追憶の汗(2)

「森は、領土など関係なく、どんな人でも受け入れてくれるのに」


アレスは答えた。


「うん。どんな所なのですか?」


ノキルは訊ねる。


「とても自然が豊かな場所です。馬のひずめの音も荷車の車輪の音も無い。動物の楽園です」


「ふーん、行ってみたいな。アレスさんの故郷に」


ノキルの表情に儚さが映る。


「いつか、行ける時が来たら、一緒に行きましょう」


「うん、行きましょう!」


アレスの返信に、ノキルは、表情をぱあっと明るくして答える。


「さて、練習を再開しましょうか」


アレスは立ち上がる。


「はい!」


ノキルも立ち上がる。


「今度は、演舞ではなく、実戦練習を行います。この練習場の敷地内を全て使い、木刀を相手の鎧に当てたら勝ちとします」


「はい!」


ノキルとアレスは兜を被り、木刀を構える。


「始め!」


アレスの掛け声と共に、ノキルは、すかさず、右足を踏み込み、アレスに攻撃する。


アレスは、その攻撃をするりと避ける。


「昨日も同じ戦術でしたよ。周囲に目を配り、ありとあらゆる物を利用するのです」


ノキルは、苦味を奥歯で噛み締めて、再び、アレスに立ち向かう。


ノキルは、右足を踏み込み、アレスの間合いの内側に入る。


そして、木刀を下段に持ち替えて、下から上へ木刀を斬り上げる。


アレスは、速やかにノキルの右側に入り込む。


そして、ノキルの右足に足をかけて、右肩を押して、上体を倒した。


ノキルは体勢を崩して、地面へ転倒する。


転倒する瞬間、視界に地面が迫る恐怖心から目を瞑る。


「目を閉じてはいけません。倒れる事が敗北ではなく、それをチャンスにするのです」


アレスは言う。


ノキルはアレスの言葉を聞いて、木刀を固く握り、転倒したまま、アレスの足首に木刀を斬りかかった。


アレスはさっと片足を上げて、ノキルの攻撃を避ける。


ノキルの木刀の先端が地面についている。


アレスはノキルの木刀と地面の間に木刀を入れ込み、すくい上げるようにふるい上げた。


その力に耐えられず、ノキルの手から木刀が離れた。


木刀が空中で回る。


木刀がノキルの真上に落ちていく。


ノキルは、痛みを避けようと、両腕で顔を覆い、身構える。


それを見た、アレスは、素早く木刀の刃をノキルの木刀に向ける。


そして、ノキルの木刀に、木刀を当てて、弾き飛ばした。


ノキルは、胸を撫で下ろした。


「刀はどんな事があっても、手から離してはいけません。敵に刀が渡ったら、自らの刀で殺されます」


アレスは、ノキルに手を差し伸べる。


ノキルは、そのアレスの手を取る事なく、自力で立ち上がる。


「もう一度、お願いします」


ノキルは、木刀を持ち、真剣な眼差しで対峙した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る