第3話:マジ、勘違いされる

『お帰りなさいませご主人様』


 軽く飯をつまみトイレを済ませ再びログインすると、景色は最初の西部劇風受付ロビーに戻っていた。

 カウンター越しに頭を下げているさっきの女NPC。


「おい、誰がご主人様なんだよ」

『お気に召しませんでしたか? 共有AIの情報ですと、ユーザー様よりお教え頂いたこの挨拶は、大変好評なのですが』


 どこの誰だ。こんな馬鹿な挨拶を教えてるのは。


「普通にしろ。そういうのは一部のマニアにしか受けないし、プレイヤーが女だったら嫌悪感抱かれるぞ」

『左様でございましたか。承知いたしました。では改めまして――』


 目を閉じ、再びお辞儀をする彼女。

 頭を上げてから目を開くと、


『お帰りなさいませ彗星マジック様。お手洗いはお済になられましたか?』


 と首を傾げて尋ねてきやがった。

 ……ダメだこいつ。どっかネジが飛んでるだろ絶対。






『お時間となりました。これより【Imagination Fantasia Online】のオープンベータテストを開始いたします。この先、ゲーム内に入りますと、現実とゲーム内との時間の経過速度が異なりますのでご注意ください』

「解ってる。現実での一分がゲーム内だと二分なんだろ」

『左様でございます。それでは、存分にお楽しみください』


 女NPCがそう言うと、ログアウト時のように視界がぼやけ、やがて真っ暗になった。

 が、それも一瞬の事で直ぐに明るくなり、景色は一変する。


 晴れ渡った青空に、風を受けて大きくたなびく帆が見える。

 聞こえる波の音、カモメの声……

 つまりここは海――船の上か。


 辺りを見渡すと案の定、大きな帆船の甲板に自分が立っていた。

 周囲にはプレイヤーと思わしき人の姿がちらほら――いや、続々と現れてくる。

 その数はどんどん増えてるんだが、人数が多すぎて沈没なんて事は……いくらリアリティーのあるゲームだからって、それは無いか。


 船員らしきNPCが一定区画を行ったり来たりしている。それ以外にも乗船客風のNPCも見える。

 その乗船客の中には、大きな荷物を脇にどさっと置いているような奴もいる。


「そういやこのゲーム。新天地を目指して開拓民と共に船旅にでた冒険者ってのがコンセプトだったな」


 ぼそりと呟いた声は案外大きかったようで、近くに居た女子が俺に視線を向けて「なるほど」と、こちらも独り言のように呟いてNPCを見ていた。

 あの大荷物。

 開拓民つうか、新天地に移住するための荷物みたいなものかな。じゃああの家族もか。どうりで神妙な面持ちな訳だ。

 まぁあの表情も、ゲームのオープニングを飾るための演出なんだろうけどな。


「彼らがこれから向う地でのNPCになるのだろうか?」


 唐突に横から声が掛けられた。

 落ち着きのある声は女の物で、さっき俺に視線を向けた奴だった。

 真っ赤というか、紅とでもいうんだろうか。血を思わせるような色の髪が風を受けてなびく。その髪からは短めの、それでも尖った特徴的な耳が顔を覗かせていた。

 あれはハーフエルフだな。

 エルフというと俺が思い浮かべるのは二つのタイプがある。

 一つはぼんきゅっぼんな、ナイスバディーな耳の長い美女。

 もう一つは、耳の長い美女だが女性らしいぼんきゅっぼんの無い、線の細いイメージ。

 このハーフエルフは後者だな。起伏があまりない。


 っと、あんまり女の子をじろじろ見るもんじゃないな。


「そ、そうかもな。向こうにも現地NPCがいると思うけど」


 俺がそう返すと、まるで返事が来た事に驚いたような顔をする彼女。

 ふいっと顔を背け「それもそうだな」とぶつぶつ言いながら、人ごみへと消えて行った。

 な、なんなんだいったい。声を掛けて来たのはそっちじゃないか。

 そりゃあ最初に紛らわしい独り言を呟いたのは俺のほうだが。


 記念すべきオープニングをもやっとした気持ちにさせられてしまったな。

 ここで何かイベントでも発生すれば、気持ちも紛れるんだが……。


 ただこうしてじっと船に乗っているだけのオープニングなのだろうか? 

 辺りを見渡し、何事か起きないかと期待してみる。


 あぁ、風が気持ちいいな。

 二年前にプレイしていたVRでも、こんなに自然な風は無かった気がする。僅か二年の間にVRMMOはどこまで進歩したのだろうか。

 といってもこのゲーム、流行のリアルグラフィックじゃなく、3Dアニメみたいなのだから土俵が違うかもしれないが。


 ここでふと、誰かの視線を感じて振り返った。


 ――よね。

 ――だ。目が合った。

 ――んだよ。気合入れすぎだろ。


 ん?

 なんか俺、やたら見られてるような?

 いや、気のせいだよな。

 それともあのNPCに頼んだキャラメイクが、実は失敗してるとか?

 う……しっかり自分の姿、確認しないまま決定したような気が……。


 どこかに鏡は無いか?

 ここは海の上だ。せめて水面に……いや、波があるんだし、無理だな。

 船べりに手を付きはぁっと溜息を吐き捨てていると、手の甲にぬるっとした感触が伝わってきた。


「あ? なんだ――うわっ!?」


 船べりについた手を見ると、そこには半透明なハワイアン風ゼリーがっ。

 うわぁ、ぬるってのが地味にぞわぞわする。


「どうした」

「なんだなんだ」

「――な顔もステ――やぁん、コスライムぅ〜」


 そうそう、コスライムだ!

 チュートリアルで見たのは緑色だが、こちらはカキ氷のシロップのようなハワイアンブルーだ。

 そのハワイアンコスライムがひいふうみい……いっぱい。

 海からいっぱい湧き出ている!?


 さすがに数十匹もいたら気持ち悪いだろ。


「やぁ〜。いっぱいいるぅ。可愛いぃ〜、一匹欲しい」

「テイムできないかなぁ」

「あぁん。私も召喚技能取ればよかったぁ」


 かわ、いい……のか?

 俺としては潰し甲斐のありそうな奴という認識しかないんだが。

 特にこの……


「いつまでも人の手の上でぷるぷるしてんじゃ、ねえぞっ『サンダー』」


 これこそゼロ距離攻撃だな。

 魔法を唱えると同時にハワイアンコスライムを鷲掴みすると、放電された雷を帯びて奴は弾け飛んだ。

 スライムの色が属性を現してたりするってんなら、ハワイアンブルーだと水属性だよな。海から登場もしてるし、確実にそうだろう。

 なら、俺が持つ雷魔法は奴にとって弱点になる。


「魔法との相性抜群な展開とか、幸先の良いスタートじゃないか」



 とか言っている間にあちこちで戦闘が始まったようだ。、


「うっひょー。オープニング戦だぜっ」

「ここでレベル上げろってことか?」

「にしても多すぎだろおい」

「サバオープンでプレイヤーが多いんだ。あれぐらいで丁度いいんじゃねえの」

「欲しいぃ〜」

「テイムできなかったぁ〜。悔しいぃ」


 などなどあちこちから声が上がるが、最も大きな声を出していたのはNPC風の大男だ。


「乗客を守れっ。あと少しで港に到着だっ」


 一際大きな声を張り上げた大男が指示を出すと、途端に甲板上は慌しくなった。

 わーわーと叫びながら逃げ惑う乗客のNPC。

 武器を取ってハワイアンコスライムと戦闘を開始する船乗り達。


 ピコンっと小さな電子音が聞こえ、システムメッセージが可視化されて視界に表示された。



【開拓民船襲撃イベントが発生しました。】

【イベントクリア条件は、陸地へと到着すること】



 クリア条件付って、 ただのイベントじゃなくクエスト方式かよっ。

 陸地って……港に到着って意味なのか?

 それともとにかく上陸さえすればいいのか。


 まぁとりあえずはコスライムどもを倒すか。

 相性は最高。

 天は俺に味方している。

 

 既に船上ではあちこちで戦闘がはじまってるな。VR慣れしてるプレイヤーなんだろう。慌てる事無く、平気な顔して戦ってやがる。

 こっちは二年ぶりになるVRだし、そもそも経験も少ない。

 だが後れを取るつもりも無い。


「さっそく魔法使いの出番だな。水属性のスライムなら、俺の雷の方が有利だっ」


 魔法使いらしく、選んだ装備は『初心者のローブ』『初心者の魔法の杖』だ。

 そのローブをマントのようにひらめかせ、小さな杖を天に向って掲げる。

 すると、周囲から――


「戦闘スタイルが魔法メインか」

「雷マジか。海の上じゃ最強じゃね?」

「属性優位だな。パーティー組もうぜそこのマジさん」

「魔法使いさん。危なくなったら私たちが守ってあげますからね」

「ダークエルフの魔術師とか、もうツボなんですけどっ」


 そんな声が聞こえてきた。

 ま、魔法使いって、そんなに期待されるものなのか!?

 以前やってたVRの前衛火力の時なんて、こんな声、掛けられたことなかったぞ!


 歓声の中、ぷるぷる震えながらこちらにやってくるハワイアンコスライムを発見。


「はよっ。魔法はよっ!」

「その距離ならもう射程でしょ!?」


 いやいや、まだだ。


《ぷるるぅ》


 奇声を放ってハワイアンコスライムが弾んだ。

 が、所詮スライム。その移動速度は非常に遅い。

 まぁこちらとしてはぬる〜く近づけるから助かるんだが。


「おいっ。早く魔法を使え!」

「もしかしてVR初心者だったのかっ」

「やーん。もう守ってあげるぅー」


 そんな声は無視して弾むコスライムとの距離を見計り、至近距離に近づいたところで杖を左手に持ち替えようやく魔法を唱える。

 本来右利きな俺だが、直接魔法をモンスターにぶっぱすると考えた結果、杖は左手に装備して右手で魔法――というのがしっくりくるのでこのスタイルだ。そもそもチュートリアルの時ですらそうだったしな。



「『サンダー!』」

《ぷるぷるぅー》


 拳を蒼白く放電させながら、弾んだハワイアンコスライムを鷲掴みする。

 ゼロ距離で発せられた雷は、そのままコスライムの体内を駆け巡り、そして破裂した。

 拳が当たった直後、少しぬるっとしたな……。


 だが俺の予想通り、雷の耐性は低いようだな。

 よし、次――


 ん?


 ――ざわざわ。

 ――おい、今あいつ

 ――殴ったぞモンスターを。

 ――殴りマジ?

 ――もかっこいい。

 ――だけマゾいんだ。


 なんでか知らないが、注目されている?


「うわー。殴りマジとか、ないわー」

「え? 殴りマジ?」


 パーティーがどうのと近寄ってきた男が、嫌そうな顔して去ってしまった。


 俺が殴りマジ……だと?

 いやいや、コントロールが絶望的で当たらずゼロ距離から撃ってるだけで、INT全振りの正真正銘正統派魔法使いですから!





**************ここからは本編と関係がありません******************

【コスライムシリーズ】

『Imagination Fantasia Online』モンスターデザイン担当が「初期モンスターならこれでしょ!」とばかりに他作品のモンスターデザインをほぼパクったとかパクってないとか。

他との差を付ける為に「小さいんだからコをつけよう」という事で『コスライム』と命名された。

大きさは野球ボールとソフトボールの中間サイズ。

小さいので逆に攻撃が当て辛く、クローズドベータではテスターからの苦情もあった。

その為、オープンベータテストからは、動きをぬるーく設定されている。



ここまでお読み頂きありがとうございます。

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