第18話 side:レイモンド8
家令には、ハンナが受け持っている仕事を引き継ぐことと、滞在の準備を言いつけ、俺は別荘の管理を頼んでいる業者に手紙を出す。使用人を手配しなければならないからだ。屋敷で働くのなら、どうしてもあの姿を目にすることになる。口が堅く信用のおける者を探してもらう必要がある。
至急とりかかるようにとしたためた手紙の返事は、七日後に戻ってきた。条件に合う者がなかなか見つからず、長年メイドとして働いてきた移民の老婆を候補に挙げてきた。
老婆ひとりでは心もとないが、屋敷の管理を任せていた業者が買い出しなどの外向きの仕事を請け負うというので、その契約で頼むことにした。
ハンナは箱入りのお嬢様と違って自分のことは自分でできるので、使用人が老婆だけというのはむしろ気楽でよいだろう。
別荘の準備が整ったと連絡を受けてすぐ、ハンナを連れ湖水地方へと向かう。
家令が別荘の状況などを確かめておきたいから自分も一緒に行くと言いだしたが、自分もハンナも居ない状態で家令が屋敷を空けるのは困ると言って留まらせた。
ハンナの荷物を運びこみ、使用人として雇った老婆に細かい指示を伝えたりしているとあっというまに時間がすぎてしまった。
老婆には、ハンナは病気のせいで肌に疾患があるため、人目につきたくないのだと伝え、あまりジロジロ見ないでやってほしいと言うと、老婆はあまり目が良くないので、眼前に近づかないと顔の判別もつかないと言った。
そんな有様では行き届いた世話はできないかもしれないが、ハンナも息をひそめるようにして暮らす日々から解放されるので、のびのび過ごせてよいのかもしれない。
引き継ぎを終え慌ただしく出発の準備をしていると、見送りに出てきたのか、ハンナが玄関に佇んでいた。
……あんなに、小さかっただろうか。
所在なさげにひっそりと立つハンナは、とても小さく見えた。
「お仕事忙しいでしょうけど、体に気を付けてね」
静かな声で言うハンナを見て、胸がズキリと痛む。
「……時間ができたら、すぐに会いに来る。早く迎えに来られるよう、頑張って仕事を片づけるから」
俺はそんな言葉を言いながら、後ろめたい気持ちでハンナと目を合わせられない。ハンナは『待っているわ』と小さな声で応え、少しだけ身を寄せてくる。かぶったショールの隙間から、赤黒いイボに覆われた肌が見えて、思わず後ずさった。
後ろめたさやハンナの視線から逃れるように、急いで馬車に乗り込む。御者に急ぐように伝え、出発させた。
振り向いたらまだ、ハンナが見送っているのかもしれない。
俺が避けたことに気付いていただろうか?
また傷つけてしまったかもしれない。
細い肩が震えているように見えたが、ひょっとして泣いていたのだろうか……。
不安げに独りで佇んでいる姿を想像して堪らない気持ちになったが、どうしても振り返る事ができなかった。
***
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