顧問の身勝手「リョコウ?」

 十五時にロビーに集まった俺達に言い放った霜平の言葉は、


「海をたのしむわよぉ! 水着! 砂浜! バーベキュー!」


 だった。

 ベタだ。ベタベタのベタだった。


 このホテルは海まで歩いて一分程の位置であり、各自すぐに水着に着替えて浜辺に集合と宣告を受けた。

 霜平の脳天気な笑顔を見るに、今日の集まりは確かにただ楽しむだけの旅行のようだった。

 俺は頼んでないんだけども……。


 水着なんて持ってきてないぞ! と思いながら部屋に戻って鞄を開けるとしっかりと入っていた。

 姉め、どうしてこういう時だけしっかりしているんだよ。いつもはうっかりガサツなのに。


「あの、氷花くん、僕その、日差しとか苦手で……このままでもいいかな?」


 なつめは淡いピンク色のパーカーを見せるように両腕をやんわりと広げた。

 そうか、陽に弱いから長袖パーカーなのか。


「いいんじゃないか? 全部あの先生の言うこと聞く必要はないさ」

「そ、そうだよね。僕はこのまま行こうかな。氷花くんが着替えるまで待つね」

「お、おう」


 ……そんなにマジマジと見つめられていたら着替えられないのですが。

 それでなくてもキミ、すごく可愛くて男同士って感じがしないんだからさ。


「あのさ……あっち向いててくれる?」

「え? あ、はは、ごめんごめん、つい」


 そっぽを向いたなつめのいる部屋で、ボクサーパンツを脱いで、海水パンツに着替えるこの謎の背徳感。

 こ、これがよくニュースに出てくる露出して捕まる人の気持ちってやつか。(危ない発言はやめましょう)


 とはいえホテルを出る前に上半身裸になるのもさすがに変態チックなので、とりあえず上にはティーシャツを一枚来てからなつめと共に浜辺に向かった。

 なつめの水着姿……ちょっと見てみたかったな。


 ◆ ◆ ◆


 何の順番かは言わない。

 言わないが、並べるとするなら、一番は彩乃、次いで霜平、次はほぼ同率で凛堂と四ノ宮、だ。

 繰り返すが、何の順番かは絶対に言わない。


「なーんか、冬根先輩の目線、いやらしいですね」


 俺とほぼ同じくらいの身長である彩乃が、マイナス六十五度くらいの目線をくれながら言った。


「何だよいやらしいって。別に俺は」

「どうですか? この水着、似合ってますか?」

「え? あ、ああまあ似合ってる、かな」

「あ、ほら、やっぱり見てるじゃないですか。先輩は最低ですね」

「どうしろと!?」


 段々と分かってきた。彩乃はこうやって人を馬鹿にすることが好きなんだな。

 Sってやつか? 一部には需要ありそうだが、俺は別にこんなの嬉しくないぞ。


 浜辺に着いた頃には、既に凛堂と霜平が大きめのバーベキューコンロをセットし終わっており、レジャーシートやらパラソルやらを広げようとしているところだった。

 どこから持って来たんだよこんなもの……と思ったが、すぐそばの海の家的な建物の側面にでかでかと『パラソル等貸出ししています』と書かれていた。


 率先して動く霜平と凛堂、手伝う四ノ宮。全員が水着姿だった。

 今現在俺となつめと彩乃は、少しだけ離れた位置でその様をこうして見ている、という具合だった。



「凛ちゃん、そっち引っ張ってぇ?」


 霜平は、黒のシンプルなホルタ―ネックのビキニ。くびれも足の長さも適度な肉付きも、非の打ちどころがない。

 悔しいが認めざるを得ないほど素敵だった。シンプルイズベストという言葉は今日はこの人に相応しい単語だ。


「はい。部外者先輩はそっちを」


 いつものおさげの凛堂は、上下共にフリルの付いた白とピンクのフレアビキニだった。

 上のフリルは錯視を狙うのに最適だ。下はスカートのようになっていて、そこから細くて白い脚が伸びている。可愛さ倍増だな。

 相変わらずの無表情無開眼で、いろいろと台無し感は否めないけど。


「誰が部外者よ! もうれっきとした部員よ! 関係者よ!」


 四ノ宮は花柄の……それワンピースじゃないよね? 子供用のやつ?

 ポニーテールも相まって、下手をすれば小学生に見間違えられそうだ。


「やっぱり、そうやっていやらしい目で見てるじゃないですか。冬根先輩は変態なんですね」


 ジト目を向けてくる隣の彩乃は大胆な赤のパレオ付きの紐ビキニだった。

 パレオのお陰で布地面積は多いが、隙間から見えるサイドの蝶結びの紐が挑発的である。


 というか俺水着に詳しすぎだろ。マジで変態みたいだ。


「違うって! 俺は正当なを……ほら、だけに? あは、あはは!」

「…………」

「はは、は…………そんなに睨むことないじゃないですか」

「あまりにも冬根先輩がつまらない事を言うので」

「ひどい……」


 俺と彩乃が話している間に、気付けばなつめも手伝いに参加していた。

 ピンク色のパーカーを着たままのなつめは、遠巻きに見るとやはりどう見ても女の子だった。ちくしょう。


 唯一の男枠――なつめもだけど――である俺が力仕事に参加していないのは自分でもアレかなとは思うが、勝手に参加を決められていた挙句、拉致のように連れてこられたんだ。文句を言われる筋合いはない。


「冬根先輩。さっきはその」

「ん?」

「先程はお姉さまを助けてくださり、ありがとうございました」

「……彩乃が俺に素直にお礼とか、ちょっと怖いんだけど」

「いえ。正当な親切には正当な感謝をです。それにしても私が思う程あなたは無能ではないようですね」

「どういうこと?」


 彩乃は強めの風に煽られた髪を押さえながら、チラリと俺の方を向いてから、


「乗り物酔いの改善には唾液の分泌が鍵を握っているということをあなたが知っていたことです。私も先ほど調べて知りました。意外と博識なんですね」


 何それ知らない。初耳です。

 あの時『これに限る』とは言ったが、半分は経験則、半分はプラシーボのつもりだったんだけども。


「ま、まあね。そうそれで酸っぱいヤツ選んだのさ。どうだ!」

「どうだと言われましても。少しは無能レベルを下げておきます」

「無能レベルって……具体的にはどのくらい?」

「そうですね。レベル九十からレベル八十八くらいには下がりましたね」

「いやほぼ変わってねえ!」


 くふふ、と珍しく彩乃が無垢に笑い、すぐにふわぁと欠伸に切り替わった。

 その一瞬の笑顔は俺にとっては新鮮だった。コイツの笑顔はいつもおどろおどろしさを帯びていたからな。

 普通に笑えば、普通に可愛いじゃないか。


「こらぁ! 彩乃! 冬根君! 手伝いなさい!」

「はい、お姉さま」


 四ノ宮のビームのような叫声に一瞬で飛んでいく彩乃。

 やれやれ仕方ない、俺も手伝うしかないか。眼福の礼もあるしな。


 一通りの設置を終えた後に、霜平から「夕方になるまで自由時間」と告げられた俺達だったが、俺が自由を手にすることはできなかった。

 直後に俺の腕をガシリと掴んで、霜平がこう言ったからだ。


「氷花くんは私と一緒に買出しよぉ。買い物デート、いきましょう~」


 もう騙されないぞ。叶うなら全ての辞書のデートという言葉の意味を書き換えてやりたい。

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