幸恵
しかし、白い洋館での暮らしは、実に当たり前の人間らしいそれだった。
毎日、顔を見て挨拶をしてもらえ、それでいて最初は気まずくて返事も返せなかった
温かい食事と温かい部屋と温かい気遣いがそこにはあった。
だから最初は少し調子に乗ってしまった。我儘に振る舞って横柄に接してしまった。外出を認めてもらえないことに噛み付いて、
「なんだよ! 少しくらいいいだろ!!」
と罵ってしまった。それでも、彼女についていたメイド、
その洋館には幸恵の他にも何人かがいるようだったが、彼女以外の者は殆ど好羽の前には姿を現そうとはしなかった。完全に裏方に徹しているのだろう。警備と思しきサングラスをかけた黒服の屈強な男達があちらこちらに立っているが、彼らはそれこそ一言も口をきこうとしなかった。
そういう異様な部分もありつつも、好羽が大人しくしている分には自分の家とは比べ物にならないくらいに居心地が良かった。
そんな風に暮らしている間にも彼女の胎内の命は順調に成長を続けていく。
「赤ちゃんはすごく元気ね。順調です」
検診は幸恵が行った。エコーの機械も手慣れた感じで扱い、胎児の様子を確かめる。
「元気なのはいいけど、腹ン中でポコポコ動いて気になって寝られねーんだけど…」
不満気に好羽が愚痴をこぼすと、幸恵は優しく微笑みながら、
「ごめんなさい。それについては我慢してもらうしかないですね。だけどあと二ヶ月くらいの辛抱ですよ」
「……」
彼女にそう言われると、好羽も口をつぐむしかなかった。この頃になると彼女の態度も少し柔らかくなり、反抗的に振る舞うことが減っていた。変に反抗的だったり横柄に振る舞っても<暖簾に腕押し糠に釘>な感じで受け流されてしまうので、そういう態度を取ること自体が面倒臭くなっていたのだ。
検診が終わって服を直しつつ、好羽は訊いた。
「なあ…私、おかしいのかな……こんだけお腹が大きくなってきて赤ちゃんが動いてるのに、ぜんぜん、可愛いとか思えないんだ……」
そうだった。好羽は事ここに至っても、母性の発露が見られなかったのである。
しかしそんな彼女に対しても幸恵は優しかった。
「そんなの人それぞれですよ。子供さえできれば女は誰でも母性に目覚めるなんてただの迷信です。母性自体がホルモン等の影響による脳の活動の変化でしかありません。例外っていうのは何にでもあるんです。同性愛とかトランスジェンダーもそうです。
子供を愛せない親というのも現実に存在するんです。私達は、そういう親と子の手助けをしたいからこういうことをしてるんです。子供を愛せない親に『子供を愛せ』と強要するだけが対処法ではありません」
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