第37話 vsイラン⑥
ピッ、ピッ、ピーーー!!
「ここで試合終了!!2−1で日本最終予選初戦を勝ち点3で終えました!」
「これで、だいぶこの後の試合も、いい形で向け得られると思いますよ」
「いやー、それにしても見事な試合でしたね」
「そうですね。一番はやはり三条選手なんですが、彼につられて敵味方関係なく、いつも以上のパフォーマンスが出来ていましたからね。私も、一度経験したことがありますが、一人スターがいると、自分まで上手くなったように感じて、楽しくなってくるんですよね」
「そんなことがあるんですね!それにしても、これまでとはプレースタイルが少し違いましたよね」
「そうですね。まるで、自分が楽しめるかどうかを最優先にしているような感じでした」
この解説は、毎回呼ばれている。
傑が、試合を見返す時に毎回、的を得た発言をすると、楽しみにしているる解説だ。
そんな傑のスタイルの変化の理由を解説だけでなく、彼女も察していた。
「それにしても、あなたの旦那さんは、とんでもないわね」
遥は、佐伯の妻の店で一緒に観戦していた。
「そうなんですか?私あまり詳しくなくて・・・・・。でも、楽しそうでよかった」
試合が始まってすぐに気がついた。
楽しもうとしていることに。
そして、実際に楽しめる試合が、サッカーができていることに。
しかし、傑の気持ちは、楽しさと全くの逆になっていた。
「綾人、楽しかった?」
昔の名前で呼ばれ、嫌な予感とともに顔をあげた。
「なんで・・・・・」
「なんでって、やっと会えたのに、それはないんじゃない?」
「母さん・・・・・」
観客席から話しかけてきたのは、実の母親だった。
「あら、まだ母さんと呼んでくれるの?」
自分から出て行ったのに、と。
「それはっ」
「いいのよ。あなたの代わりはいっぱい居たから」
実験のことをなんとも思っていない目を向け、平然と言う。
「いっぱい・・・・?」
「ええ、今の研究室には、沢山のあなたがいるわ」
『たくさんのあなたが』
それは、ただの実験体のことなのだろうか、本当に自分と同じものが在るのか。
「傑!!」
少し離れたところから、美咲さんと、部下の人たちが、母さんに向かって走ってきている。
「またね、綾人。今度は、傑として会いましょう」
母さんは、そう言い残し、野次馬の中に消えていった。
「傑っ!!大丈夫か!?」
「はい、大丈夫です」
「くそっ、完全に油断してた。まさかこんなにも簡単に表に出てくるなんて」
ここにいない部下の人たちに、無線で連絡を取り、捜索をさせる。
「傑、どうしたの?」
佐伯が立ち止まっている傑の元へ、やってきた。
田中も一緒だ。
「あ、いや・・・・・」
「どうしたんだよ、そんな顔して。ほら、ミーティングだよ」
「ああ、わかってる」
佐伯と田中は、先に控室に向かっていった。
ピッチの方を向くと、既に、他の選手はおらず、傑だけになっていた。
相当長い時間だったみたいだな。
「はあ・・・・・」
手足が震えるのがわかる。
全く、心の準備をしていなかった。
こんなにも早く、あの人に会うとは思わなかったし、あの目を向けられるとは思っても見なかった。
「遥・・・・・」
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