第30話 俺が王子様だ!!

「ちょ、ちょっとキミ!? どうしたの急に!?」


 全く予想もしていなかった少女の行動に、俺はめちゃくちゃ動揺してしまう。だがそんなのお構いなしに、少女は更に抱きしめる力を強めて。


「ふふっ、離さないようにしてるのですよ。私の王子様がどこにも行かないように、ギューッってしているのですよー?」


「えっ、いや、あの、俺、汗とかかいてるから離れた方が……!」


「大丈夫ですよ。私、王子様なら体液まで愛せますから!」


「いやいやいやっ、なんてこと言ってるのキミは!!」


 とんでもないこと言ってるよこの子! 何、体液って!? すっごい変態チックな表現だなぁ!?


 というかここまで会話の主導権を、女の子側に握られるのは初めてかもしれない……いつもは俺が女の子にドン引かれる側の立場なのに。彼女は……俺以上の変態だと言うのか!?


「ちょ、ちょっと落ち着こう! キミは何か勘違いしていないか!?」


 俺は何とか少女から離れて、誤解を解こうとしたのだが……


「えっ? あなたが私を助けてくれたんですよね? もしかして違うんですか? まっ、まさか……さっきの話は全部嘘だったんですか?」


 少女は手を前にやって、急に怯えるように震えるのだった。


「えっ、いやいやそれは本当だよ! 俺が倒れていたキミを見つけて、ここまで運んだのは間違いないってば!」


 そしたら少女は安堵の表情を見せ、また懐いた子猫のように俺の傍へと近づいてくるのだった。


「ああーもう、びっくりしちゃったじゃないですか。紛らわしいこと言わないでくださいよ、王子様?」


「だからその『王子様』って……? そもそもキミは何者なんだ?」


「あっ、ごめんなさい王子様。私としたことが、自己紹介を忘れてました!」


 そして少女は手を後ろに組み、身体を前に出して、にっこり笑顔で。


「私は汐月真白しおつきましろって言います。王子様にならどんな呼び方でも嬉しいですけど……真白ちゃんって呼ばれたいかも、しれません……えへへ」


「お、おっけー真白ちゃん、だね? それで王子様って……?」


「王子様は王子様ですよ? まぁー私の思っていた王子様とは、少しだけ身長が足りていない気がしますが……そんなのは些細なことですよねっ」


 ……全然些細じゃないって。お気楽能天気で人生楽しそうって言われまくってる俺が、唯一抱えている深刻な悩みなんですけど。


「えっと……真白ちゃん。ちょっと俺……王子様、記憶が飛んだみたいで色々とあやふやみたいなんだ。だから良かったら最初から、キミのことや王子様について説明してくれないかな?」


 そしたら真白ちゃんは、まんざらでもなさそうな表情を見せて。


「ふふっ、全く、王子様はしょうがないですね。それなら私がちゃんと教えてあげますよ!」


 ……なるほど。少しだけ、この子との触れ合い方が分かったかもしれない。


 そして真白ちゃんはメルヘンというか恋してるような瞳から、パチパチっと瞬きして通常状態の瞳へと変化し、声のトーンをひとつ下げて話を始めた。少しだけ冷静な状態に戻ったのかもしれない。


「それでは私のことを説明しますが……実は私ですね。生まれつき病弱な体質で、外で運動とかは全く出来なかったんですよ」


「あっ、そうなんだ。大変だね」


「はい、今ではそこそこ治ってきた……って自分では勝手に思ってるんですけど。どうやらそんなこともなさそうですね」


 真白ちゃんは、少し寂しそうに目を伏せた。今日倒れてしまったことを気にしているのだろうか。


「あっ、話を戻しますね。だから私は小さい頃から、家に籠って本を読み漁っていたんです。特に気に入っていたのは、とある絵本でした」


「絵本?」


「はい。もう何百回、何千回も読んだので、表紙も中身も剥げて読めない箇所も多いんです。だからタイトルも忘れちゃいました」


「えっ、そんなに……!?」


「はい。でも中身は今でも暗唱できるほどに覚えています。とっても簡単に説明するとですね、とある王国の王子様が、囚われのお姫様を助けるっていうお話です」


 まぁ、ありがちっちゃありがちな話だけど……ああ、もしかして。


「……はい、そうです。私は囚われのお姫様と、外にも出れずに遊べない自分を重ねていたんですよ。きっといつか自分にも助けてくれる、連れ出してくれる素敵な王子様が現れるんじゃないかって……今も思っているんです」


「へぇー。そうだったんだ」


 その気持ちは分からなくもない……というかむしろ俺もそっち側の人間だったから、真白ちゃんはの思いは強く理解できるよ。


 俺もギャルゲーのヒロインに本気で恋をして『どうして彼女は現実にいないんだよ! こんな世界間違ってる! 俺の住む世界はここなんかじゃない!!』ってマジで思って、絶望に浸っていたもんなぁ……


「…………変、ですか?」


「えっ?」


「未だに絵本を信じて、王子様を待ち続けている私……おっ、おかしいですか? 痛い子って思ってませんか?」


 もしかして真白ちゃんは……怯えているのだろうか?


 ずっと自分が信じてきた物に。生きがいにしていた人に。やっと会えた、王子様らしき人から、自分を否定されるが怖いのだろうか。


「……」


 そりゃあ……怖いよな。


 もしあの当時の俺が、現実世界で理想のヒロインと出会って。それで自分を思いっ切り否定でもされたら多分…………これ以上は考えたくないな。


 それに真白ちゃんは、周りからそんなことを言われ続けたんだと思うんだ。じゃなきゃ『痛い子』なんて言葉が、夢見がちな真白ちゃんから出てくる訳がないもんな。


 だから俺は彼女の気持ちに応えてやるべきなんだが……果たして俺は本当に、彼女の王子様になれるのだろうか? 彼女の思う理想の王子に、完璧な王子を演じてやれるのだろうか……


「あっ、あのっ……お、王子様……?」


「……!!」


 真白ちゃんの泣きそうな表情を見て、俺はハッとした。


 そうだ、俺は女の子を悲しませるような、そんな男じゃないだろ……! 王子だろうと何だろうと、俺のこと好きでいてくれるのなら全力で愛を返す……それが俺、神谷修一じゃないかっ!!


「いいや、全然変じゃない! だって……だって、真白ちゃんを助けた王子様がは、ちゃんとここに存在しているんだからさ!」


 そう言って俺はビシッと自分を指さす。そしたら真白ちゃんの表情は、とびっきりの笑顔に変わっていて。


「んふふっ! やっと思い出してくれたんですか、私の王子様?」


 と、俺の身体に体重を預けるのだった。


 当然……悪い気はしなかった。

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