2-66.神霊系操士の戦い方

「それから、二人に共通の問題。あなたたちの源気評価レベルはまだC級でしょう?そのレベルで『使役体』を巨大化させるのは良い手ではないわ」


「ですが、相手の戦意を削ぐ効果はあるはずですよね?」


ミュラは、まるでガリスが質問をすることを事前に分かっていたようなタイミングでお茶を一口飲み、先に答えを用意していたように平然と言った。


「それは普通ランクの魔獣や悪人と対峙した場合のみよ。同レベルの心苗や、それ以上の力を持つ相手には通用しないわ」


「何でだよ?巨大化は、契約主が、聖霊の権威や威徳に対して、敬意を示すことだぜ?」


「あなたたちのやっているのは、かえって不敬よ。源気が足りていないのに大きくトレースすれば、逆に聖霊を弱体化させます」


「どういうことだよ?もっとわかりやすく説明してくれ」


 のぞみには、ミュラの言いたいことが理解できていた。


「理解はできるんですが……」


 呟いたのぞみに、楊とガリスの視線が集まる。

「うーん」としばらく考えたあと、のぞみは例え話で説明してみようとした。


「例えばですが、小さな風船に満杯に水を入れた場合と、同じ量の水を倍の大きさの風船に入れた場合。大きい方が、ダメージ耐性が低いですよね」


「そういうことね。相手のレベルが高い場合や、レベルは同じでも他の属性の心苗が相手になった場合、ただの大きな的になるだけなの。的が大きいほど、集中攻撃を受けるリスクは高まるでしょう?」


「私たち操士は、闘士のような強靱な身体能力を持っているわけじゃない。騎士レッダーフラッハのように源気を変質させた装甲を着けることもできない。魔導士のように事前に『章紋術』を仕掛ける技術もない」


 ミュラは小さい子どもを諭すように、丁寧に、ゆっくりとした口調で言った。


「だから、操士の戦いでは、一発の決め技に賭けるよりも、召喚を常態化させることが安全性に繋がります。もしも召喚した『使役体』が撃破されてしまうと、次の召喚が行えるレベルまで源気を回復させるのに時間がかかりますからね。その間、一対一の戦いになれば、こちらが圧倒的に不利でしょう?」


 ガリスは顎に手を当てて、ミュラのアドバイスを聞いている。そして、黙って考えを巡らせたあと、納得したように返事をした。


「確かに、召喚状態を保って長く戦う方が、安全性が高いかもしれません。例えば、相手がブースタータイプの闘士だったなら、持久力のない彼らに対して優位を取れそうです」


 楊は納得できず、ガリスに反論した。


「でも、俺は神霊ドルソート系操士だぜ?『憑依合身ポセティオン』には制限時間がある。一刻も早く相手を倒す必要があるだろ?それが俺にとって理想の戦い方だぜ!」


「言いたいことは分かるけど、本当は、それはハイレベルのスキルよ。巨大化と同じで、今のあなたにすぐにできる戦法ではないわ。少なくともBランクの源気を保てないと危険です」


 ミュラは、やかんに手を触れてはいけないと教える母のように、楊に言い含める。


「そもそも、契約した聖霊に粗末な作戦をさせ、そのうえ簡単に撃破されるなんて、聖霊に対する侮辱と言ってもいいわ。その末に、聖霊の暴走を招いた子だってたくさんいるのよ?」


 フミンモントルでは、心苗の契約した聖霊が暴走し、キャンパス内外で壊滅的な被害をもたらすことがよくある。生徒会の巡査隊は、そんな事件を抑えこむことも仕事の一つだった。


 論破され、楊は不服げな目付きになって、腕組みする。


「……だけど、俺と契約してるのは、たまたまの縁で契約した聖霊じゃない。先祖代々、長い付き合いのある海の竜神だ。暴走するなんてありえないぜ」


「それはどうかしら?人使いの荒い坊ちゃんは、使用人に見限られることもあるわよ。どんなに優秀な守護神であっても、あなたが大切に扱えなければ邪神に変わるかもしれないわ」


敖潤ごうじゅん敖吉ごうきちに限って、そんなことありえねぇよ」


「ずいぶん自信があるのね。でも、聖霊の暴走前には、契約主はあなたのようにうぬぼれた言動をしているケースが多いのよ」


 うぬぼれたと言われ、カチンと来た楊がさらに反論しようとした時、のぞみが口を挟んだ。


ヨウ君と敖潤様の信頼関係は、誰が見ても厚いと信じられるものです。でも、私はミュラさんの言ったことが正しいと思います」


 優しくも芯のある声に、楊が振り向いた。


「私はハイニオスに通うようになって、大型の魔獣を掃討する課題もよく受けています。闘士ウォーリアの皆さんは、オーガ級の心苗も含め、皆さんしっかりと戦闘訓練を受けています。その様子を見ている私からすると、同じレベルの相手に対して『使役体』を巨大化させても、絶対的な優勢を保つことはできないと感じています」


 好意を寄せるのぞみに言われたことで、楊はあまのじゃくな気持ちを少し素直にして応えた。


「そうか……。実際に手合わせしなきゃわからねぇな……」


 落ち着いた様子の楊を見て、ミュラは和やかな表情から、いたずらっ子をお仕置きする時のような微笑ましい笑みを浮かべた。


「そうね。のぞみちゃんの言うように教えてみましょう」


 その後しばらくは、のぞみの特製ケーキやクッキーを皆で味わっていたが、イリアスが楊に声をかけた。


「ヨウ君、対戦訓練はいつになりそう?」


 楊は喉をゴクリと鳴らしながらお茶を飲んだ。


「ああ……ちょっと休ませてくれよ。それに、ミュラさんとの訓練があるから、その後でいいだろ」

「えぇ~~!!もうこの時間じゃ、手合わせの前に貸し切り時間が終わっちゃうじゃない?!」

「うるせぇな。お前との対戦訓練は別にステージじゃなくてもできるだろ?」


 今の楊にはもう、イリアスとの対戦訓練を受ける余裕がなかった。それよりも、ミュラの挑発を受け、自分のやり方が間違っていないことを証明したい。


 だが、先にしていた約束を破られたイリアスは堪ったものではない。


「やだやだー!私だって闘競バトルルールに則って、ステージで経験を積みたいのよ!約束したのに守らないなんて、ヨウ君は酷すぎるわ!」


「あのな……。お前がテリトリーで創ったものは確かに戦闘に使えるだろうけど、自分で戦うよりも、早くアタッカーのパートナーを見つけた方が良いだろ?体力もないんだしよ」


 約束を破られたイリアスの気持ちを思い、のぞみが楊に言う。


「楊君。でも、イリアスちゃんにも戦闘経験が必要なのは間違いではないですよ?」


 ガリスはのぞみの意見に頷き、イリアスに優しく言う。


「イリアス、僕で良ければ、代わりにお相手しましょうか?」

「ガリス君、良いの?」


「ハンガキストが完全体でなくてもできる訓練ですから、短めであれば大丈夫です。でも、少し休憩させてくださいね」

「やっぱりガリス君の方が優しいなぁ~?のぞみちゃん、付き合うならガリス君の方が良いわよ?」


 急に話を振られ、のぞみは答えに窮した。


「えっ?どうしてそんな話になるの?」


 困惑しているのぞみに、ガリスが苦笑しながらフォローを入れる。


「あはは……。ただのイリアスちゃんの冗談ですよ。気にしないでください」

「そ、そうですよね……」

「ところで神崎さんは、本当に手合わせ訓練しなくて良いんですか?来週には本番ですよ?」


模擬テストで負った怪我を治療してから、のぞみは一度も手合わせ訓練をしていない。ガリスはそれを気にしていた。


「はい、基礎訓練とイメージ訓練で十分です。それより、なるべく万全の体調で臨みたいので」


「なるほど、それも大事なことですね」


 ミュラも、のぞみのことが気になっていた。


「そういえばのぞみちゃん、事件の方は、最近は何もありませんか?」

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