第32話 side:レイモンド22
美しい文様のヴェール被るハンナ。
誓いのキスをと言われヴェールを捲ると、頬を上気させ、潤んだ瞳のハンナが俺を見上げていた。
触れただけの唇はかすかに震えていて、俺は胸が締め付けられる思いがした。
初めて抱いた夜、あまりにもハンナが恥ずかしがるので俺まで赤面してしまって、お互いの照れる顔を見て笑ってしまった。
蜜月もないまま戦場へと向かうことになった俺に、ありったけのお守りを施した防具を持たせ、涙をこらえた笑顔で送り出してくれた。
だから俺は、愛する妻のために早くこの戦いを終わらせ、必ず生きて帰ると誓ったのだ。
ヴェールが燃え尽きた瞬間、ハンナとの思い出が津波のように押し寄せてきて、ドッと涙があふれてきた。
何故こんなに大切な思いを今まで忘れていたのか。
愛する妻に俺は、何故あんなにも冷酷に無関心でいられたのか。
こらえきれず地面に突っ伏して、ヴェールの残骸を掴んで声をあげて泣いた。
そんな俺に対し、イザベラは戸惑っているようで、訊ねてもいないのに言い訳を並べ立てていた。
「ちょっと……そんな、私、赤ちゃんが生まれる前に子ども部屋を整えたいと思って……空いている部屋を片付けただけなんです。これは箱にまとめられていたから、捨てていいものかと思って……捨てちゃいけないものだったんですか?」
八つ当たりとは分かっていても、イザベラが勝手にハンナの私物を燃やしたことに俺は猛烈に腹が立って、我慢ならず声を荒らげてしまう。
「捨てていいものだと⁉ 婚礼衣装は衣裳部屋の引き出しに大切にしまってあったはずだ!それをわざわざ引っ張り出して燃やすなど、わざとやったとしか思えん!婚礼衣装だぞ!一目見て分かる大切なものを、なぜ燃やしたんだ!」
何故俺はこんな女を家に引き入れてしまったのか。後継ぎなどどうとでもなるというのに、妻の居場所を荒らすような女に子を産ませようとしたあの時の自分の考えが理解できない。
憎しみと怒りを込めてイザベラを睨むと、俺の様子がいつもと違うことに驚いたのか、彼女も俺をきつくにらみ返してきた。
そして足元に置いてあったハンナの私物が入った箱を掴んだかと思うと、一気に火に放り込んだ。
「なにをする!」
燃え上がる荷物を素手で払い、火を消す。掌が焼ける感覚がしたが、かまわず火を払い続けていると、イザベラがハンナの荷物を足で踏みつけた。
「……そうですよ。レイモンド様の仰るとおり、わざとやったんです。だって、アレは敵国の女でしょう?それなのにどうしてこの国の人間みたいな顔をしてあなたの妻に収まっているんですか?おかしいですよね?」
イザベラは汚いもののように地面に散らばったハンナの荷物を摘まみ、嫌そうに顔をしかめて再び火に放り込む。
「な……ハンナは敵国の人間じゃない!お前は何を言っているんだ!」
「敵国の女の持ち物なんて、どんな呪いがかけられているかわかったもんじゃない。だから私が処分してあげたんです。あの女の物が家にあって本当に気持ち悪かった。特に、あの女が身に着けた衣装とか燃やして浄化してあげたんですよ!感謝してくれてもいいんじゃないですか?ああ、すっきりした!」
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