第21話 朱里ちゃんの友達

 朱里ちゃんは続けて言う。


「アイドルのあかりんが本当はこんな感じだって知って、幻滅しちゃった?」


「いやいや、別にそんなことはないよ。そもそも俺は君のファンというか……ただ、何となくで来ただけだしさ」


「あははーっ。修一は正直で面白いねー?」


 朱里ちゃんはまた、ゆるゆるーっとした笑顔を見せた。


 俺があかりんのファンではないということが、逆に彼女にとっては、安心できる要因になっているのかもしれないな。


「まぁ、こんな風に私のことを……あかりんのことをよく知らない人にしか、こんな素の自分は見せられないからねー」


「あぁ、やっぱりそうだったんだ。じゃあ、素の朱里ちゃんは誰にも見せないの?」


「うん、基本はそうだよー。こんなこと言うと自惚れてるって思われるかもしれないけど……この学園で私を知らない人は、ほとんどいないからさー」


「えっ、そんなに?」


「うん。だからライブが終わっても、中々アイドルのスイッチを切れないんだよねー」


「へぇー。そっかぁ、大変だ」


 俺は同情するようにコクコク頷く。そしたら朱里ちゃんはその反応が嬉しかったのか、アイドル生活の様子を更に詳しく、俺に語ってくれたんだ。


「私だって一応学生だから、授業にだって出るし、ゲームもプレイするし、カフェとかにも行ったりするんだけど……そういった時に、よく話しかけられるんだよ。『アイドルのあかりんですよね』って」


「有名人あるあるだね」


「うん。もちろん話しかけてくれるのは、とっても嬉しいことだけどさ。それにしても回数は多くてね。結構無茶なお願いをしてくる人もいて……まぁ、疲れちゃうんだよ」


「そうだったんだ。でもそれは無視したり、断ったりしてもいいんじゃないの?」


 俺がそう言うと、朱里ちゃんは少しだけ目を伏せて……悲しげな表情を見せた。


「それは出来ないよ。この学園は好感度が、ポイントがとっても大切だし。もし私が雑な対応をして悪評が広まっちゃえば、ライブに来てくれるファンも少なくなるかもしれないんだよ」


「うーん。そうかなぁ……?」


 今日だって沢山ファンがいたし、あれから少しくらい減っても大丈夫だと思うんだけど……もしかして地道なファンサービスで、お客さんを増やしていったのかな?


 だったら俺のアドバイスは、完全に的外れなものになるよな。これは余計なことを言っちゃったかもしれない。


「そうだよ。だから私のことを知っている人に会ったら、アイドルのあかりんとして対応するんだけど……本当に限界になって、疲れちゃった時は、こんな風に誰にも見られない場所で、1人でボーーッとするんだ」


「ああ、だからこの場所も丸一日借りていたんだね?」


 そういえばそのことも気にはなっていた。どうしてライブの時間だけじゃなく、一日中借りていたのか……それには、そんな深い理由があったんだね。


「うん。まぁ今日はライブの片付けの人が、もう少しで来るから、ずっとボーッとするワケにはいかないけどねー?」


「そっかー……って。もしかして……」


 そしてここまで朱里ちゃんの話を聞いた俺は、この『アイドルと2人きり』という謎の状況に合点がいったんだ。


「今の朱里ちゃんは、アイドルスイッチをオフに出来る、本当に貴重な時間を作ったのに。俺がベンチで寝ていたから、1人きりになれなかった……ってコト!?」


「ふふー。そうだよー?」


 朱里ちゃんはイタズラっぽく微笑む。


「もしかして俺……今すぐにここから去った方がいい?」


「ああ、いいよ全然。追い出したかったら、とっくに追い出してるし……あ、別に帰りたかったら、そこから帰ってもいいけどねー?」


 そう言って朱里ちゃんは出口を指す。


 確かに出口は自由に出れそうな状態になっていたが……当然、ここで帰るという選択肢は、俺の脳内では表示されていなかった。


「……いや。いてもいいのなら、もう少しここに座っていようかな。朱里ちゃんの話をもっと聞きたいからさ」


「あはは、修一って変な人だねー? 私の愚痴を聞いてくれるなら、大歓迎だけどさー」


「……」


 そこで朱里ちゃんが嫌な顔ひとつせずに、むしろ嬉しそうに微笑んでくれたのが……俺は少し気になってしまったんだ。


「もちろん俺なら幾らでも聞くけれど……朱里ちゃんは他にこうやって、愚痴ったり出来る友達とかいないの?」


「いないよ」


「……えっ?」


 朱里ちゃんの即答に、俺は少しだけたじろいでしまう。そんな俺に向かって彼女は……ポツリと、小さく呟いた。


「あかりんの友達は沢山いるけどね。でもあかりんは愚痴ったり弱音を吐いたりしない、無邪気で明るい、元気な女の子だもん」


「……」


 その言葉に俺は……なんて返せばいいのか分からなかったから。ただ無言で、彼女の顔を見つめることしか出来なかったんだ。

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