2-100.手当て

ケビンはリディとカロラが攻撃を回避するわずかな隙に、視線だけでのぞみの様子を見ていた。


(ジェニファー・ツィキーがとうとう手を出したか。あのミーラティス人のかんなぎは知略に富んでいるな)


(ホタル・モリジマの重体は必然か……?)


(さすがはフハ先輩。三年前の段階であれだけの力を持っているとは。彼が作戦に参加したこと自体は意外だが、彼の存在は心強い)


 頭の中ではそんなことを考えながら、戦闘も疎かにはしない。後方へと退いたのぞみたちを守るよう、10匹のハネクモを集めると、その胴体から蜘蛛の巣の紋様が付いたバリアを展開させる。リディが発動させた『章紋術ルーンクレスタ』は、バリアによって無効化された。


「なんて酷い傷……しっかりしてください!森島さん!!」


 蛍(ほたる)は腹部を切られ、大量出血していた。口の端からも血を滲ませている。それでもまだ意識はあった。蛍は膜の向こう側の世界から聞こえてくるようなのぞみの声を聞いて、持ち前の気丈さで口を動かす。


「あんた……無事だったの……?」

「はい」という声すら涙声になっていて、のぞみは泣き止む気配もない。

「弱虫……まだ戦闘中でしょ……。私のために、泣いてる暇があれば……敵を倒しなさい」


 蛍はゲホゲホと苦しげな咳とともに血を吐いた。


「でも……私のせいでこんな酷い怪我を……。私が、森島さんの手当を」

「う……るさい……こんな傷、何でも、ないわ……」


 蛍はまた激しく咳きこんだ。


「もう、無理に話さないでください」


 さすがの蛍も弱っていて、声が先細り、目蓋(まぶた)も力なく閉じそうになっている。


「……う……足の感覚がない?」

「傷がかなり深いところまで届いてるんだべ」


 出血量が多すぎるせいか、蛍が意識を失った。のぞみの黒目がきゅっと縮む。


「森島さん!?死なないで!」


 ティムが蛍の手首の脈を測った。彼は何度もヒーラー団の一員として問診ツアーに参加し、護衛の任務を受けている。人命救急の場に明るい彼は、冷静に言った。


「落ち着いてください、カンザキさん。まだ生命反応はあります。出血が多すぎるため、睡眠状態に入っただけですよ。スタミナの消耗を減らすための、自然な体の反応です。源気グラムグラカが宿り続けるうちは、生命を保つことができるはずです」


「本当ですか?」


 ラーマものぞみを勇気付けた。


「私たちは授業や依頼で何度も負傷してきています。彼女だって、何度も耐えてきたからこそ、今があるんでしょう。カンザキさん、モリジマさんの体力を信じましょう」

「そうだよね、私たち闘士ウォーリアはタフが取り柄だもん」


 かつての戦友の身体能力を信じたいと、ルルも言った。

 だが、ティムはより冷静に事態を受け止めていた。


「とはいえ油断はできません。早めに緊急治療処置を受けなければ、危ういでしょう」


 今は実技の授業中ではない。ケガをしてすぐに医療センターへ搬送してもらえるなら良いが、ここはテスト会場ではなく、戦場だ。緊急処置を受けられない今、生存のリスクは付きまとう。


 その時、心苗コディセミットたちを二分していた鉄檻の光が消えた。五分間が過ぎたのだ。

 ティフニーは素早く源気で剣を作り、檻を斬り倒していく。補給陣地にいた心苗も手伝い、彼らは檻の破壊に成功した。


「すぐにモリジマさんの手当てをしないと」

「ハヴィー姉さん?」


 蛍に駆け寄るティフニーに、のぞみが声をかける。


「救急処置は私に任せて。皆さんは戦いに専念してください」


 ティフニーが自分の源気を蛍の体に注いだ。これも一つの救急処置だ。ヒーラー役の二人も蛍の元へやってきて、すぐにヒーリングの章紋をかける。オレンジ髪の心苗は、冷静さを保とうと試みてはいたが、額には脂汗が滲んでいた。


「源気の防御を切り裂くなんて……あの魔人、エグすぎる……」


 もう一人のヒーラーも、焦りを声に乗せる。


「臓器だけでなく、肋骨、椎骨まで折れています……。ハヴィテュティーさん、これほどの重体なら、すぐに医療センターで緊急手術を受けないと……」


「二人とも、引き続きヒーリングをお願いします。私は源気を補い続けて、心臓と魂の安定を維持させます。先生たちの救援が来るまで、私たちで生命反応を守らないといけません」

「私たちも協力させてください」


 補給陣地にいた別のミーラティス人二人もやってきた。ティフニーの負担を軽減させるため、二人も各々の源気を蛍に送り始める。


「目を覚まして、森島さん……!ハヴィー姉さん……森島さんはどうなるんですか……」

「ノゾミさん。しばらくは彼女を安静にさせてください。激しい感情の揺れは、傷付いた者の魂を不安にさせ、命を弱らせます」


 自責の念を覚えているのはのぞみだけではなかった。


「申し訳ねぇ……。ハヴィーさんから彼女の見守りを任せられていだったのに……私の不注意だべ」


 ティムやラーマも連帯責任を感じ、切ない表情をしている。


「モリジマさんがカンザキさんの盾になるとは思わず……正直驚きました」


 ティムの言葉に、旧友であるルルが応える。


「この子、昔っからこうなんだよ。普段はせっかちだし、言葉にもトゲがあるんだけど、戦いが始まると誰よりも勝ち気で、犠牲になるのも厭わないでさ……」

「皆さんの責任ではありません。森島さんは私を守るために、こんな目に……。これは、敵の前で気を緩めてしまった私のミスです……」


 ティフニーはのぞみたち全員の不安や焦燥を癒やすような、落ち着いた口調で言う。


「皆さん、今は責任追及している場合ではありません、戦いはまだ終わっていません。モリジマさんのためにも、一刻も早くこの戦を終わらせてください」

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