2-60. 師弟の絆 ①

 戦うのぞみの姿を見て、ティフニーはあることを思い出していた。それは、のぞみと手合わせの訓練を行っていたときのこと……。


 その時間の訓練では、『獣王門』の五つの基本技を自由に組み合わせることを課題にしていた。

のぞみは立ち直り、ティフニーに攻めこむ。『霹靂掌へきれきしょう』を三回連続で打ちこむと、次に『砲炎拳ほうえんけん』を繰り出す。


 対するティフニーは、手腕と足腰を巧みに動かしてコンボ技を俊敏に受け止め、のぞみが次の『砲炎拳』の構えを取った時点で小さく一歩踏み出す。そして、のぞみの攻撃を待たず、『横脈衝こうみゃくしょう』でのぞみを撃ち飛ばした。のぞみはティフニーのグラムの気流を受け、さらに遠くまで体を後退させる。


 倒れるとき、のぞみは側方の受け身を取って衝撃を軽減させた。

 四つん這いになり、荒い息をしながらも、顔を上げてティフニーの様子を見る。そしてまた立ち上がり、手足を伸ばして構えを取った。


「カンザキさん、少しお休みしましょうか?ペースが少々鈍ってきているでしょう?」


「は、はい……」


 のぞみは観覧席に腰をかけた。

 まだ山から寒気を帯びた風が吹いており、日陰になったところは冷たい空気が滞留している。それでも、降り積もっていた雪も大部分が溶けた。精一杯の手合わせで、のぞみの体はホカホカだ。『気癒術きゆじゅつ』を使うと、荒くなっていた息も落ち着いた。

 のぞみが休憩している間、そばに腰かけているティフニーは耳を動かしていた。癖毛のような触手は風に吹かれるとわずかに揺れる。まるで、山や風、木の聖霊と交流しているようだ。

 彼女が聖霊たちとどんな念話をしているのかは分からない。だが、自然な柔らかい笑みを浮かべていた。


 近くでは、白い体毛に覆われた小さな獣たちが、五つに分かれた尾を振って遊んでいる。その中の一匹がティフニーに近付いてきた。ティフニーが誘うように指を伸ばすと、獣は何の警戒心もなくその掌に登り、そのまま腕を伝って肩に這い上がった。


 野生の小獣ともすぐに馴染み、触れあえるティフニーの姿を見ながら、のぞみは話す。


「ハヴィテュティーさん、私、少しは上手くなったでしょうか?」


 ティフニーはのぞみの方に顔を向けた。小さい獣もティフニーと一緒になってのぞみの方を見ている。


「ええ。初めての稽古と比べても、かなり良くなりましたよ。ペースやリズムが安定してきています。少し自信を持ってください」


「……自信を持って良いんでしょうか?」


 曇ったような顔と意識からのぞみの悩みをキャッチし、ティフニーは薄く笑った。


「カンザキさん、焦りは禁物です。テストにこだわりすぎるのは良くありません」


「流石ハヴィテュティーさん、私の考えをよく分かっています……。でも、テストの評価はその後の恒例闘競バトルなど色々なことに関わってくるそうなので、無視することはできないです」


 のぞみの悩みを理解したティフニーは、彼女のストレスを軽減するようにアドバイスをする。


「そうですね。でも、あなたが考えるべきは、テストで良い評価をもらうことではなく、テストを機に、自分をどのように披露するかでしょう?」


「私を、どう、披露するか……?」


「ええ。あなたの考え方や、何のために源で戦うのか。そんなことをテスト期間に皆に知らせることができれば、皆はあなたの知らない部分に気付けます。そして、誤解を招いてきてしまったならば、それらを解くチャンスになるかもしれません」


 のぞみはそのアドバイスの意味をまだ悟ることができず、さらに質問する。


「だとすれば、私はどうすれば良いんでしょうか?」


「何も特別なことはありません。あなたは平常心を保って、習得した技を、真心を持って自由に使えばそれで十分です」


「平常心ですか?………」


 のぞみは目線を伏せる。そして、しばらくするとまた顔を上げた。


「一つ、分からないことがあります。元々『獣王門』では、師範代が門外の者に、門派の技を教えるのは禁忌とされていますよね。それにハヴィテュティーさんは、私以外に弟子を取って来なかった」


「ええ。私たち若いミーラティス人は、他種族の社会事情に深く介入することを禁じられています。ですから、例えば自分の見知った技術を誰かに教えた場合は、その方が未来に与えた影響まで、因果応報として責任を取らねばなりません」


 のぞみは、ティフニーの背負おうとしてくれている重責の、その重さにようやく気付いたように目を見開いた。


「で、では、どうしてハヴィテュティーさんは、私が弟子入りを申し込んだとき、躊躇いなくすぐに受けてくださったんですか?」


「それはあなたの、周囲の方々に対する振る舞いを見てきたからです。そして、伝わってくる心声も、誠にピュアで、良い心地ですから」


 当たり前の振る舞いや心の在り方が、弟子入りを受けるきっかけとなったことが、のぞみには意外だった。


「ですが、気の優しい方なんて、ごまんといるでしょう?」


「あなたは、ヌティオス君やメリルさんのような種族の違う方とでも、人間同士と全く変わらない付き合いができますね。それに、ジャッコパート君。彼はクラス内でも多くの心苗コディセミットに敬遠されています。彼のことを知った上で、それでもあなたは恐れることなく、彼の口に合う特別な手料理を作ってあげましたね?」


 のぞみは頷いて、考えるより先に応えていた。


「そうですね。彼はいつも食事をきちんと取れないようです。食堂にも入らないそうなので、特別に作ってあげたいと思いました。彼は劇的に辛いものや、甘いものが好きですね。食事をお腹いっぱい食べるとご機嫌が良くなります。それに、力が足りなくて悩むことがあればいつでも相談してくれと言ってくださって、実に気前の良い方ですよ」


 聞きながら、ティフニーは目を軽く閉じて、首を振って言う。


「簡単に言いますが、そういうふうに素直にできる方は少ないんですよ。アトランス界でも千年戦争が終結してもう数十年が経ちますが、それでも異なる種族の人を疎外する方々はまだいます。とくに、タヌーモンス人とハルオーズ人の間のわだかまりは、今でもうまく解けないことばかりです」


「そういうことがあるんですね……」


「手料理もそうですが、どうしてカンザキさんは、誰も頼んでいないのにそこまでするんですか?」


「うーん」とのぞみは唸り、空を振りあおいだ。

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