手段「リンドウ ヨウタ」
「前も申しあげましたが、足がつくことは私の解雇を意味するので、
「分かってます」
俺は現在、拓嶺高校の保健室に来ていた。
まだ夏休み真っ只中の葉月中旬だというのにどうして俺が登校しているのかと言えば、それは勿論
温泉の日、
重力が五倍くらいに感じる程のショックを受けてしまった俺は、その後どのように家まで帰ってきたかよく覚えてない。
そして気が付いた時には俺はスマートフォンの連絡帳を開いていた。
同時に霜平の言っていた言葉の意味も理解した。これが俺の持つ手段であるという事を。
「それでは、三日前にマスターにご依頼頂いた『
キャスター付きの丸椅子に座る俺に対して、それよりも低い姿勢で
「
陽太は淡々と、機械の音声のように
身体を洗うのは左腕から、とかどうやってそんな情報得てるんだよ! 許さんぞ! というツッコミをするような精神状態でもない俺は、恐らく陽太が意図的に最後に回しているであろう情報を待っていた。
俺が知りたいのはそんな事じゃない。
「――では最後に。これを突き止めるのに三日掛かってしまったことをお許しください、マスター。『
そう、俺が知りたいのはそれだ。
◆ ◆ ◆
こんなにも早く夏休みが終わってくれと懇願したのは生まれて初めての経験だった。
その理由は『同じクラスの気になるあの子に会いたい』とか、『憧れの先輩と過ごす時間を楽しみにしている』とか、そういったジュワッと果実たっぷりなものではない。
そういうのは、妬ましく忌々しい奴らが勝手にやってくれるので、任せるとしよう。ちっ。
ではどうして貴重な夏の休暇の終息を願ったかと言えば、それは俺にやるべきことがあったからである。
俺が携われる可能性があるなら、それは学校の、普通の登校日でなくてはならない。
――
下僕である陽太はそう切り出し、その後に「しかしこれは短絡的にいじめとも言えません」と付け加えた。
加害者は
陽太から聞いて初めて知ったが、一ノ瀬沙織は、世界的有名ピアニストの一ノ瀬陽子の娘とのことだった。
あんな有名人の娘が同じ拓嶺高校に居たことにも驚いたが、何よりも
それにあの恐ろしく優秀な陽太ですら、調べ上げるのに三日もかかってしまう程の用心深さである。
一筋縄で解決、とはいかないのは目に見えている。
一番の問題は、
加害者側も被害者側も事実を否定すれば、これは確かにいくら
どうして
どうして「僕が男らしくないから」などという言葉を吐くのか。
その答えは、陽太から得た情報の数々を、どこかの検事のようにロジック繋ぎをすることで一つの答えに辿り着いた。
そして俺はその答えに、またしても顔を
どうして、起こる問題全てに恋愛事が絡むんだよ。それが人間の定めってか?
だったらもう少し、俺の元にも恋愛関連のイベントが舞い降りてくれませんかね? 俺を慕う後輩が出現するとか、話しやすくて考え方も似ている女の子が近づいてくるとか、ドキッとするような表情を見せてくれる子が付きまとってくれるとか……。
……。
まあ似たようなことは起こっていますがね。似たようなことは。
最後に至っては男だけども。解せぬ。
差しあたり、それはどうでもいい。良くはないが、今はいい。
問題は、どう手を回して、どう対処するかだ。
もちろんその為には陽太の存在が必要不可欠だが、助手やその他部員には気付かれないように動く必要がある。
知っているのは俺だけでいい。実際に動くのも俺だけでいい。
俺は最後に追加で一つ、陽太に調査を依頼しようと思ったが、
その調査は、やっぱり俺自身が自分の手でしようと思ったからである。
何故なら――俺は恋愛マスターだから。
こと恋愛に関しては、俺自身が動かなければいけないような気がするからだ。
……ひええ、自分で言ってて死ぬほどだせえ。恋愛マスターって何だよ、マジで。
というわけで本日は八月三十一日。
夏季休暇の最終日である。
霜平教諭が立場上動けないことや、見た目に反して慧眼を持っていることなど、ある程度の状況を理解した上で、俺は明日以降行動をすることにする。
これは、顧問の言いつけだからではない。
友達を助ける為である。あ、ちょっとカッコイイこと言った?
◆ ◆ ◆
翌日の始業式、俺は二つの確認をするためにとある人物を校門で待ち伏せた。
腕を組んで校門に凭れ掛かる俺は、登校する生徒にちらちら見られいてる。
あまり人に見られることに慣れていないので冷や汗が増えていくが、それもそろそろ終わることにする。
お目当ての人物が来たからだ。
「おっす、さくら」
「え? おはよう、氷花くん……」
一緒に行った温泉以来だね! と、いつもの
そうしないのは、あんなものを見られた気負いがあるからだろうか。
「ちょっといいか」
「え、うん」
俺は
人目を避ける目的だったが、七時四十五分現在、グラウンドでは朝練中の野球部がぞろぞろいた。ああ青春っぽいね、俺もあんな感じで女子マネに飲み物持ってきてもらいたい。
「どうしたの? 氷花くん」
「ああ……」
腹から出ている声。硬式ボールがグラブに飛び込む音。気持ちの良い金属音。
これなら大丈夫、俺の陳腐な問いも紛れてくれるだろう。
「訊きたいことがあるんだ。……馬鹿なこと訊いていいか?」
「な、何かな……」
まるで告白をするために呼び出したみたいな構図になっている。さっきからチラチラ感じる視線がある。
「さくらは、その……特殊な性癖の持ち主だったりするか?」
「へ?」
俺の問いに、ぽかんと目と口を開いて静止する
そして徐々に傾げられた顔に、ゆっくりと朱を差していく。
「ひょ、氷花くん!?」
「例えば、そうだな……齧られたら嬉しいとか、踏まれたら気持ちいいとか……」
「ななななななんてこと訊くのさ! 氷花くんのお馬鹿!」
顔を真っ赤にしてポコポコとグーで俺の胸板を叩いてくる
氷花くんのお馬鹿、か……もう一回言ってくれませんかね?(キモイ)
「単刀直入に言うと、Мか? って訊きたいんだけど」
「そんなの分からないよ!」
「本当に違う? そうかもと感じたこととかない?」
「分からないってば! 僕そういうのまだ経験ないし……」
「そ、そうか」
まあ、俺もないんですけど。一緒だね。
逆に実は
一つ、確認は完了だ。
あとはもう一つ。確認というよりは、宣言? に近いな。もし駄目と言われても俺は引くつもりはないからだ。
「答えてくれてありがとう。それで
「えっ」
俺が『一ノ瀬』という人物名を発した瞬間、
目のハイライトが抜け落ちたような、肌の色の彩度が下がっていくような、そんな表情にだ。
「
「どうして……どこまで知って……?」
「大体知ってるけど、まああとは直接話を――」
「待って! 氷花くん、まって」
「そんなことした……今よりもっと……」
「もっと、なんだ? 絶対そうならないようにするよ。任せてくれ」
「そ、そんなことしたら……もしかしたら今度は」
「今度は氷花くんに矛先が向くかもしれないよ」
「……そうかもな」
そうなったらなったで、俺には策がある。
というか、恐らく霜平の言っていたことは、それを見越してのものだろうな。
「でも大丈夫。俺には俺のやり方がある」
俺は震える
「何故なら俺は、恋愛マスターだからさ!」
……やっぱりクソださい。今すぐ土に還りたい。
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