別れ

「これが、私の赤ちゃん…?」


血の混じったヌラヌラとした粘液に濡れた、しわくちゃの小さな猿のような生き物が胸の上に乗せられ、それが「にゃあ、にゃあ」と猫のような泣き声を上げているのだと好羽このはは悟った。


それをしげしげと眺めていた彼女だったが、突然、ポロポロと涙をこぼし始めた。


感動して泣いているのではない。情けなくて泣いているのだ。


ここまでずっと大変な思いをして胎の中で育てたのに、こんな思いをして産んだのに、どうしてもその赤ん坊を『愛おしい』と思えなかったからだ。実際に生まれてきて姿を見ればもしかしたらと淡い期待もしていたが、それも見事に打ち砕かれてしまった。


『やっぱり私は、<母親>にはなれないんだ……』


そう思って声を殺して泣いた。


それからは赤ん坊とは別々の部屋にされ、授乳の時には目隠しをした上で乳をやり、十日が過ぎた頃、授乳も「これで終わりよ」と告げられた。赤ん坊はこれから施設に入る為に連れて行かれるのだと言う。


それでもなお、好羽は赤ん坊と引き離されることを悲しいとも辛いとも思わなかった。それどころかやっとこれで解放されるとホッとしてしまった。


そんな自分がまた情けなくて涙が溢れてきたが、どうすることもできなかった。


湧いてこないのだ。<愛情>が。


「くそぅ…なんでだよ……!」


挨拶さえせずに赤ん坊と別れ、好羽は一人、ベッドにもぐって自己嫌悪に耐えたのだった。




翌日、検査の結果、体には異常がないということで、好羽も退院することとなった。それは、この洋館から去るということを意味していた。


「…もう、会うこともないでしょうね。私もこれで本来の仕事に戻るから…」


身支度を整えた好羽に、幸恵ゆきえが声を掛ける。


「でも、もう会わない方がいいんだろ? この場合…」


淋しそうに笑顔を浮かべた好羽はそう言って、自動車に乗り込んだ。


ここに来て三ヶ月とちょっと。その三ヶ月余りの時間は、彼女のそれまでの十数年よりもずっと濃密で満たされた時間だった。


それから数時間後、好羽は自宅近くの駅前の交番に現れたところを保護され、自宅へと帰ることになった。妊娠していたことは彼女と両親以外には彼女の元友人達しか気付いていなかった為、そんな事実はなかったことにされた。両親も誰も赤ん坊のことは訊こうともしなかった。わざわざそれを口に出して厄介なことに巻き込まれたくないという心理が働いたのだろう。


三ヶ月間も休んでいたことで出席日数が足りず留年が決まると、好羽は自ら退学を申し出た。家も出てアパートを借り(好羽の赤ん坊を引き取った組織が運営している保証人会社を利用して)、そしてアルバイトをしながら独力で勉強して高卒認定を取った。


『私は、自分で自分を育てて大人になる……』


大学に進むかどうかはまだ決めていないが、今もどこかで生きているであろう<我が子>に負けぬように、自分も生きていこうと思うのだった。


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