ごーろく なりたち
既に失われたもの/わたしを追い落とすもの
常に失われるもの/わたしを突き抜けたもの
遂に失われゆくもの/わたしを嘔吐させるもの
与えられたやくめは/未知なるここ
奪っていたばしょは/有機的な転回
わたしは流れの身だった。
体は何度も再生していたし、いつも一緒の線引き棒は決して劣化することはなかった。
――行かないでって、言っても無理なんだよね。
――うん。
砂漠の都市のピアノはもう聞くことは出来ない。
わたしが選んだことだから、あの子はまだあの場所で小さな地蜘蛛を成長させないようにきっと隅々を見回っているのだろう。
わたしはそれが少し退屈だった。きっと、あの子と一緒になる。それは悪いことじゃないけど、その後にやっぱりどこかで後悔すると思った。
あの閉ざされた場所で生を終える。その世界の狭さがわたしと一致しない。
だから、外の環境にも耐えられるよう、ここから飛び立ったとしても生きられるよう、体は元々と別のものに置換されているし、なんにでもなる線引き棒は全てを焼き払うことだって出来た。
――ほんとに危険だから、君の体に結び付けておくよ。
――だいじょうぶ。
わたし以外に扱える者はいないし、わたしはここから出て行かない。
そうやってこの星を巡った。砂漠に始まり、機械都市、動物の地平、地殻に至る毒沼、かつての国家連合の残骸、痛めつけられ涙した人、変性した肉体の人、動物、爬虫類の合いの子、ぼろきれ、回る線状灯。
――届いたかな? この前も、他の場所で蜘蛛が都市を破壊してね‥‥。
時折届くメッセージはあまり良いものはなかった。
都市が定めたパートナーとは折り合いがよくないとか、ピアノをやってるとか。わたしはこの世界を巡っても、どこか物足りなさを感じている。
――心配だ。機械都市の辺縁に移動申請を出してみたら?
その申請が全く通ることもなく、機能していないのはどちらも知っていた。会えないから、言葉だけでは伝えられないことが沢山ある。
わたし/それ以外
わたし/地殻と棒
突き立てられ/血みどろ
機械化と鋳型/爬虫類と工作
辿り着いた先はこの星からの脱出装置。
過去に富裕層がこぞって去って行った場所の残り。
コンパクトな打ち上げ装置と、循環する水鏡。
――あなたは、ここで働きなさいよ。
――イヤ。
ずっと昔の衣服を身に着け、映える唇の赤。星の入り口。
その上司はわたしよりもずっとわたしを知っていた。
もうこの星には<大地殻>と<北極壁>しか巡る場所は残っていなかった。そしてそれも、かつてこの
わたしはもう同じ場所を流れるだけしか出来ない。
どこへ行っても、この先にいずれ訪れる終わりに痛めつけられた人々と、またぞろ同じことを繰り返すわたしたちがいるばかりで、ちょっとした隙間の忘却か現実逃避以外に生活を続けられない。
――ほら、やっぱり。
だから上司となった女性はわたしに数々の依頼を、富裕層が向かった先々を調査、破壊、改善……色々なことをこなすように指示する。
――気乗りはしないから。
わたしは調査も破壊も、そうした行為はほとんどできないといっても、線引き棒はそれをこなすだけのポテンシャルがあるという。
とても危険なことは分かっていた。けれども、わたしは循環する水鏡に乗って、打ち上げ装置にセットされる。
それに甘んじることになった。
――そうしても、流れても、あんまり変わらないよ。
――そうかもしれない。
それくらい考えていたよ。でも、性分なんだ。
なにごとも、気持ちは遅れてやって来る。
その時のタイミングなんて、あんまり当てにならない。
九十九から始めて、零に入れば
消えないように、しよう。
音もなく射出されて、管理者が「ほら、出たぜ」とだけ言う。
わたしは大気圏の外側から、あの子のことを思う。出来なくても、わたしに音楽を届けようとして、一生懸命だった。どうしてだったか。
でもそれだって、こうしてここまで来てからようやくその気持ちを認めることが出来る。
一瞬で全く何も見えない空間へと。けれども圧縮されたのはわたしと管理者以外。
ただ巡る。
小さきもの。ヒト。
――お前の体、そのものじゃないよな。
――まあ、ね。
流れの身。かつてヒトと融和した種がいた。その名残がわたしにも流れている。その機能がわたしにもあった。
――オレも同じなんだ、後は……戻ったら紹介してやるよ。
上司と管理者はやくめが異なる。
偉いのはなんでも上司と呼ばれる女の人。おそらく。
だって、性別はとっくの昔に、どっちか分からなくなったから。
不明/わたし
不解/わたし
不測/わたし
まだ登録されていないから、この水鏡と呼ばれる船は、
わたしをそう認識している。
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