2-71.ポンコツ姫の失態

 着地したのぞみを見て、クリアは極めて不愉快そうな表情をした。


「ちょっと、また他人のターゲットに手出しして、あんたどういうつもり?手助けを頼んだ覚えなんてないわよ」


 転校当初から人をたらし込む能力だけは抜きん出ていたのぞみだが、最近は戦闘スキルにおいてもとんでもないスピードで成長していることは、クリアが認めずとも周知の事実だ。そんなダークホースと手を組めば、教員や先輩たちの注目が奪われることは確実だろう。クリアは、それだけは避けたいと思った。


 しかし、さすがののぞみも、クリアへの対応を次第にわきまえている。


「確かに、今の魔獣は私が手を出さなくても問題なかったでしょう。でも、ヒタンシリカさんなら、もっと先のラウンドの魔獣だって倒せるはずです。だからこそ、その力をこの程度の魔獣で使ってしまっては勿体ないように思いませんか?時間はまだたっぷりあります。私たちが一緒に戦い、体力を無駄に消費しなければ、第七ラウンドどころかさらに上のラウンドに挑めますよ?」


 のぞみの話の持ちかけ方は、貴族出身のクリアの逆鱗に触れるどころか、その自尊心を上手くくすぐった。


 もちろん、本心ではのぞみを追い払いたい。だが、この会話も教諭や先輩たちが見ているのだということを、クリアははっきりと意識していた。酷いあしらい方をすれば、協調力の評価を下げてしまうだけだ。下手に怒鳴るわけにもいかないのだ。


 実際、のぞみの意見には多少理屈の通る部分もあると、クリアは思った。物は言いようだが、のぞみは戦闘能力も低すぎず、従順な性格をしている。より上のラウンドに進むため、使い捨てられる駒があるのも悪くないと、クリアはそろばんを弾いた。


「ふぅん、あんたにしては悪くない提案ね。なら、私のサポーターにしてあげてもいいわよ」


 口元だけで笑みを作ったクリアは、高飛車な態度でのぞみの意見を認めた。本当はこの場にのぞみがいることも不満だったが、しばらくは猫を被るしかない。本音とは裏腹に、のぞみを迎え入れた。


「よろしくお願いします。では、私が前衛として魔獣を倒していきますから、その間にボス魔獣を倒すための準備をしてください。陽動作戦でいきましょう」


「ふん、良いわよ。だけどこれからは、指示をするのは私よ。覚えておきなさい」


「分かりました」


 のぞみはすぐさま前方に踏み出した。隠れていた魔獣をおびき出すと、剣術でバサリバサリと倒していく。そして、ボス魔獣が現れると、待機していたクリアが大型のチャクラムで思い切り、斬り倒した。


 良いコンビネーションで、クリアは第五ラウンドを終えた。


 クリアは、のぞみの戦う様子を後方で見ていて、気付いたことがあった。


(この女、長時間の戦闘にも耐えうる体力を付けたのね?全く疲弊した様子もないじゃない。……ふん、それなら最終ラウンドまで私の踏み台として、しっかり役割を果たしてもらうわよ)


 のぞみの手の甲には、まだ第四ラウンドと書かれている。つまり、のぞみのエリア内で現れた魔獣は、まだ残っているのだ。


 だが、のぞみはあえて魔獣を追うことはしなかった。例え魔獣であっても、逃げ出したり、姿を現さない者は、戦意のない者だ。のぞみは現在のラウンドまででも

テスト結果として満足しており、魔獣に害がないなら、そのまま見逃しても良いと思った。


 一方、クリアは第六ラウンドが始まった。のぞみの囮おとり作戦に気付いているのか、魔獣の数が妙に少ない。


 とはいえ、最初のラウンドなどでは現れないような、人間に化けた二足歩行の魔獣が出てきていた。身長は130センチ程度、小柄で肌の色はベージュ、顎ヒゲを長く伸ばし、人間の頭蓋骨で作ったお面を被っている。下半身は獣のようなゴワゴワした毛を持ち、腰には端が切れてボロボロの布を纏っている。その先で、羊の脚が踊っていた。


 戦い方もほとんど人間に近く、木の棒や短剣、盾などを手にしている。何を喋っているのかは分からないが、鋭い早口な声が何度か耳をつんざいた。


「ヴォルフォン族ですね。トラップをよく使う人間型魔獣と言われていますが……思ったより数が少ないですね」


 魔獣は四体しか現れなかった。のぞみは手始めに二体を斬り捨てる。他の二体は仲間が斬られるのを尻目に、のぞみを頭上から飛び越え、待機しているクリアを狙った。


 もちろん、分が良いのはクリアだ。魔獣たちの動きを見ながらチャクラムを投げ出す。チャクラムは地面を走り出し、一体のヴォルフォンを両断した。その後、チャクラムはその場で高速回転し、勢いを取り戻すと、クリアの元へ戻りながらもう一体のヴォルフォンを背後から真っ二つに斬り裂いた。


 余裕のある仕草でチャクラムをキャッチし、クリアは首を鳴らす。


「あんまり甘く見られちゃ、困るわね」


 しかしその時、クリアの背後から、魔獣の触手が鞭のように放たれていた。


 間一髪。クリアが跳び避け、振り向きざまにチャクラムを投げ出すと、数匹の魔獣が光となった。だが、その先にはまだオムトとキムサザスの群れがいる。さらに、ガストンが二匹、ゴーレムが一体。


 投げ出したチャクラムは、捨て身で立ちはだかるゴーレムによって食い止められる。魔獣の大軍に、クリアは動揺した。

 大軍の後ろにいたヴォルフォンの術師が、手に持った杖から、『章紋術ルーンクレスタ』を綴った火炎弾を撃ってくる。クリアは攻撃をチャクラムで斬り弾きながら、苛立った声で叫んだ。


「何で今さら、第四ラウンドの魔獣がこんなに出てくるのよ」


 のぞみは離れた場所で10体のヴォルフォン兵士に囲まれていたが、一体ずつ斬り倒しながら、大声でクリアに応じた。


「ヒタンシリカさん、私はまだ第四ラウンドなんです!」


「はぁ?!あんた、こっちに来る前、ちゃんと魔獣を倒してこなかったんでしょ?生き残りが仲間を呼びに来たのよ!」


「すみません……。戦意のない魔獣は見逃してしまいました……」

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