にーきゅう フラスコ

 混沌の血から呑み込まれたものが姿を現す。

 苦痛の最中に滴下され、包絡ほうらく者にされた二人はそれにより黄金の中で生きなければならなかった。

 二人にとってその世界は限りなく汚濁に塗れたもので、あのささやかな森林と狩猟とを懐かしむことも無くなってしまった。

 接してはいるが、それは近接。決して交わることが無い。

――魔女だとは笑わせる。

――全くだね。

 袋の中で蠢く何ものかは中から血を滲ませる。

 細く絡みつくような四肢で重そうな袋は軽々と担がれる。

 黄金の世界で暮らさなければいけなくなった者にとってそれくらいのことは児戯に等しいものだった。

 骨の本から混沌の血へ、呑まれたものとは全ての死、全ての戦場、そして疫病。

 もし神というものが自我の分裂以上のものであったなら、この世界は生まれる前に存在すら出来なかっただろう。

 そうやって溢れ出したのは黄金の液体。とても少なく、小さなフラスコを一杯にするのがやっとの量だ。

 そこから一つの木が育つ。

 その途中でフラスコを地面に叩きつければ、たちまち木は腐敗し、その上から黄金の世界が姿を現す。

――ああ、本当にこれが憎い。

――帰すにはこれしかないからね。

 血は黄金へと変化する。その木は変化の途中で暴力的な力が加えられ、暴走する。

 その黄金が人々にとっての黄金と異なるのに、気付けるものは少ない。

 金と銀とがぶつかり合う戦いが、血によって洗い流される。そこから、黄金の世界が現れる。

 その二人は<混沌の血>と呼ばれる。かつては素朴な村娘だったと、廃屋の中で呻く盲人は悲しんだが、間もなく死んでしまった。

 悪かったのは、ちょっとした巡りあわせだ。黄金を分からぬ父が母がそれを取りに行かせた。

――戻って来たのは、大きな山猫を背負った二人。

――もう、その話はいいだろうに。ちゃんと忘れてないよ。

 腐敗した木は成長を止めない。大地には血が滲み、強烈な臓物と獣臭が辺りを占める。濃厚な死と、包絡。

 

 二人はそれを見ることもなく、去る。

 去らねばならなかった。


 やがて、その木は、黄金は、血は、この地がひた隠しにしたものをさらけ出すだろう。多くのものの死が付いて回るこの地に、争って死んだ者たちの残り香が沸き立つ。


――囲われれば黄金が滴る。

――あの刃は絶対にやって来る。


 二人は確信を持つ。フラスコが完璧に黄金を閉じ込めておけるのだから、黄金の世界も閉じ込めておけるのだ。

 混沌の血はそれを呑み込んで、混沌の願いを満たす。

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