2-75.もぬけの殻

 のぞみと義毅よしきを乗せた飛空艇テュルスは、空から急降下し、その

屋敷の前庭に降り立った。後ろの席からのぞみが降りると、義毅はエンジンを止め、固定のためのスタンドを下ろす。

 電気一つ点いていない屋敷を見上げ、のぞみが言う。


「先生、未来から来た『尖兵スカウト』たちは、この屋敷に隠れているんですよね?」

「あぁ、間違いなくここだぜ」

「でも、人の気配が感じられませんね……?」


 たしかに静かすぎると思った義毅は、気を引き締めて玄関の正面に立つ。のぞみも後ろに付いた。


 違和感はなくならないまま、義毅はレバーハンドルを握り、スイッチを押す。だが、扉は施錠されておらず、重い扉が開いて、内側へと二人を誘った。真っ暗な玄関ロビーを眺め、違和感はさらに高まる。


「玄関のセキュリティーが作動してない。保安結界まで解除されてるな。どうも妙だ」


「ここに隠れていることが先生にバレたので、別の場所に移動したんでしょうか?」

「……いや、そうだとすると、彼らの世話役を任せているあの子から連絡が来るはずだ。それもないとなると……」


 急な何かが起こったのかもしれない。

 そう思った義毅は、事件の証拠を探しはじめた。


夜視やし』は、グラムで脳の神経と細胞を強化し、暗闇での視力を猫のように上げられる闘士ウォーリアのスキルだ。義毅はそのスキルを使って、わずかな証拠でも逃さないよう、あちこちの部屋を床から壁、天井と、隅々まで照らしていく。


 やがて二人は、一階の裏廊下に沿ってリビングに入り、惨状を目にした。焦げた床と天井、場所も向きもバラバラになった家具、粉砕したガラス窓。メチャクチャになったリビングを見て、義毅の顔が険しくなった。のぞみも、トレーニングのためではない、人間同士の戦闘の跡を見て、戦慄している。


「相当激しい戦いがあったみたいですね。一体ここで何が……」


 壁の炉棚を調べ、義毅が呟いた。


「ルトラス水晶石がまだ少し熱を持っている。燃焼中の温度から触れられるまでと考えると、二時間前にはまだ、ここに誰かいたはずだな」


 それからしばらく、義毅は黙りこんだ。


「先生」とのぞみが声をかける。


「彼らが隠れているという情報が漏れて、捜査班の『尖兵』たちと交戦したということはないでしょうか?」


「……そうだとしたら、任務完了前の彼らは、全力で脱走するはずだ。交戦するメリットがない。それに、『尖兵』同士の戦いにしては弱い。本気でやれば、屋敷ごと全壊してるだろう」


「そうですか……。やはり違いますね。もしもそうであれば、私たちよりも先に、ダイラウヌスの捜査班やイトマーラの警士がここを封鎖しているはずです」


 それぞれの国が、社会の安全を維持するために組織した警士は、地球(アース)界でいうところの警察官と同じ機能を持っている。今回のような特殊な事件であれば、その中でも独立捜査権を持ち、小型の飛空艇での捜査を得意とする『源将騎警(ジークラッハ)』が出てくる可能性もある。


「そうだな。この戦闘跡は、敵同士の衝突というよりかは、まるで仲間割れしたみたいだ」


「仲間割れですか……。私には、機関がどのように任務メンバーを選出するのか分かりませんが、時間点の移動と暗殺というのは、相当難しい任務だと思います。そんな高等な任務に選ばれるほど優秀な『尖兵』同士が、仲間割れなどするでしょうか?」


「うーむ。現場に残る源気を採取できれば、事件の具象を描けそうだが、源どころか目に見える血痕一つない。……どうも、この戦いに関わった者の情報を抹消したいみたいだ」


操士ルーラーであれば、源気グラムグラカを抜き取る性質を付与したアイテムを創ることも可能ですが……」


のぞみはフミンモントル時代に担任だったヘルミナから教わったことを思い出し、それが一般的に操士にとっては難しいことではないと、義毅に説明した。


「そうだなぁ……」 


 源や血痕を全く残さないようにすること。それは、半人前の心苗コディセミットなどにできる芸当ではない。そして、そんなことをする人物は、極めて小心者だ。


 義毅は事件に関わる人物の中から、これらの条件に当てはまる者を洗い出す。ふと、アーリムの顔がよぎった。だが、動機に謎が残る。なぜ、わざわざ隠し場所まで提供し、匿っていたはずの者たちを殺そうと、急に気が変わったのか。


 のぞみは床の焦げ跡をじっと見つめ、何を思ったか、そばにしゃがんでさらに凝視した。ソファーを中心に、数人が入れるくらいの円が、床に刻まれている。鋭利な刃物で刻んだような、細い切断痕だ。さらにその円の中の床板に、何かが食い破ったような痕跡も残っている。


「先生、これを見てください」


 何かを掴んだようなのぞみの声に、義毅は思考を中断し、彼女の背後に立つ。


「どうした?」


「この焦げ跡、何か意図のある線に見えませんか?アーチの頂点が入り口を向いています」


 のぞみは人差し指で焦げ跡を指しながら続ける。


「そして、ソファーの周りの切り刻まれた円。まるで、攻撃を防いでいるようではないでしょうか?」


「そうだなあ。あいつらの内の一人は魔導士マギアだ。きっと『章紋術ルーンクレスタ』を使って戦ったんだろ」


「両側に縦に入った焦げと合わせて見ると、変形した矢印のように見えます」


義毅はのぞみのとんでもない才能に気付いた。


「なるほど、二重メッセージを仕掛けたのか……」


 のぞみの言葉をヒントに、義毅はマスタープロテタスの機能を使い、銀色の光の束で辺りを照らす。もう一度、リビングがスキャンされた。


「先生、これは何か特別なライトなんですか?」


「ああ、『源将尖兵マージスター』だけに使用が許可されている、源気隠しの『章紋術』用の探査機能だぜ」


 のぞみは、そんな機能がと驚きつつも、それなら何か隠された証拠を暴き出せるかもしれないと期待した。


 義毅はサーチライトであらゆる場所を探査し、五段になった本棚を下から照らしていく。そして、最下段から一、二、三、四段目と上り、そこでライトを止めた。配架された本の一冊に反応があったのだ。

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