してしまった。

 誰なのか分かる前に見えたのが、太ももが見えているミニスカートだから無理も無い。


グーテンモルゲンおはよう~? 起きた?」 

「へっ? え、えーと……ハロー?」

「うん、ハロー! 起きる? 起きるなら顔を上げる!」


 そう言うと、見知らぬ女の子は俺の反応を待った。訳が分からないまま、顔を上げることにした。


 不審者の顔を眺めて覚えるつもりだろうか。

 そう思っていたら、彼女は俺の顔をジッと見つめて静止している。


「……んんー? んー……」


 不審者を見るような目つきというよりは、何かに興味を持ったような感じで見つめている。その流れで、彼女は握手を求めて来た。


 意味は不明だが握手を返すことにした。あまり力は入っていないが、どうやら勢いよく俺を引っ張り上げてくれる――


 ――かと思いきや、手を握ったままでまたしても動きを止めた。

 何度も俺の顔を見つめて来るが、一体何だというのだろうか。


「うん、変わってない! きっとそうだ……そうに違いない!」


 どうやら確信に変わったようで、一人で何度も頷いて考え事を始めたようだ。

 彼女のミニスカートに最初に目が行ってしまったが、目元が誰かに似ている気がしないでもない。


 俺も負けじと彼女を見つめると、思わず見惚れてしまいそうになった。


 小柄そうに見える彼女は小悪魔なつり目をしていて、色が抜けたような真っ白い肌からは繊細そうな輝きがある。髪は腰まで届きそうな栗毛色のロングヘアで、手入れをするのが大変そう。


 さらに目を引くのが、黒いミニスカートを履いていることだ。キュートさの中にどこかクールで大人っぽい印象がある。


 それにちょっとしか聞けてないが、何とも甘く澄み通った高い声をしている。

 少なくとも麗香以外で、出会ったことが無いタイプの子だ。

 

 そんな感じで彼女のことを見つめていたら、彼女も俺のことを見つめていた。

 そして出て来た言葉が――


「カズキ?」 


 どうして俺の名前を知っているのだろうか。

 やはりどこかで見たことがあるような無いような、そんな気がする女の子だ。


「わたし、シュレーダー。独国ドイツから帰って来たばかり!」

「――え? シュ、シュレーダー?」

ヤーうん!」


 外国の女の子に知り合いなんていただろうか。

 黒い瞳だけで判断すれば、どう見ても日本の女の子のような……誰なんだこの子。

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