2-62. 視線

寮に戻る前、のぞみは一旦ハストアル教室棟に戻り、制服に着替えた。そして、一階の回廊までやってきたとき、聞き慣れた女性の声に呼び止められた。


「カンザキさん」


 のぞみは振り向き、近付いてくる女性に返事をする。


「リュウ先輩たち、こんにちは。身辺警護がランダムになってから、お会いしてませんでしたね」


 リュウと一緒にいるのは、ともに観戦に来ていたマイクとヘミュスだ。


「ええ、私たちはよく見守っていますから、安心してちょうだい。それより、カンザキさんはここで何を?授業はもう終わったはずでしょう?」


「あっ。私、さっき医療センターから戻ってきたんです。今、制服に着替えて、寮に帰ろうと……」


 のぞみの様子を聞き、リュウは少し安心したように笑った。


「無事に治ったなら何よりね」

「……もしかして、先輩、模擬テストを観に来てましたか?」

「ええ。よく頑張ったわね」

「……はい」

「あなたは良い人材になるだろう」


端的に評価したその男に、のぞみも目を合わせる。


「ありがとうございます。あの、先輩たちは……?」

「彼は、私のホミよ」

「そうでしたか」


 リュウに紹介され、マイクは気前よく笑った。


「アハハ、あなたのことについては聞いてるよ。世話の焼けるヒヨコさんだってな。俺のことはマイクって呼んでくれ。よろしくな」

「こっちはロットカーナルに通う、親友のヘミュスさんよ」

「ヘミュスだニャ」


 のぞみが思案顔で返事をする。


「先輩たち、よろしくお願いします」

「あなた、珍しい才能を持ってるニャー」


 どうして実践成績の悪い自分がエリートの先輩から期待をかけてもらえるのか、のぞみはさっぱり分からず戸惑った。


「あの……よく分からないんですが、どうしてあんな無様な戦いを見せた私のことを、模擬テストの試合で連敗した私のことを、良い人材だなんて言えるんですか?」


「負けるのは恥ずかしいことじゃないからよ」


「でも皆、闘競バトルにどうやって勝つかしか考えてないですし……、負けたら弱者扱いされるじゃないですか?」


 マイクが腕を組んで言う。


「それは盲点だな。確かに俺たち闘士ウォーリアにとって、バトルの成績は実力を示すための証拠になる。だけど、ウィルターに必要なのはバトルだけじゃない。より重要なのは、何のために戦うか、だろ?」


 リュウはマイクの言葉を受けて頷き、さらに言う。


「それにあなたは、自分の持つ操士ルーラーとしての才能も忘れちゃいけないわ。世界は闘士が全てではないし、あなたは闘士の考えだけに縛られる必要なんてないと思うわ!」


「リュウ先輩」


「ゲンちゃんと同じ意見だニャ。あなたは自分が楽に修行できる場所ではなくて、あえてハイニオスを選んだ。その勇気は素敵だと思うニャー」


「うちの学院は、他学院に比べて単純で、乱暴な人が多いけど、本当は皆が平等で、偏見のない場所であるべきだと思う。まあ、自分の感情を抑えきれなくて、そんなことすぐに忘れる人も少なくないけどね。あなたもハイニオスで色々と辛いぶつかり合いがあったと思うけど、セントフェラストでは、心苗コディセミットたちがそれぞれの才能を持ち寄って、ミッションや仕事で互いに連携したり、応援しあうことを覚えていかないといけない」


「そうなんですか……」


 そこまで言うと、リュウはのぞみに近付き、耳元に囁いた。


「実はね、私もよく『怪脚かいきゃく』と呼ばれていたのよ。一年前は誰にも期待されなかったはぐれ者の闘士よ。それが私の秘密」


 生徒会の要員であるリュウがまさか、かつてははぐれ者と呼ばれていたことに、のぞみは驚きを隠せなかった。


「えっ、そんなことがあったんですか?!」


 リュウは、誰かが上層階から睨んでいる殺気に気付き、話を切りあげた。


「事件は未解決だから、この先もあなたはこの学院で色々と大変なことがあると思う。だけど、所属カレッジが違っても、何か力になれることがあるかもしれないから、遠慮なく相談してちょうだい。じゃあ、私たちはまだ用事があるから」


「はい!ありがとうございます、先輩!」


「ええ、ご武運を祈るわ」


 リュウたちは玄関の方へと廊下を歩いていった。のぞみは先輩たちの背中を見送り、それから彼らとは反対側を向き、ロッカールームへ向かう通路を歩き出した。

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