第12話 side:レイモンド2
城門を出て、馬車に控えている御者に行先を告げる。長年我が家の御者を務めてくれているこの男はわずかに頷いて無言のまま手綱を振った。行先が家ではないことを暗に責めているのだろう。後ろめたく思う気持ちはあるが、家に帰りハンナに会わなければならないと考えるだけで胃の腑がキリキリと締め付けられる。
呪いを引き受けてくれて、俺を苦しみから解放してくれたハンナには感謝してもしきれないが、あの呪いに侵されている姿を目の当たりにすると、死にたいとひたすら思っていたあの日々がフラッシュバックしてきて、どうしようもなく苦しくなってしまう。
醜く変貌した彼女を見るたび、そんな呪いを妻に押し付けた自分の罪を見せつけられて責められている気持ちになって、ハンナの部屋を訪れたあとは立ち上がるのも辛いくらいに疲弊してしまう。
そしてだんだん少しずつ彼女の部屋から足が遠のくようになってしまった。これではいけない、ハンナに申し訳ないという罪悪感に押しつぶされそうになり、家に帰る前に酒場に寄る事が増え、食事も摂らずに酒ばかり飲むような毎日が続いた。
呪いから解放され、職務に復帰も果たせ、これ以上ないくらい俺は恵まれていると分かっているのに、どうしようもなく気が滅入る。こんなことではいけないと思えば思うほど、落ち込む日々が続いた。
そんな時に出会ったのが、イザベラだった。
彼女は、俺が独りで訪れた酒場で給仕として働いていた。
グラスを運んできてくれた時に、俺の顔を見て彼女は遠慮がちに声をかけてきた。
「あの……もしかしてアストン隊長ではありませんか?私、ギャレット・クローの妻、イザベラです。あ、いえ、妻だった、ですね。ギャレットはもう亡くなっていますから」
ギャレットとは軍で俺と同期だった男だ。年も近く親しい間柄だったので、彼が殉職したと聞いた時はかなりショックを受けた。その妻だと名乗る彼女に声をかけられて、一瞬面食らってしまう。
「……ああ!ギャレットの……彼の葬式に顔を出せなくてすまなかったね。当時は前線を離れるわけにいかなくて。君は?どうしてこんなところで働いているんだ?ギャレットの家はたしか裕福な名家だったはずだが……」
「ギャレットのお葬式が終わったら出ていけって言われちゃって。もともと家が釣り合わないって、クロー家からは反対されていた結婚でしたから。……あはは、カバン一つで追い出されちゃったんです。戦争が長引いて、実家も弟が戦争にとられちゃいましたし、お金もなくて困窮してたから、女が独りで生きていくにはこういう仕事しかなかったんですよ」
ギャレットと彼女は、俺と同じく戦争が始まる直前に結婚したのだが、彼は戦争が始まってすぐに戦死してしまった。彼女は当時まだ一八歳くらいだっただろう。わずか数か月で戦争未亡人となってしまったのだ。
子どももおらず、まだ若いのだから再婚を考えたほうが良いと言われ婚家からは追い出されてしまって、実家を頼ることも出来ず、生活に困っていたらしい。
辛い話を笑いながら明るく話す彼女はとても痛々しかった。ギャレットとは別の部隊だったから、彼の死に俺は直接関わっていないのだが、同じ軍人として彼女に申し訳なく思う。
「苦労したんだな……戦争をもっと早く終結させられればよかったんだが……すまない」
「やだ!隊長が謝ることじゃないですよ!もう湿っぽい話は止めましょう?せっかく戦争が終わったんですから、お祝いしないと!ホラ飲んで飲んで!」
そう言って彼女は明るく笑った。
この日をきっかけに、俺は頻繁にこの酒場に訪れるようになった。
たちの悪い酔っ払いにからまれているところを仲裁に入ったり、多めにチップを渡したり、手が空いている時に雑談したりしているうちに、気安く話す関係になっていた。
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